第41話 カルルカが来た理由
パタン、とていねいに扉が閉められる。途端に気まずい雰囲気が流れ出した。アミーシャもじっと腕を組んだまま動かない。
「……アボット。飲み物を用意してくれないか」
マハーチェ教授の後ろに控えていたゴーレムが、動き出す。微動だにしていなかったから、また先生のつくったゴーレムかと思ってしまっていた。
「レッシュベルには、買ったばかりの紅茶を。ジブールは、コーヒーでいいか?」
「……はい。ありがとうございます」
アミーシャは返事もしなかった。少し待っても答えが返ってこなかったから、マハーチェ教授の指示でアボットが床を振動させながらお茶の用意をしに行く。
「ジブールの判断は、たぶん間違っていない。まずは座ろう」
促されるままにアミーシャは腕組をしたまま、カルルカがいた場所に腰を掛けた。横目で見ても、長い髪が瞳を隠して何を考えているのかわからない。だけど、強気な態度はどこかへ行ってしまったみたいに鳴りを潜めていた。
「ウィンドーネはあの性格だ。事情があるとわかれば、ちゃんと納得してくれるんじゃないか? でも、ウィンドーネがここに来た理由を2人には知っておいてほしい」
「カルルカがここに来た理由……?」
マハーチェ教授は、机に置いた赤い本を開いて見せてくれた。ゴーレムの絵と難しい数式だけが並んでいて全く何が書いているのかわからない。
「この本は、ブランジェイ・アビークが著した『ゴーレム体系』だ」
ぶ、ブランジェイ? ゴーレム体系……。
「知らないのか? 磁土を開発した今のゴーレム研究の基礎をつくった人物じゃないか。彼がいないと、試験でつくったゴーレム達を誕生させることはできなかったんだぞ。磁土は画期的な発明なんだ。それまで荒土で簡単な魔法式しか施せなかったゴーレムが、磁気を用いることによって複雑な行動が取れるようになった。いいか、磁気というのは──」
なんとなく覚えている。同じような話をこの場でタイゼンとしてたような。でも今はそれどころじゃない!
「先生。問題はそこじゃないです。カルルカとその本が何のつながりがあるんですか?」
「あ、ああ。ここを見てくれ」
意外と長い指が数式をさした。だからちんぷんかんぷんなんだってば。
「よくわからないと思うが、ここに書いてあるのはいくつかの命令式だ。たとえば、『歩く』と『走る』とでは基本的な動作は同じでも、スピードや動かし方が変わってくる。その違いをこの式の違いで表している。磁土は、これらの膨大な命令式を魔法式として1つにまとめてゴーレムに埋め込む魔法なのだが、魔法式に転換する前の命令式のどこかが間違っていた場合、エラーとして動作に支障をきたすことになる可能性がある。ウィンドーネには、その命令式の間違いがないかどうかをチェックしてもらっていたんだ。なぜあのゴーレムがレッシュベルを襲ったのか、その原因を突き止めるために」
「……カルルカさん、が?」
伏せられていたアミーシャの顔がバッと上がった。
「提案してくれたのは、ウィンドーネからだけどね。彼女のゴーレム生成の腕はもう一流と言っていい。見たかい? あの、ディアナ像を」
氷でできた彫刻のようなゴーレム。これまで見てきた無骨なゴーレムとは全然違う繊細なデザイン。
「カルルカは、言っていました。ディアナのようになりたいと、どんな傷も痛みも私が癒せるようにって」
「それもあって、何よりもレッシュベル、君を傷つけられたことが許せなくて、ウィンドーネは作業に携わってくれた。一日で終わるような作業じゃない。何日も何日もかかってようやく、今日全部の数式を点検できたんだ。結果は、残念ながらと言うべきか、異常はなかった」
「じゃあ……どういうことですか?」
「ゴーレムの暴走は、内部的な問題ではない。外部からの何かによって暴走を引き起こされたと考えていい。有力なのは魔法式の書き換えだけど、他の原因もあるかもしれない。なにせ記憶装置はまだまだ未知の領域が多い。磁土の発見も研究上の偶然の産物と言われているのだからね。ウィンドーネとは、その点について話し合っていたんだ。何か手掛りが見つからないかと」
「……ごめんなさい……」
か細い声が隣から聞こえた。アミーシャは前髪をかきあげて鼻をすすった。
「事情も知らないで、私は。……カルルカさんには後で謝らなければいけません。ですが、ナナキさんを守るという点では目的は同じです。マハーチェ教授。私とナナキさんは、イーストへ向かいます」
「なっ──!!」
先生は勢いよく立ち上がる。その衝撃で横に積まれた本が音を立てて崩れていった。
「イーストだって!? なぜだ! それに勝手に行くことはできない、国の許可がいるはずだ!」
「もちろん国の許可を得ていくのです。生きた魔導書が見つかったことで、再び魔導書争奪戦が始まろうとしている。当然、ナナキさんと生きた魔導書も狙われている。ですから私達はイーストへ向かうのです。ナナキさんを守るために。そして、争いを止めるために。そのためには力が必要です。私達にはまだ上手く使うことのできない魔伎を攻略する術を身に着けなければいけない。だから、先生にお聞きしにきました。魔伎と戦える方法を。それは、どうしても知らないといけないのです」
「そんな、そんなことが──」
マハーチェ教授は、頭を抱えたままヘナヘナと椅子に座った。ちょうどいいタイミングでアボットが戻ってきて、カップを置いていく。
「入荷されたばかりのヴィダムコーヒーです。どうぞ」




