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明ける世界の夢見る機械  作者: 壕野一廻
第3部第1章「ケイレアを前にして」
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第76話「私の仕事」

 濃いお茶が口いっぱいに広がる。本当はもっと軽い方が好みなのだけど、今求めているのは眠気を覚ます道具としてのお茶だ。人々に発破をかけたからには自分だってのんびりとはしていられない。

 執務机に積み上がっているのは私の承認を待つ文書の山。こうした仕事を進めながら、同時にケイレアの火対策を考えるという仕事も進めなくちゃいけない。現地調査に行ったアトミールも今夜あたり帰ってくるから、できる仕事は今のうちに済ませておきたい。書類仕事は彼女に任せた ほうが圧倒的に速いけど、決断を下すのは私の仕事だ。

 一番上にあった書類をつまみ上げる。作戦計画立案の進捗に関する報告が綴られている。今度の会議のときには頭に入れておいた方がよさそうだ。

 ふむふむ。ケイレアの火を無力化したのちに親衛隊が取りうる行動が検討されているな。それによると、親衛隊は次の行動を取りうる。最も蓋然性が高いのはケイレアに籠城することだ。ケイレアを人質に取っている体勢の有利を最大限活用して私たちの出血を強いる。

 ケイレアから出て正々堂々野戦を挑んてくる可能性もあるけれど、これは私たちに都合のいい可能性で、真面目に検討するものではない。第三の可能性として代統領陛下を連れてケイレアから脱出するというものもあって、状況によっては最も危険な行動になるかもしれない。

 この報告はまだ具体的な作戦の話には触れていないけれど……。私は思いを巡らせる。もちろんアトミールの意見はとても役に立つけれど、こういうものを人任せにはできない。

 廊下の床の軋む音が聞こえてきた。大きな歩幅、重量感、そして測ったように一定の間隔。アトミールだ。

「戻ったよ」

 入った彼女が後ろ手にドアを軽く押すと、やがて扉は音もなく閉まった。

「丁寧と行儀の悪さって両立するんだ」

「これくらいは許してほしいな。人間のフリするのは結構疲れるんだから」

 アトミールがわざとらしく肩を回す。

「了解了解。お疲れさま」R

 食器棚からカップを持ってきて、ちょうど飲んでいたお茶をポットから注いだ。

「報告、聞かせて」

「待って。その前に」

「うん?」

 先程まで仕事をしていた机へ大股で歩いてきたアトミールは、脇にある未決書類を鷲掴みにした。

「承認、承認、ここ金額がおかしい。多分間違いだから確認してね。こっちは承認、これは今までの傾向と奇妙なずれ方してる。不正かも。承認、否認」

 めくりながらものすごい勢いで書き込みを入れていく。私が一番後回しにしがちな種類の事務仕事が瞬く間に処理されて署名待ち書類置き場に投げ込まれていく

「これでいいと思う。あとはクロエがサインして処理しちゃって」

「はい。ありがとうございます……」

 機械のように素早く、産まず弛まず、けれど人のように柔軟な仕事ぶり。もうアトミール一人でいいんじゃないかな。いや、そういう話じゃないのはわかってるんだけど。

 一息ついたという様子でアトミールは私がお茶を置いた応接スペースの席へ腰掛け、お待ちかねの話題を始めた。

「クロエが言ってた通りだった。偵察機が飛んでたよ」

 読みが当たった。どんなにケイレアの火が優秀な大砲だといっても、標的がどこにいるかわからなければ狙いようがない。なら、何かの方法で見ているに違いないと思った。アトミールにその話をしたら、確かめに行ってくれたのだ。

「やった。じゃあ、それを壊せば……待って。飛んでるって?」

「そう。高度約二・五エミア(約五〇〇〇メートル)を毎時三〇〇エミア(約六〇〇キロメートル毎時)で飛行中。ケイレアを中心におよそ半径二十エミア(約四〇キロメートル)を大きく旋回していて……難しい顔してるね」

「そりゃ、ね……」

 地上に見張り台があります、みたいなのを考えていた。そこを破壊すれば撃たれずに済むのでは、と。でも、飛んでいたら手の出しようがないじゃないか。困ったな。

「たまに降りてきたりしないかな」

「可能性はあるよ。整備とか。でも、狙うのはとても難しい。いつ、どこへ、どのように降りてくるかを特定する必要があって、しかも着陸地が私たちにとって到達可能な場所にある必要がある」

「うーん」

 困ってしまった。

「約三エミアは遠すぎるね。確実に当てるのはさすがに難しい」

 うん?

「え、撃つつもりだったの」

「約三エミアは電磁投射砲なら射程内だよ。停まっている相手になら当てる自信ある。でも、ランダムな間隔で不規則に進路を変えながら飛んでるからね。最短一秒、平均約二秒ごと」

 初速が毎秒一エミアだから、ちょうどほとんど同じ間隔で進路を変えている。こうなると当てっこないな。ため息を誤魔化したくてお茶を口にする。そのとき、私の頭に閃くものがあった。一見解けない問題があったなら、より解きやすい別の形の問題に置き換えられないかを考えよ。

「問題を変えてみない。つまり、アトミールは……どれくらいの距離だったら当てられる?」

「何とかして私をその距離まで連れて行くつもりだね。わかった。うーん……」

 アトミールが考えている間、私なりに考えてみることにした。紙を広げて図を描く。まずは点を二つ打つ。一つはアトミールで、もう一つは偵察機の未来位置だ。実際に未来位置を予測するのは大変だろうけど、アトミールなら簡単にできるだろうと甘えさせてもらう。この間に直線を引 く。これは、理想的にはこう飛んで欲しい砲弾の軌道でもある。

 こうして平面幾何の問題を解いてみると、問題の困難さが良くわかった。僅かな角度のずれが長い距離では大きな違いになる。結論だけを言えば簡単だけど、計算過程で数字を直に扱ってみると、結論が含む細かなニュアンスまで感じ取れる気がする。私が一人で納得している間にアトミ ールは検討を終えたようだった。

「保守的に見れば〇・七五エミアくらいまでは接近する必要があるかな」

 言い換えると、二エミア強だけアトミールを偵察機に近づける必要がある、ということだね。

「私が肩車したらマシにならない?」

「反動で粉々になったクロエの肩は見たくないなあ」

 虚しい冗談を交わしながら考えた。肩車は馬鹿げているけれど、何かの上に乗って高度を稼ぐという発想自体は正しいはずだ。自然に考えれば山だろう。ケイレアは平野の街だけど、宝冠山脈へ向けて徐々に山がちになっていく地形でもある。

 もっとも、この辺の話はアトミールだって先刻承知のことだ。ここまで議論をすれば、こちらからわざわざ口にするまでもない。

「ケイレア北西部にあるアルシレア山の山頂と軌道が交差する。当該地点の標高は偵察機が対地高度でなく気圧高度によって制御されていれば、直線距離で〇・五エミアまで接近できる。回避運動前に届くし、狙えそうだよ!」


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