表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/38

38ご契約内容を確定します







「ひすい? この辺では聞かないね」

「確か極東の島国の原産で、そのような宝石があるとは聞いたことがありますが……ドラグロードではほとんど出回っていないはずです」

「へえ、公が言うならほんとにあるんだ。ティアラ物知り~」


 この反応。翡翠この世界にも実在してたーよかったー、ってほっとする反面、こっちにあまり出回らない宝石をベルチェット家の娘が知ってるのって、もしかしてちょっとまずかったかなってひやひやします。

 ほらこの、公爵閣下の胡乱な目。こっちに向けないでもらっていいですかね。


「でも、どう? ヒスイ。悪くないと思うけど」


 ロックスさまが子供の顔をじっとのぞき込んだ。

 表情読んでるな、これ。


「ぇ、……っの」

「少なくとも国内ではポピュラーじゃないから問題ないと思うよ。知ってるのもたぶんおれたちくらいだろうし」


 宝石っていえば、めっちゃ高価なきれいな石っていう知識はあるのだろう。それを冠した名前をつけられることに抵抗があったのかもしれないがロックスさまに先制されている。

 いやだな。こういう、投げる前から拾われる会話。


「……うー……」

「嫌じゃないならいいじゃない。気恥ずかしくてもどうせすぐ慣れるよ」

「じゃあ決め打っていいだろうか」

「いいよアンジェ、書いちゃえ」

「あ、あああ……」


 かわいそう。

 いまわたしの目には、陽の者に絡まれている隠の者に見えている。純粋にかわいそう。心の中で合掌した。

 いつの間にか側に置かれたインク壷と羽ペンで、お姉さまがさらさらと書いていく。ほかに案とか聞かないあたり、このひとたちも名前にあんまり頓着がないのだなあ。


「さて。では次は条件をつけていこう」

「なにそれ」

「下に余白があるだろう。すべてに於いて優先する命令がある場合は、確定するまえにここに書き足していく」


 そうなの? って顔をするお父上と、無言で頷く執事さんが横目に見える。奴隷商がお父上には説明したが、覚えていないことなのだろう。

 契約書にはそれを説明するような文字列がないから、本当ならばお父上からアンジェお姉さまに教えなければならないことだ。が、お姉さまは契約書の魔導式を解析済みなので、説明される必要がないんですよね。

 たぶん今のお姉さまなら、奴隷商より奴隷契約について詳しい。


「条件は……食事、睡眠はしっかりとること。私からのコマンドに従わないこと」


 これだけ。と言いながら、すらすらと文字を書き込んでいく。

 理解が及ばないのだろう、子供は淀みなく書かれていく文字列を見て言葉をなくしている。

 ロックスさまじゃなくてもわかります。

 命令に従わなくてもいいの? って顔に書いてあるもの。


「全部の命令に反発しちゃったらまずくない?」

「私はそれでもいいんだが……」

「書き方で語弊を招くことがあるのでは? 言いたいことはわかるんですけど……」


 お姉さまなら絶対理不尽な命令なんてしないでしょうけれども。そもそも命令とかしないんでしょうけれども。でも命令のつもりがない言葉にも反発してしまわないかという懸念があるんですよね。

