二話 狩人、迷宮を駆る 其の弐
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世界迷宮化現象より、5年。
日本に生まれた大型迷宮は4つ。
新宿と渋谷、その二つの【穴】から生まれた直径5kmにも及ぶ【大穴】の日本で初めて生まれた迷宮は最初に生まれたとこととは裏腹に、【魔境】の二つ名を付けられていた。
【副都心迷宮新宿】、その一階層に訪れていた探検者達は実力を認められた者達であった。
別迷宮にて八階層以下へと踏み込んだと言う証明と|世界迷宮保障機関《World dungeon Guarantee institution》通称WDGに実力が認められた者達のみが挑むことが許された死の領域。
そんな認められた彼らですら【副都心迷宮新宿】の一階層の地で、死が目の前を過ぎる。
鋭い牙を持った狼の群れに襲われる四人の男女は必死にそれらを追い払おうとする姿をカメラが頭に取り付けられた生物達が彼らを追っていた。
WDGにより迷宮では【配信活動】が義務付けられており、カメラ装着型合成獣によって、動画配信サイトで常に活動を記憶すると同時に迷宮内で起こり得る事故などを防ぐためでもあった。合成獣は自動で探検者を追い、カメラにて勇姿を残そうとそのレンズを彼らに向け、常に飛び回っている。
そんな中、最前線に立つ黒髪の男が振るった炎纏う剣はその牙に打つかった瞬間にガキリと音を立てて、折れてしまった。
「剣が、折れた?! 火炎を纏わせた刃が通じねえ?! 何だここの幻狼は! ただの幻狼じゃねえのか?! 俺の個性じゃ無理だ! サクナ! 遠距離個性の援護! ジョン! 準備出来てるか!」
ジョンと呼ばれた四人のうちの一人は既にライフル銃の銃口を魔狼へと向けており、その引き金に指を添えていた。
「ゴトー! サクナの援護も充分、バッチリだ! 個性装填! ぶち抜くぜ!」
ジョンはそう言うと引き金を引き、銃口からは雷を纏った弾丸が放たれる。その場に居た幻狼の群れの幾つもあった頭を閃光が走り、一瞬にして焼き払った。
「やったか!」
ゴトーが叫んだその時、彼の目の前には何故か槌が迫っていた。
(ジーザ、ス?!)
声も出すことも許されない程の強襲にゴトーは何とか折れた剣の柄に炎を纏わせて防御を取るも彼の体は空中に浮かび、その場から吹き飛ばされてしまう。
彼を最も簡単に吹き飛ばしたのは牛の頭に人型であるものの人とは似つかない巨躯と巨大な鉄槌を持った迷宮牛であった。
「嘘だろ?! ゴトー! 一階層に迷宮牛まで出るなんて! スズメ! 防御を!」
「ジョン! 前!」
ジョンは背後を向き、支援を求めたと同時スズメと呼ばれた少女の声で直ぐに前に目を向ける。
迷宮牛は既に彼の目の前に立っており、それは何の躊躇いもなく鉄槌を振るっていた。
【副都心迷宮新宿】、それは別迷宮の九階層の魔物が一階層で闊歩する死の蔓延する死地。最新到達深度は四階層であり、そこに至る迄に多くの探検者の命を奪い去って来た。
これこそが【魔境】と呼ばれる所以であり、ジョンは目の前に起こる情報全てを理解することが出来ず、ただ迫り来る槌を、自身の死を受け入れるかの様に見つめた。
その鉄槌との間に人が入り込んで来るまでは。
真っ黒な軍服の様な服とマントを右肩に羽織り、青い髪を女性の様に長く伸ばしていた青年がジョンを守る様に姿を現すと止まっていた彼の思考が動き出す。
(はっ? え、人?! いつの間に?! てか、死ぬ)
ジョンの思考が纏まるよりも早く、青年は声を上げた。
「儂に今、殺意を向けたな! 迷宮牛よ! 狩猟は成立した! 始めよう! 儂とお前だけの狩りを!」
ゴトーを吹き飛ばした迷宮牛の強烈な一撃に対して、青年の紅の双眸は怪物の動きを一切逸らすことなく捉えていた。
ジョンが無茶苦茶と思われる行動を止めるよりも早く迷宮牛の鉄槌は振り抜かれており、彼ら諸共吹き飛ばそうとする。
それを前にして、青年はナイフを低く構えており、迫り来る槌に対して、刃先を軽くぶつけた。
鉄槌とナイフの刃先が打つかり合い、"カチリ"と鳴らし、火花を散らす。
"ドォォォォン"!!!!
巨大な音を立てて、振り抜かれた一撃は全てを木っ端微塵にする物であったが、何故かそれは青年の目の前で軌道を変えていた。
「はっ、え?!」
「なに、が?」
彼らを吹き飛ばすはずの一撃は地面を抉り抜き、迷宮牛は仕留め損ねた者に対して、初めて獲物ではなく敵として認識し、青年に目を向けた。
迷宮内の魔物達は本能のままに生き、理性などは持たない怪物達。殺しと言うことは生存のための本能であり、理性と言う歯止めが無い故に、暴力のリミッターを外せている。
人型の魔物には理性はないが知性を持ち得ており、迷宮牛は初めてその知性を持って青年と相対した。
しかし、たった一本のナイフを携えた青年はいつの間にか迷宮牛の目の前に立っていた。本来であれば、相手が誰であれ迷わず鉄槌を振り下ろすはずの迷宮牛が——動けなかった。
この青年が、何をしでかすのか分からない。得体の知れぬその何かが、迷宮牛の中に眠る、知性を呼び覚まし、殺戮本能の引き金を鈍らせていた。
「お前、今、儂を見つめたな? 狩りに知性は不要だよ」
青年は低く呟き、次の瞬間、霧のように姿を掻き消した。
反射的に視線を動かそうとした迷宮牛の両目が僅かに揺れた、その直後——“ザシュ”と乾いた音とともに、首元から鮮血が噴き出す。
背後に回り込んだ青年はなんの迷いもなくナイフを突き立てていた。
あまりにも手慣れた所作からは美しさすら感じ取れるもので、喉を切り裂かれた事で叫び声すら上げずに倒れる迷宮牛と共に、前を向いていた青年の素顔をジョン達は目撃する。
紅の双眸はバッチリと開かれており、幼さを残しながらも何処か達観した風格を感じさせる青年、未知数の存在を前にして、ジョン達はただ彼を見つめるのみであった。
しかし、青年はそんなのはお構い無しにと手に残るナイフで首元を切り裂いた時の感覚、そこから余りある多幸感と得ることが出来る熱を確かに感じ取るとそれら全てを噛み締めた。
(あゝ!!!! 手に残るこの感覚、肉を、喉を切り裂く瞬間、脳に溢れるこの快楽! 待ち望んで、焦がれたからこそ訪れる熱! 最高だ! また、狩れる! また、狩れるんだ!)
迷宮牛が倒れる音共にジョン達の視線が自身に集まっており、彼らが抱いていた疑問に応えるために笑顔を浮かべて口を開く。
「初めましてだ! 儂は狩人のツカサ! 名前はホシナミ・ツカサだ!! ここは一体何処だ?」
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