第5章 砂クジラの少女
町の小売店デビルメイトは名前が変わりローキンとなった。ローキという店長の名前をいじった店舗名なのだろう。
何がともあれこれでクライカードがこの店で販売されることはもうなくなるだろう。
そんな安心感を覚えながら町を歩いていると黒い鎧の騎士たちが目に入った。まさにタートルが以前していた恰好だ。黒騎士ということは魔王の騎士ということとなる。そんな黒騎士3人が何やら手押し台車に檻を乗せて歩いているのだが、中には少女らしき影があった。
俺は横にいるタートルに「おい」と声をかけてあれは何なのか問うた。
「おそらく魔物の類だろう。捕まえて魔王軍に加えるつもりなのかもしれない」
「人間の女の子に見えるんだが?」
その疑問にはフリイヤが答えた。
「砂クジラかもしれないわね。砂クジラは人間に化けるのよ。檻に入れられているのはかわいそうだけど、あなたの元いた世界でも動物は檻に入れられていたはずよ」
かわいそうだけどと言いながら人間の姿をして檻に入れられているのを前に淡々と話す様子に文化の違いの恐ろしさを感じる。
「そうは言っても見過ごせない。俺は……」
女神フリイヤは「勇者だから?」と聞いてくる。
「そう、勇者だから。見過ごしたくない」
このやりきれない思いに賛同したのはタートルだった。
「いいだろう。逃がしてあげるんだな」
伝わるように大和は言い直す。
「お父さんとお母さんのところに帰してあげたい。わかるだろ?」
タートルは問うた。
「強奪の覚悟はできているか?」
〇
強奪という言い方には賛同できない。誘拐され監禁されている女の子を助けようというだけなのに言葉選びが乱暴だと思う大和だった。
タートルは黒騎士たちに歩み寄り「砂クジラを捕まえたのか?」と問う。
「そういうお前は誰だ?」
黒騎士どもに怪しまれているタートル。それもそのはず彼はもう黒い鎧を身に着けていない。同業者だとは思われていないのだろう。
「僕の名前はタートル・アール。同じ魔王様に仕える黒き騎士だ」
だが怪しまれたままだ。やはり話し合いというのは無理があると思われる。
しかし同業者と思われていないタートル本人はそれがたいそう気に入らなかったらしく相手の鎧に掴みかかってしまった。
「おい貴様らその黒い鎧を僕も着ないと分からないのか?!」
黒い鎧の騎士たちは口を揃えて言い放った。
「「「分かんねえよ!!!」」」
これにはまいってしまったようでタートルは無言のまま檻の方に歩み寄り手をかけた。
「確かにかわいそうだな。こんな檻に入れられているのは。このままどこへ行くのだ?」
「お前みたいな怪しい奴に言う訳ねえだろ」
このままではタートルの怒りが我慢ならなくなってしまう。
タートルは白い召喚板を構えた。
「大和、デュエルだ。デュエルしかない。この状況は」
〇
3人の黒騎士はカードゲームで敗北したことにより女神の力により浄化されてしまった。みなヘルメットを外し顔が露わになって放心状態のようだ。
「この砂クジラは僕たちが引き継ぐいいな?」
タートルの言い分に頷く黒い騎士たち。
「よしでは、去れ」
言うことを聞いて去っていく黒い騎士たち。
檻から女の子を出してあげると大和は「もう大丈夫だよ」と言いお父さんとお母さんはどこか尋ねると指を刺す方向は森の方だった。
「きっと帰してあげるからね」
フリイヤはこのやり取りを見ているだけで何か言葉をかけることはなかった。何かを考えているようだが、それが何なのかは分からない。
〇
タートルは砂クジラの少女の手を引いて森の中を歩いた。フリイヤは森の中に砂クジラの群れが隠れ住んでいるはずと言っていたが、砂クジラの人間ではない姿というのはどういった姿なのか大和には想像もつかない。
砂クジラは主に自然の中で隠れて暮らす習性があり、見た目は大和も知っている鯨と大差ないらしい。
あてもなくただ森の中を歩く4人。
その時だった。
……ッ!
