第5話 『神様』
ナラと父が会場を出ると、外には武装した集団が控えていた。
機動隊だろうか?その内一人が父に目を向けると、父は会場の方に向けて手先を動かしている。
サインか何か?とナラが思ったと同時に、その人物は口元に取り付けていた小型の物質に向かって「突撃」と言い、機動隊は会場へ雪崩れ込んだ。
「さて、ここはもう危ないから外に出ようか」
呆気に取られるナラは、父に言われるまま歩くことしかできなかった。
*****
しばらく廊下を歩いたところで、広い吹き抜けに出た。
豪華なシャンデリアの下、大きな階段の下に、人が二人いるのが見えた。
「おや?あれはアシスタントの……」
アシスタントの女性と、黒服の男だった。
あの会場を抜け出した手段は分からないが、逃げようとしているのだろう。
しかし何やら揉めている様だ。
「早く来い!」
「ちょっと!痛いっ!」
黒服が女性の腕を無理矢理引っ張っていた。
━━それを見た瞬間、ナラの体を流れる血という血が沸き立つのがわかった。
……これだけ弄んで、欲しいままにして、なお支配しようと言うのか。
「奪う者」、「抑圧する者」、「許せない」、「許せない」、「許せない」!
明確な怒りが、「敵」を捕らえ、床についた手はいつの間にか鋭い爪へと変わっていた。
視線が低くなる。
体が、勝手に動いていた。
父の声が随分と後ろに聞こえる。
━━やれる、そう思ったのは、後からだった。
気づいた時には、黒服の肩を蹴飛ばしていた。
「っ!!」
勢い余って倒れた黒服は、しばらく動かなかった。
その黒服の胴体に、ナラは爪を押し立てる。
その気になれば、厚手の布でさえ、容易く貫通する鋭い爪。
黒服はうめきながらナラを振りはらい、少し間合いを取った。
しかし、こちらに目が合った瞬間、微動だにしない。
━━自分の視線が、獲物を追うそれに変わっているのを、ナラはぼんやりと理解した。
黒服が恐れおののいた悲鳴を上げ、立ち去る。
もう追っては来ない。
それを確信すると、ナラの体は元の人間の体へと戻っていた。
息は苦しく、体のあちこちに鈍い痛みが走る。
……慣れない変化で全力を出した反応だろうか。
その様子をアシスタントの女性は身動きせず、目を丸くして見ていた。
「……神、様?」
不意に女性の唇からこぼれた言葉を、ナラは上手く聞き取ることができなかった。
「……キミは神様だ」
「え?」
「神様」と言ったのか?
その単語自体は分かっても、頭の回転が追いつかない。
何と返せば良いのかも分からないまま、戸惑うナラの肩を白い女性の手が掴んだ。
「初めまして、ボクの名前はエメ。ねぇ、キミのこと知りたいな。教えて!」
花がほころんだように微笑む女性に、ナラはただただ言葉を失うしかなかった。
*****
「『任務』完了しました。これより搬送作業に移ります」
先程の機動隊員が、父に報告をした。
「ご苦労様、とてもスムーズだったね」
「はい、驚くほどスムーズでした」
素直に喜べないのはある意味、職業病だと言っても良かった。
━━その言葉には含みがある。
何が、とはお互いに口にはしないのだが。
「これから詳しく詰めてはいくのでしょうが……その」
「君の言いたいことは分かる……アレだろう?」
機動隊員は気まずそうに、目を伏せた。
一方、父は溜息をつきながら、振り返る。
目線の先にはナラ達の姿があった。
「あの……その、そろそろ離れませんか?」
「イヤだー怖いもん」
怖いなどと言ってはいるが、エメと名乗った女性は、ニコニコしながらナラの腕にしがみついている。
離れる気は全くなさそうだ。
「本人がそう言っているのだから離れなさい」
堪らず、父が二人の近くにやって来た。
「ナラも疲れているんだ。それに君……男の子だろう?」
「おとっ、おとこっ!?」
そうして突然爆弾を投下され、ナラは開いた口が塞がらなかった。
父は「骨格が、ねぇ」と呟いていたが、それは最初に言ってくれとナラは冷や汗を流す。
エメは相変わらず機嫌良さげで、やはり腕を離さないままだった。
「そうです、男の子でーす!そんなことより、名前、ナラって言うんだ!ねぇ、呼び捨てで良い?ボクもエメって呼んで」
「いや、その……」
いよいよ戸惑いを隠せないナラに「ストップ!」と父が止めに入った。
「そろそろ離れようか?父親としては、娘に気安く触ってほしくないからねぇ。印象も悪くなる一方だ」
「あれー、ごめんなさいお父様。そういうの、教わらない環境だったもので」
ひとまず腕を離したものの、未だにっこり微笑むエメ。
父の眉はピクリと反応したようだったが、咳払いをして切り替える。
「君のこれからについてだが、事情聴取後、ひとまずアルケアで保護することになった。構わないね?」
「え、保護ってアルケアのどこに?」
「君の話す内容にもが、保護施設もしくは、身元を引き取ってくれる人が預かる流れになるだろうね」
「えーやだ、それってナラと離れるってことでしょう?」
自分達を引き離さないで、とばかりに再びナラの腕に強くしがみつく。
父は呆れて再び二人の間に入ろうとしたが、突然「そうだ!」と、エメはさも良いことを思いついた、とばかりに大きな声を上げた。
「お父様がボクの身元引取人になってよ!いい考えでしょう?」
「……はい?」
思わず品のない声を上げてしまったが、こればっかりは許してほしいとナラは思った。