 だってお姉さまご自分で言っていたわけですし。

 この契約書は、そこまでお利口にできていない、と。


「出来は悪いが精神干渉系闇魔法の簡易発動陣だからな……、懇切丁寧に書いておかないと確かにあとで面倒なことになるか……」

「なんて?」


 ひとりごとのようですが、早口言葉が聞こえた気がします。


「従いたくない命令には従わなくていい、くらいの書き方にしておけばいいんじゃないです?」

「ならそうしよう」


 さっき書いた文字列をお姉さまが指でなぞる。修正テープでも引いたみたいに消えていった。


「え~~その魔法めちゃくちゃ便利じゃない? おれにもできるやつ?」

「できないかな……」

「え~~」


 条件を書き直して、最後に「自由意志を剥奪しないものとする」と加えていた。声に出さないあたり子供に知らせるつもりはないようだ。


「これでいいだろう。契約を確定させるぞ」


 アンジェお姉さまはご自分の名前をすらすらと書き込むと、名前の横に人差し指をそっと添えた。

 主人になるひとのほうは、血ではなく魔力を通すようだ。うっすら発光したかと思ったら、波紋が広がるように光の帯が広がっていく。


「これで今日から、おまえは私の奴隷だ。名前はヒスイ。いいね?」


 光がおさまった契約書を拾い上げ、お姉さまは子供に再確認するように言う。なんとなく事態を飲み込めていなさそうな顔をしたまま、子供は何度か頷いた。


「わかったのなら、さっそく命令しようかな」


 そう言われて、子供はわかりやすく身構える。その様子にお姉さまが薄く笑った。


「ここにある菓子を食べられるだけ食べて、今日はもう休みなさい。おまえの世話役は追って決める。それまではそこの爺の指示に従うように。わかったら返事」

「……? あ、えと……はい」

「よろしい」


 わかってるんだろうか、これ。とりあえず返事した感がすごいです。

 執事さんがなにも言われずともお茶を入れて、子供の前にお菓子やケーキと一緒にサーブする。話が早い。さすがです。

 ところが、眼前に置かれたたべものを前に、しかし手をつけずにお姉さまをおそるおそる見る。

 返事をしたはいいが、本気で困惑しているようだった。

 すぐに手を伸ばして食べないあたり、ほんとうに命令が命令として作用していない。

 その反応を見て、お姉さまは満足そうに笑って子供の頭を撫でた。


「カトラリーの使い方は、また今度教えてあげよう。今は好きにお食べ」


 命令ではないが許可が下りたことで、子供はおそるおそる手づかみでケーキを一口かじる。食べたことのない甘味の暴力にびっくりして、それから勢いよく食べ出した。小動物でも眺めている気分である。

 たいへん可愛らしくていいとおもいます。

 ここには、両手や頬を汚しながら頬張って食べることを叱るような人間はいませんしね。気になるのはカロリーがばか高いことと栄養に偏りがありすぎることですが、骨と皮しかないのだし、食育はこれからゆっくりやっていけばいい。


「ひとり納得してないひといるけどねえ」


 子供がお菓子を頬張るのを眺めたまま、ロックスさまがお行儀悪く机に頬杖をついた。わたしもちらりと視線だけを動かす。

 お姉さまのお父上が、図星を突かれたような顔をしていた。

 そりゃそう。

 だってお姉さまが初見のはずの奴隷契約についてやたら詳しかったり、見たことのない魔法を使ってみせたり。もっと言えば貴族として育ててきた娘が奴隷の前に膝をついたり、あろうことか王子殿下にタメ口。

 そしてそれらに驚いてるのが自分だけという状況。

 家主がひとりだけアウェーなのちょっとおもしろいですね。


「アンジェは……ええと……まず。どこから奴隷契約についての知識を得たのかな?」

「あらお父様。まるでわたくしが奴隷にすごく興味があるような言い方なさらないでいただきたいわ」

「いや~今取り繕っても遅いんだよなあアンジェ~」


 この、いろいろ手遅れなのに強引に取り繕おうとするやりとり、ものすごくデジャヴを感じますね。


「ロックスさまも猫剥がれてるけどいいんです?」

「やっべ、おれもか」

「ろ、……なんだって……? もしかして、ティアラ嬢は王子殿下にあだ名をつけてらっしゃる……?」


 今日だけで初耳の情報が多いお父上は、わたしにも怖いお顔をぐりんと向けてくる。

 お姉さまは子供の隣に立ったまま、執事さんからティーカップを受け取っていた。話が逸れたし我関せずを貫くつもりのようだ。


「公的な場所ではさすがに殿下とお呼びしますよ。でもあだ名で呼ばせているのはロックスさまです」

「この機会に敬称変えようよ。公が卒倒するかもしれない」

「ロックスくんです」


 普段なら馴れ馴れしくお呼びするのに抵抗ありますけど、そういうことならわたしも全力で乗っかります。案の定お父上は、ぶっ倒れこそしなかったが、顔が青くなったり汗をかいたり忙しそうだ。今日だけで何度目の百面相だろうか。

 というか、ついにわたしにもいじめられるようになっちゃったじゃないですか。

 しかしこの面子で精神年齢が年相応なのは、悲しいかなヒスイしかいないのだ。なんか一瞬で立場が弱くなった公爵様に、怒られるかもと怯えるような子供たちはいないのである。

