↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明ける世界の夢見る機械  作者: 壕野一廻
第3部第1章「ケイレアを前にして」
PR
77/84

第75話「負けられない/負けてもいい戦い」

もう少しで700pt!応援ありがとうございます。これからも頑張ってやっていきます。

メロンブックスさんにて関連する同人誌も多数出していますのでよければこちらもご覧ください

https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=1579802

 司令官居室に入るなり、私は倒れ込むようにソファへ沈み込んだ。

「助けてーっ!」

「よしよし、頑張りましたね」

 アトミールが程よく肩を揉んでくれる。声色にからかうような雰囲気も感じるけれど、快適だから問題視しないでおいてやろう。

 ケイレアの北東に位置するアスターシアは連邦中央軍の兵站拠点がある街だ。ケイレア郊外にある中央軍司令部庁舎がケイレアの火によって吹き飛ばされてしまったので、ケイレアからさらに離れたここへ臨時司令部が移転してきたのだ。私たちに割り当てられた部屋は中央軍司令官が訪問してきたときのために用意されていた部屋で、普段は使われていなかったせいか少し埃っぽい。

「クロエ、ああいうの苦手なんじゃなかったの。思ったよりずっとうまくやってたよ」

「今回のは形式ばった場だし事前に対策できるから、型(・)さえ知ってればそんなに難しくないんだよ。その辺はなんだかんだ家で叩き込まれたから。でもほら、ご覧の通り」

 平気な人は、いくらやっても疲れないみたいなんだな、これが。笑ったつもりだけど、ちゃんと笑えているかは自信がない。

「決闘は予想外だと思うけど」

「あれは危なかった。本当に危なかった。しどろもどろになったらもうリーダーとしておしまいだもんね」

 思い出したら冷や汗が出てきた。よく乗り切ったな私。

 私に決闘を吹っかけてきたあの人は、リューノルト・ガルスパイルという人らしい。ガルスパイル家は武門の名門で、本来の中央軍司令官はあの人のお父さまだったとか。

「あれで本当によかったの?」

「あれって? 試合の形で受けたこと?」

「そう。決闘を受け入れるべきでないのは理解できる。リスクが著しく高いから。でも、試合の形なら受けるという代替案の意図がよくわからなかった」

 ふふん。アトミールの予想を超えてやったぞ。得意な気持ちになりながら、私は喉が渇いていることに気がついた。

「ごめん! 何か飲み物もらってきてくれない。その後説明するから」


 †


 お白湯が美味い。たっぷり喉を潤してから、私は説明を始めた。

「決闘はアトミールの言う通り選択肢にならない。で、試合にすると何が良いかというと、うまくすると私がこの場の指揮官として仕事をするために欠けている一番大きなものを埋められる可能性がある。なんだかわかる?」

「クロエに足りないもの……。見知らぬ人と社交する能力、指揮官としての経験、管理職としての事務、調整能力、それに……」

「私が悪かった。その辺にしといて……」

 全部身に覚えがある。

「一番難しいのは頼りない(・・・・)ことなんだよね。他は大体なんとかなるでしょ。人付き合い系は姉さまの力を借りられるし、それ以外の部分ではアトミールっていう本当に心強い味方がいる。でも、みんなについてきてもらうことについては誰かを頼れないから」

「試合という形にすることで生命に対するリスクを下げながら勝利による指揮の正統性というメリットを享受したいってこと? 勝利の公算が低いならあんまり意味がないんじゃない」

「決闘と違って勝たなくたって良いんだよ。アトミールには、そのための対策を手伝ってもらうから」

「何をしたらいいの?」

「試合は四日後。それまで私の剣が上手くなるように付き合ってくれたらいいだけ。簡単でしょ」


 †


「よく来ましたね。尻尾を巻いて逃げ出すかと思っていました」

 言ってくれるなぁ。試合の場として選ばれた中庭で、私たちは向かい合っている。一応お互い防具もしているし武器も練習用。安全とはいえ緊張感はある。勝たなくたっていいとアトミールには言ったが、負けるつもりで戦って目的を達することができるわけでもない。冷静に戦略を立てる長期的な私をしっかりと保ちつつ、目の前の戦いに全身全霊を注ぐ私をこの場に生み出さなくてはいけない。

「私には、命ずる全ての将兵に対して従うに値する将であることを示す義務があります。あなた個人の不満に寄り添うために応じたわけではありません。しかし、あなたの心胆を寒からしめる剣を振るうことをお約束します」

 考えていた通りの口上を述べる。これはいわば論文の序文。この宣言によって、見物している人々はこの試合をそのように捉え、そしてそのように語るはずだ。

 視界に緑色の輝線で描かれた幾何学図形が浮かび上がる。リューノルトの体が、剣が、どのように動くかをアトミールが教えてくれているのだ。最初の頃はむやみに増えた情報に溺れてかえって動きが鈍ったが、練習も二日目くらいになるとアトミールの予測結果をうまく取捨選択して戦えるようになった。くたくたになるまで練習してよかった。

「勝利と違って私の心中は測りようがない。予防線を張る才覚は認めましょう。ならば私も返しましょう。あなたがどのように勝とうが、それが無様な勝利である限り私を始めとした良識ある多くの人々はあなたなど将器にあらずとみなすでしょう。そのつもりでいることですね」