深海でうなるような鈍い音がした。砂クジラだ。
「どこだ?!」
大和は360度気にして耳をすませる。だが少女の方が早かった。前方を指さしている。タートルは「いこう」と声をかけみなその少女が指さす方向へ足を速める。
〇
たどり着いたのは小規模な砂漠だった。そこではまた黒い騎士たちが砂クジラを密漁しようとしていた。砂からあがった砂クジラを縄で縛って動けないようにしている。
大和は声を上げる。
「なんだってそんな砂クジラを狩るんだよ!」
タートルも答えられない。だがもしかしたらと推測を込めて呟いた。
「もしかしたら、砂クジラをカードにしようとしているのかも」
「なんじゃそりゃ」
「ただの推測だ」
実際この異世界グランドジービアでは動物は存在せず架空のモンスター程度にしか思われていない。ゆえにこの異世界では実在する本物のモンスターをカード化することによって新たな文化を作り出そうとしている可能性もある。実在するモンスターをカードゲーム化しようということだ。
元々モンスターの召喚は契約によって可能なのだ。その召喚の契約をカードゲームでしようとしている可能性もある。カードを召喚板に配置し実体化する召喚のことだ。
タートルは口元を手でなでながら思考する。
「架空じゃないモンスターを召喚することはカードじゃなくてもできるはずだが」
召喚士という職業がある。モンスターを召喚し使役している者のことで立場上ギルドなどのクエストを受ける者も多い。カードゲームの召喚だがそんな力を使う倉間大和もこの世界では召喚士の一人と数えられている。
デュエルという形でしか召喚する機会がないが、カードゲームでの勝負以外でも召喚することはできる。元々カードゲームの問題で異世界転移したのだからそれ以外に使用する頻度が少ないのは当然のことではある。
〇
大和は前に出て「悪事はこれまでだ」と刑事のような態度をとる。黒い騎士は2人だ。
デュエルするか。タートルと大和で2対2で戦うことができる。だがタートルはやる気がなかった。それどころか……怒っていた。
黒い騎士どもは顔をヘルメットで隠したまま「何か御用か?」と尋ねる。
タートルは捕まえようとしている砂クジラを置いていくように言う。
「捕まえようとしている砂クジラをそのまま置いて去れ。黒騎士たる者、苦しみが分かる者だ。天蓋孤独を知る者たちだ。だからその苦しみを作るな」
黒騎士の一人は「これはモンスターだ」と言い返す。もう一人も話す気はない。
女神フリイヤも砂クジラの密漁が気に入らないようで声をあげた。
「モンスターでも心があるわ。誇り高い騎士なら止めておきなさいな」
だがやめる気なんて早々ない様子。
黒い騎士どもめがけてタートルが走り出すと、黒騎士の一人が手のひらを天に掲げた。
「バインドフィールド!」
紫色の空間が突如広がり密漁中の黒騎士たちの半径6メートルほどがこの特殊なフィールドに囲まれた。
「ここより先は入れない」
女神フリイヤは焦った。このフィールドがあるせいでデュエルもできなくなってしまった。このフィールドに触れると動きが止まってしまう。そうなるとセイントカードで召喚しても攻撃が届かない。
怒り心頭なタートルは限界を迎えていた。
「君たちの意思はよくわかった」
〇
突如としてタートルの体が光だし、背中から白鳥のような白い羽根が生え出し空に飛びあがった。
「魔王様に仕える者の反乱分子として断罪を執行します」
手に光の矢を発生させ握り、狙いを込めてバインドフィールドの中にいる黒騎士へと投げ飛ばした。
「なっ何?!」
一人の黒騎士が動きを封じられ動けなくなる。
さらにもう一本の光の矢を握り投げ飛ばし命中した黒騎士2人目が動けなくなる。
「天使の力の前に魔法なんて通用しません」
黒騎士の魔法であるバインドフィールドは崩れ去り、大和とフリイヤは捕まえられていた砂クジラを縄から自由にしてあげた。すると砂クジラは声にならない低いうなり声をあげたのだった。
〇
自由になった砂クジラは空を自由自在に泳ぐ。すると同時にいたるところから砂クジラが現れ喜んでいるように低いうなり声のような音を発し空を泳ぎ回った。そして少女の姿も小さな砂クジラとなり泳ぎ混じろうとする。
だがなんだろうか。少女の砂クジラだけはぶられているような気がしてならなかった。
みんなでお祝いするように自由に泳いでいるのに何故か少女の砂クジラだけ混ざることを拒否されているようだ。
