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第40話 久しぶりのカルルカ

 水面(みなも)に水滴が落ちたような澄んだ声。木々のざわめきのように落ち着く声。氷を照らす太陽のように元気になれる声──とにかく素敵なカルルカの声が部屋の奥から返ってきた。


「待って! 今そっちに行く!!」


 部屋に自然にできたトラップに気をつけながら、急ぐ。いやいや、そうじゃないでしょ。目的はマハーチェ教授でしょ、と思いながらもはやる気持ちは抑えられなかった。


 だって、久しぶりなんだ。試験以来、カニャさんのお店で働き詰めだったから、カルルカに会うのは実に数日ぶり。毎日でも会いたいのに、数日も会っていないなんて!


「カルルカ!!」


 もう一度名前を呼ぶと、長椅子に座ったカルルカの顔がひょっこり現れた。はにかんだ笑顔を見せながら、控えめに手を振ってくれる。


 試験のときだって戦いに集中してたから、落ち着いてちゃんと話をしたわけじゃない。そう思ったら、床に置かれた本の山を飛び越えてカルルカの元へジャンプしてしまっていた。


「わっ! ちょっと! ナナキ!」


 抱き止めてくれた腕が温かい。鮮やかな青い髪の毛から漂うシャンプーの香りが、心を落ち着かせてくれる。


「急にちょっと……びっくりするよ」


「ごめん、だって! すごい久しぶりな気がして!」


「もう、この前もそう言ってたよ。試験の始まる前に」


「そうだっけ? 毎日一緒だったからかな。なんか、調子が変」


 次々出てくる言葉を、咳払いが止めた。


「ナナキさん。何をしているのですか?」


 はっと我に返ると、カルルカの側から離れて後ろを振り返った。アミーシャは優雅に腕を組むと、マハーチェ教授と挨拶を交わす。


「突然押しかけてしまってすみません」


「い、いや……。レッシュベル……今日はその……タイゼンくんは一緒じゃないのか?」


 私の肩越しに何かを探るように首を動かすマハーチェ教授は動揺していた。あんなことされたんだから、警戒するのも当然かもしれない。


「大丈夫です。というか、タイゼンはあれ以来殻にこもったみたいに魔導書のままでいます。言葉すら発してくれない」


「……そうなの?」


 心配そうにのぞき込んでくるカルルカの純粋な青い瞳。ダメダメ! また、暴走しちゃう!


「そ、そうか。今日は、タイゼンくんはいないのだな。それならあの件とは別の用件かい? まだ調査が進んでいなくてね」


「えっと……」


 マハーチェ教授の言うあの件は、たぶんゴーレムの暴走のこと。それも気になるけれど、今は。


「その件については調査中と報告を受けています。今回、お伺いしたのはもう少し簡単なこと。魔伎、の攻略法を教えていただきたいのです」


「魔伎だって? 上級生が身につける魔術だ。なんだって急に──」


「ギルドの勧誘があったときにそういう話になりまして。ほら、あの方たちは武器を持っていらっしゃるじゃないですか。魔法だけでなく、魔伎も使うのだろうなと。私、知識としては知っていましたが、魔伎がどういうものかこの目で見たことがないのです」


「興味本位か。なるほど、ジブールは確かに同じ1年生の中でも極めて高いレベルの持ち主だ。だけど、今すぐじゃないとダメなのか? 魔法の習得には順序がある。我々は体系立てて生徒に魔法を教えているから、本来なら次の学年で教わるべきことなんだ。それに、レッシュベルにはさすがにまだ早いだろう」


 マハーチェ教授の視線がアミーシャから私へと移った。


「あの、どうしても知らないといけないんです。確かに私は未熟ですが、魔伎との戦い方を知らないと──」


 アミーシャが目を丸くして私を見た。しまっ、こんなこと言ったら──。


 マハーチェ教授は膝元で開いていた分厚い赤い装丁の本を閉じると、机の上へと置いた。


「興味本位ではないな。どうしても知らないといけない。その、どうしても(・・・・・)の理由を話してもらおうか」


「えっと……その……」


 どうしよう! 話しちゃいけないし、話さないと変だし。何か別の言い訳を? いやいや、変なこと言ったらますます疑われちゃう。


 口ごもりながら内心焦っている私の心を見透かしたようにカルルカはまた顔をのぞき込んできた。そうだ。カルルカも巻き込んではいけない。カルルカが私の親友だと知られたら──。


「ナナキさん。もう、正直に話すしかありません」


 アミーシャは額に手を当てて、やれやれと首を左右に揺らした。ご、ごめん!


「ただし、カルルカさんには席を外してもらった方がいいかと。これは、あくまでも内密な話ですので」


 その一言を受けてカルルカの表情が固まった。


「す、ストレート過ぎるよ! アミーシャ! カルルカ、ごめんそういうわけじゃなくて! でも、ほら、もしかしたらカルルカにも、えーっと……」


 言いたい。だけど、言えない。イーストに行くなんて言ったらどうなる? タイゼンが狙われていて、私が狙われるかもしれないから、カルルカも気をつけて、なんて言えるわけがない。


 カルルカはちらりと目線を上げてアミーシャの方を見た。そして、何も言わずに立ち上がると、うつむいたまま部屋を出て行こうとする。


「待って! カルル──」


「大丈夫だよ。私の話は終わったから。ナナキ、頑張ってね」


 扉を開けて外へ出る直前。カルルカはにっこりと微笑んだ。


「じゃあ、またね」

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