第78話「アルレシア人」
忙しめの労働と同人誌原稿とネット連載を同時並行で進める難しさを思い知りました。長らくお待たせしてすみません。
本編よりやや未来の話ですが、明日2022/12/31(土)のコミケで学会発表の締切に追われるクロエの話を出します。ミ38a「河城重工特車事業部」ですのでどうぞお越しください。
詳細: https://emilla.hatenablog.com/entry/2022/12/28/C101%E5%8F%82%E5%8A%A0%E6%83%85%E5%A0%B1
準備を万全整えた道のりは順調そのものだった。何しろ私たちには自動車があるので、四つの車輪で進める場所を走っている限りは何も怖いものはない。
つまり、四つの車輪で進めない場所からは怖いものが出てくるというわけだ。アルレシア山頂まで舗装された登山道があればよかったんだけど、そんなものはない。そういうわけで、山の麓からは徒歩に切り替えだ。車を街道から少し離れたところに隠して進むと、やがて茶色い家々が見えてきた。
「あれが?」
「そう。アルレシア人の村」
アルレシア人はこの山地に点在する民族だ。アルレシア山は彼らの領域ということになっているのだけれど、そこにはかなり複雑な歴史的経緯があるらしい。いくら急いでいたとしても、いや、急いでいるからこそ彼らに無断で頂上を目指すのはまずい。
「うまく話が纏まるといいんだけどな」
連邦の支配に抵抗しようという価値観は海向こうにある共和国のものに近い。古代は物質文明に依存し過ぎたために失敗したのだから、現代の私たちは同じ轍を踏むべきではないというわけだ。こういう価値観の人たちが物騒な武器をかついでやってくる余所者を簡単に通すかはとっても怪しい。「南麓村」と彫刻された看板を見上げながら門を抜けると、人々の視線が突き刺さった。大きく深呼吸、出発前から練習しておいた口上を述べる。
「アルシレアの地に住まう皆さまに申し上げる。私は環宝冠山脈連邦の使者、クロエラエール・ヒンチリフ。あなたがたの神域たる山の頂に用があり参上した。どうかご協力を賜りたい」
きちんと堂々言えたかな。心と時間に余裕ができたので、あらためて集落の様子を確かめる。
集落は木の塀で囲われていて、家々は平屋のものが密集している。文明を拒絶しているという言葉の響きに反し、みすぼらしいと感じられる建物はない。山地を管理しその産物を売ることによってアルシレア人の暮らしは成り立っているそうから、ケイレアに近いここなら収入には苦労しないのかもしれない。
人々が着ている服自体は余所とそう大きく変わらないけれど、皆が背嚢を背負っていて、そこに毛皮のコートらしいものがゆわいつけてあるのは独特だ。
私が人々に目を向けている間に私たちに向けられる目の数も増えていく。年齢も地位も様々な、けれど見慣れない雰囲気の人たちに囲まれるというのは結構緊張するな。ちらちらとした視線が私のじりじりとした思いを見抜いているような気がする。
人々のざわめきが止まる。人混みが割れて、初老の女性が姿を現した。
「来客に椅子と飲み物を!」
たちまち三人の子供が飛び出してきて路上に簡素な椅子とテーブルを置く。子供たちのうち一番年長らしい子が椅子を指差す。座れということだろう。勧められるままに腰掛けると、今度は瓶を持った若い女の人がやってきて、木のコップをテーブルに四つ置いた。置かれたコップに瓶から紫色の液体が注がれていく。
「一つ選んで」
何も考えずに一番右を選ぶと、女の人はそのコップを取って中身を一気に飲み干した。
「もう一つ」
毒が入っていないことを見せたいのだとようやくわかった。アトミールに目配せをする。
「では、これを」
残った三つの内真ん中をアトミールが指差すと、女の人はそれを取って最初に号令した初老の女性のところへと持っていった。同じように中身はあっという間に飲み干される。
次は私たちの番に違いない。中身がやや気になるけれど、一気に飲むのが礼儀だろう。そう思ったので、残ったコップの一杯を一気に飲み干した。
甘さの中に一滴の渋みを混ぜたような味が広がる。葡萄の果汁だ。それも、かなり上質の。
「美味しいです。ありがとうございます」
頭を下げると、見物人たちが手を叩く音がした。と、同時に号令をした女性がさらに近付いてきて、向かいの席に座った。
「さて、ご挨拶はこの辺りにして。あなたのお話を聞かせてちょうだい」
女性はアルと名乗った。これは本名ではなくて、アルシレア人の代表者が外交をするときの名乗りなのだという。体は大樹のようにがっしりとしていて、いかにも山に生きる人だ。顔に刻まれた年輪のような皺一つひとつがこの人のもつ叡智を表しているようにも見える。