フリイヤは言った。
「砂クジラの習性よ。一度人間に捕まった個体は群れの弱体化を恐れられてなかなか群れに戻ることはできないの」
だが不思議なのは捕まりそうだった個体は自由に自在に泳ぎ群れの一部として喜んでいるように見える。
「あの砂クジラの個体は捕まりそうだったけど、逃げ出せた。タートルのおかげだけど、ピンチから逃げ出せることがそもそも強さを証明することにもなっているようね」
大和はタートルを見て不思議に思う。
「タートル。お前っていったい何者なんだ?」
タートルは空を自由自在に泳ぐ砂クジラの群れを眺めながら答えた。
「前に言ったよ。魔王様は悪魔だけじゃなく、天使をも生み出すって」
タートル・アールは、魔王によって転生を受けた天使であった。
〇
タートルの過去は孤児であり小さい頃に母親や父親を失っている。そんな彼女に魔王が生きる力を与えてくれた。天使としての力を得て転生したのだった。
そもそもがクライカードというもの自体が生きることが困難な者としての証明として機能しており、そんな者を見守り導くために機能していた。悪魔の力をなんの困難もない者が欲しがるはずがないからだ。
天使であるタートルがクライカードを使っていたのは困っている者と同じ境遇を再現するためで、苦労して逃げ道もなくどうしようもない者が警戒しないで近づけるようにという目的があった。
そしてそんなつらい世の中を変えようと現れる勇者は魔王の騎士として相応しいのではないかというのがタートルの見方である。
〇
群れから追い出された少女の手を握るタートル。
「大丈夫。君は僕が守るから」
大和はタートルがかっこいいと思ってしまった。だがそんな彼に心が動かされようとすることに対し女神フリイヤは魔王の配下の者だから心を許しすぎるなと言う。
魔王の配下の天使。この者に心を許しすぎてはならない。
女神フリイヤもタートルの言いたいことは分かる。だが、それでも悪魔の力は許してはいけない。結局クライカードが幸福に飢えた困窮している者たちを表す手段としているとしても救いきれないどころか、この現在のようなカードゲームの勇者が必要な事態となっている。よかれと思ってだとしても救いが必要な理由を作っているにすぎないのだ。
大和はフリイヤの忠告を心に刻んだ。人を救うとは簡単なことじゃない。デュエルで人を救う活動を大和は行っているが、結局それしかできないのだ。クライカードを手放した人たちはまた自分の足で立ち生きていくのだから。
結局タートルもかっこいいことを言っても砂クジラの少女を救うことができなかった。砂クジラの習性まで書き変えることなどできはしないのだから。
〇
大和とフリイヤそしてタートルと砂クジラの少女は食事をとるために町の食堂に入った。窓際の4人テーブルでフリイヤの隣に大和が座り、砂クジラの少女の隣にタートルが座った。
まず大和とフリイヤはビールを頼み、タートルと砂クジラの少女はオポールジュースというオレンジジュースのような柑橘系のジュースを頼んだ。
全員にドリンクが届くといざ乾杯をはじめた。女神フリイヤは「一日お疲れー!」と声を上げ、大和は「お疲れ」と言いタートルも「お疲れ様」と言う。砂クジラの少女は何もしゃべらず乾杯に混ざる。
「君が群れに戻るよりも楽しい人生になるように乾杯さ」
タートルが女の子を口説くような言葉選びをしているがはわざとではない。それよりも気になる話題がありフリイヤはそっちの方向に発言を進めていく。
「タートルそれよりも何て呼ぶことにしましょう。その砂クジラの子」
なんて呼ぶか気になっていた大和も「おおどうする?」とタートルに尋ねる。オポールジュースを飲む砂クジラの少女を見ながら三人は腕を組んで考える。
先に声に出したのは大和だった。
「オポールジュースからとって、オポールなんてどうかな?」
特に否定するわけでもなくフリイヤは「まあ日本でもみかんみたいな名前ありそうだけどね」と意見を述べる。
何か言いたそうなタートルだが、何か言いずらそうにしていて大和が何を言いたいのか問う。
「おいどうしたタートル。言ってみろよ」
「ホエールなんてどうかな? 以前カードで見たんだ。ホエールという鯨の言い方があるみたいなんだ」
服を引っ張る砂クジラの少女。それでいいらしい。
以後砂クジラの少女はホエールと呼ばれることとなった。