 いまこの場で一番偉いロックスさまがわたしにも発言を許した時点で、ある意味無法地帯になるのはもはや必然というわけですね。

 そんなやりとりをしているうちに、ヒスイが食べ終わったようだ。次のお菓子に手を伸ばすのをやめて、机の上に拳を置いている。ギブアップがちょっと早い。

 遠慮か、はたまた甘いもの大量接種で具合が悪くなったのかな? とちょっと不安になったがそういうわけでもなさそうである。

 さすがにいくらおいしいものとはいえ、普段から食事を拒否していたのだから胃袋がそこまで膨らまないようだ。

 お姉さまがもういらないか訊ねると、こくんと一回頷いた。

 それを受けて、執事さんが布巾をさっと取り出したが、その前にお姉さまがぱちりと一回指を鳴らす。

 手や顔についていたクリームやら食べかすが、ぱっと消えてしまった。


「爺、侍女を何人か連れて行って採寸させてくれないか。服をどうにかしよう」

「畏まりました」


 驚くでもなく、布巾を懐にしまい直して執事さんは一礼する。一方汚れていたものが一瞬で綺麗になったことにヒスイはふつうにびっくりして、お父上は顎が外れそうになっていた。

 そしてそれを見ていたロックスさまは、声もなく肩を震わせていた。


「ぁっ……のっ! ありがと、ございます……!」

「うん、どういたしまして。おやすみ」


 執事さんに連れられて、ヒスイは部屋から出て行った。ぱたりと扉が閉まる。

 そして無音になった部屋の中、お姉さまは空いた椅子に座って、なにか言いたげなお父上の視線をお茶を飲んで黙殺した。


「は~おもしろ……」

「せっかくですし、契約書についてお姉さまがわかったこと、お伺いしてもいいです? ヒスイくん、奴隷にしない方法あったんでしょ?」


 わたしのお姉さま呼びにもいちいち引っかかったような顔をなさるお父上のことはもうそういうオブジェクトとでも思うことにして、お姉さまが見て解析したものを聞くことにした。

 まえのマジックバッグのときもそうだったけど、それに組み込まれている術式を見て理解して、鞄とかを使わずに再現できてしまうのだ。いろんな発見があるに違いない。

 ところがお姉さまはちらりとお父上の顔を見て、扇で口元を隠すとそのまま黙ってしまった。


「ああ、公はもう出てってもいいよ! なんかいっぱい疲れたでしょ!」

「はっ!? え!? ご冗談を……はっ」


 お父上がお姉さまの顔をみて急にフリーズしてしまいました。

 視線を向けると、お姉さまがにっこりしておられる。でも威圧感みたいなのがないので、別にいいんだけどどっちの口調でしゃべろっかなあ、くらいにしか思っていなさそうだ。


「別におはなししても構いませんことよ。ただここで聞いたことを外に喧伝しないほうがよろしいかとは思いますが……」


 こっちで行くようだ。とってつけたようなお嬢様言葉。わたしたちは普段のお姉さまに慣れすぎていて、こっちの口調のほうが威圧感あるんですけどね。


「公爵家の娘の妄言に変わりはありませんもの」

「え、別に私はそんなことを思ったりしないよ……!」

「お父様まで騙されて真に受けたとあっては、お父様の評判やお仕事にも支障をきたしてしまうでしょう? そうなることは本意ではございませんもの」

「……アンジェ、なんかまどろっこしい言い方して、公を責めてる?」

「まさか」


 責めてるとかじゃなくて、噂のことをちょっと言ってそうですね。

 そういえば今回の件も、アンジェお姉さまが奴隷を飼ったという話に尾鰭も背鰭もべたべたにつきまくって社交界を駆け巡りそうな気もします。

 そしてお姉さまのスタンスだと、悪評は広まれば広まるだけ都合がいいと思っていそうだからなあ。お父上がお城で、今回聞いたことを下手に言いふらしてイメージが上がってしまうと損失。下がったとしてもお父上の評判まで巻き込んだ下がりかたをしてしまうとかなり厄介だ。


「誰にも話すな、と念を押しているだけですわ。できないなら聞かないほうがドラローシュのため」

「本音は?」

「……隣国に下手に目を付けられると厄介でしょう?」


 そういってお姉さまは、内容が確定した契約書を指先で摘んでみせた。

 そういえばこの契約書は、隣国の叡智の結晶なんでしたっけ。

 門外不出だし誰にも再現できてはならない、人間の精神を縛る闇魔法の最先端だ。それを、解析できました! なんて隣国に知られたら。

 たしかに非常に面倒くさそうである。


「おそらく禁忌に触れるでしょう。それでもお聞きになりたいですか?」


 気になって眠れなくなるのと、聞かなきゃよかったって思うこと。

 いったいどちらが幸せなのか、わたしたちに判断できることではないですもんね。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