 真っ向から言い返されてしまった。ひどい言い草だ、とは思うけど、それを気にしてたって仕方がない。私は剣を構えた。

「……両者、準備はいいですね。二本先取の三本勝負。攻撃が有効と見なされるのは、斬撃が確実に身体を捉えており、それが真剣であったならば戦闘の継続が不可能となったであろうと審判によって見なされたとき。そのほか禁止事項や異議申し立ての手続き等慣例的な練習試合の形式に則る。異存ありませんね」

 主審の問いかけに私たちは同意する。やや間があって、主審が宣言した。

「用意、始め!」

 始まるなりリューノルトが仕掛けてきた。彼の剣先から予測線が真っ直ぐ伸びる。左へ避けるとたちまち現実の切っ先が真右を通り過ぎた。

 右へ水平に薙いだ剣が空中でリューノルトの剣に弾かれる。互いに半回転。ちょうど、元いた場所から入れ替わった。

「思ったよりやりますね。慌てて練習を始めたというから実力の程は知れていると思ったのですが」

「人の上に立つと、苦手なことでも得意なような顔をしなくちゃいけないことがあるんです」

 だから偉くはなりたくないんだ。今度は私から仕掛けた。突き合わせた剣を右へ払って突進、頭を狙う。そのとき、右足に鈍い打撃を感じた。

「そこまで!」

 右に払った剣がそのまま右足へ吸い込まれるように軌道を描いて一撃を加えたらしい。払われた時点で突進を予想していたってことだろうか。

「お嬢さまのごっこ遊びとしてはお上手ですが、所詮は田舎剣術ですね。そんな真っ直ぐな剣で押し通れるような豪傑だとでも?」

 やはり小手先の技で勝てるような相手ではない。それを前提にしながらアトミールの補助の効果を最大限活用できる試合運びを考えるんだ。巡らせた思考に勝ち誇ったリューノルトの言葉が結びついた。これだ!

 すぐに二本目が始まった。小競り合いをしばらく続ける。今の私は何しろ避けるのだけは達人だ。焦れてきたリューノルトは乱暴な動きをするようになってきた。

「この……っ!」

 彼が必殺の一撃を放とうとしているのは明らかだった。現実のリューノルトは体を沈めており、予測線は大きく水平な扇型を描いている。横薙ぎに払って逃げ場をなくすつもりとわかった。なら、こうだ。剣を両手で握りしめ、扇に対し浅い角度で差し入れる。刹那、甲高い金属の擦れる音を合図に軽く剣を上方へ跳ね上げてやると、彼の剣があらぬ方向へと舞い上がった。

「やーっ‼︎」

 今こそ渾身の一撃を見舞うとき、振るった剣が胴を完璧に捉えた。

「そこまで‼︎」

 観客たちから驚きの声が漏れてくるのが聞こえる。叫び出したいくらいに嬉しい。やった。ここで勝ちを拾えたのは大きいぞ。

 私が学んだ剣はもとより護身術。自分以下の敵を倒すことよりも、刺客のような格上相手に一瞬でも長く生き延びることを第一に考える剣だ。相手の勢いを逸らす技はたくさんある。普段の私だったら瞬発力が足りずに生かしきれなかったろうけれど、アトミールの支援がある今ならギリギリ使いこなせるみたいだ。

 リューノルトがすごい目で見てくる。やだな。でも、やらなきゃ。

 最後の試合はこちらが焦らされる側だった。挑発を繰り返しては退がるリューノルトの表情は真剣そのもので、なんとしても勝つという気迫に溢れている。体力に劣る私が疲れ切るのを待つつもりだ。彼の言うところの見事な勝利とは程遠い。そこまで彼を追い詰めることができたということだ。だいいち、こっそり能力を機械で強化している自分が言えた義理でもない。かくなる上は積極策。でも、どんな風に? 考えながら剣を奮っているうちにも息が上がってくる。

 もう私にチャンスを待つ余裕はない。どうする。どうする?

 簡単な論理の帰結だ。長期戦はできない。相手は堅実に戦って隙を見せない。なら……チャンスを無理にでも作り出す。たとえ一度きりであっても。

 決意とともに私は大いなる一歩を踏み出した。後ろへ。なるべく自然なように。リューノルト口を歪めて詰め寄ってくる。繰り返すたびに視界の左上に見える数字が小さくなり、色は赤みを増していく。試合区画の境界線までの距離だ。ここをはみ出せば失格。二歩、三歩。あと一歩も退がればもう後退は許されない。リューノルトが獲物を追い詰めた猛禽のように笑う。——私の期待通りに。

「——!!」

 残された体力の全てを後ずさった左脚へと注ぎ込む。バネのように弾け、真っ直ぐに飛び出した私の剣は、驚きに目を開いたリューノルトの胸を狙う。通って——!

 疲弊しきった相手が後退りを始め、そして追い詰められた。人であれば誰だって勝利を確信するはずだ。私はそう考えた。その読みは、彼の見せた勝利の表情によって立証された。それでも――。

 手応えはなかった。間違いなく捉えていた標的は視界から消え、後には背中への鈍痛。慣性の法則に従って私は前へつんのめり、そのまま地面と仲良くなった。

「そこまで!!勝者はリューノルト・ガルスパイル!!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。