「私たちには倒さねばならない敵がいます。その敵を打倒するためには山頂に赴かねばならないのです。支援は不要です。もし対価が必要ならば連邦政府が責任を持って支払います。ただ、通行を容認していただけないでしょうか」
これを聞いたアルさんは、ほぼ考え込む様子なく答える。
「この山を戦争に使うということは、アルが戦争に加わるということ。あなたの願いを叶えることはできないわ。アルとあなたたちが一三〇年前に交わした契約によれば、お互いに自分たちの戦争について相手方に何かを要求することはできない。また、アルは日々の糧を得るのに不自由をしていない。戦争を通じたどんな対価もアルは必要としていない。」
全くにべもない回答だった。
「間接的な協力も一切できないということですか」
「お山とアルは一体のもの。そして、アルが戦争をすることを強いることはできない。アルはその原則を改めてあなたに伝えているの」
「それでは……交渉の余地はない、と?」
「交渉の余地があるかどうかを決めるのは、話し合う私たちの心次第。それを考えるためにあなたがたがしばらく滞在するというのであれば歓迎するわ」
この日のやりとりは、その後実を結ぶことはなかった。
一晩泊まることをアルさんに申し出たところ、集落の中央にある小屋に案内された。質実剛健な建物には二つの部屋があり、それぞれが土間と板の間に別れている。土間で生活をし、寝るときは板の間に寝具を敷いて寝るのがアルレシア流のようだ。
料理は外から運んできてくれた。山で取れた果物と肉を一緒くたに料理するという奇妙なもので、果物の甘さが肉の味を邪魔するのじゃないかと心配したのだけど、全くそんなことはなかった。しかも果汁の成分に肉を柔らかくする効果があるようで、野生動物の締まった肉が絶妙に解れている。うーん。アルレシア人、あなどりがたし。
閉口したのはお風呂で、ここの人たちは公衆浴場で済ませるらしい。全く知らない人たちに肌を見せることに気後れをしていたら、木桶を持ってくるから布で体を拭けばいいと言われてしまった。悩んだ末、公衆浴場を選んだ。人は、暖かいお風呂には勝てない。
あー、疲れた。美味しいご飯、暖かいお風呂。あとは寝るだけ。お布団に包まり目を閉じかけた私は、とんだ忘れ物に気付いてしまった。
「立ててない! 作戦!」
そう。アルさんを、つまりアルレシア人をどう説得して協力してもらうか。何一つ考えないまま惰眠を貪ってしまうところだった。この概して快適な環境が私の油断を誘うものだったとしたらとんでもない策略だ。真面目くさってアトミールに伝えたら、「愚かなことを言ってる暇があったらちゃんと考えて」と怒られてしまった。
「うーん。でも難しいな。契約書を見せてもらったけど、確かに連邦の国璽がある正式な契約書だった。これを盾に不干渉を主張する相手に無理強いするのは……」
「道義的にはともかく、物理的には可能だよ」
筋が通らないことを可能にする力が軍事力にはある。アトミールが言っているのはそういうことだ。
「本気で言ってる?」
「クロエがやれと言ったらやるかもね」
ああ、これはいつものだな。「非倫理的な選択肢があるけど、私はやりたくない。クロエも同じ気持ちだよね」という意味だ。こういう形で信頼感を表明するの、ドキドキするからやめて欲しいなあ。
そんな思いは脇へ置いて、もっと真面目なことを考えよう。交渉の余地はないのかという確認に対して態度をはぐらかされたのが気になる。あれは交渉の余地はあるという意味だったんじゃないか。じゃあ、それはどんな手段だろう? 例えば……。
「対価のない形で戦争に協力するって、どんな状況だろう。言葉通りに解釈するとどうなる?」
「対価の定義が曖昧なので厳密には決められない。ただ、あのときの文脈から推定できるね。対価を支払うとクロエが言ったのだから、それは環宝冠山脈連邦から積極的に提供する何らかの利益と考えることができる。……うーん」
「あれ、何か嫌だった?」
アトミールの表情に少し複雑なものを感じた。
「原始的なシステムみたいな使われ方をした気がしたの。いや、これは私の気にしすぎだからクロエは気にしないで」
よくわからないけど、アトミールの実はかなり高いプライドに小さな傷をつけたということかな。まあ、気にしないでおこう。アトミールの気にしなくていいは、本当に気にしなくていいときにしか使われないことがわかっているから。
ともあれ、アトミールの答えを少し考えてみたら、事態を打開するための手がかりが見つかったように思う。早速調べてみよう。




