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明ける世界の夢見る機械  作者: 壕野一廻
第2部第2章「ケイレアへの道」
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第67話「経済なき時代」

 私、フェリ、ピルナさん、そしてもちろんアトミール。今朝までアストーセにいた私たちがふと思い立って尋海のほとりに足を運び、昼前にはこうしてその場で友人たちとテーブルを囲めるなんて。代統領陛下でさえこんな贅沢は望めまい。陽に照らされてきらめく湖面に目を細め、一口お茶を飲む。

「素敵なお洋服ですこと」

「あら。いただきものですの。とっても気に入っていますのよ」

 フェリの冷やかしに気分よく乗れるくらいには気分がいい。アトミールとクラヴィーニャさんの謀略によってプレゼントされたこの服。いまだに照れ臭いけど気に入ってはいる。絵本の魔法使いみたいだけど、まあ、旅人というものはおかしな格好をしているものだよね。

 それにしても、だ。自分達の自由になる乗り物というものがこんなに暮らしを変えてくれるとは思わなかった。思い立ったときふらっと出かけられるって、自由なんだな。海辺に自動車を止めて歓談する私たち。一幅の絵になりそう。この問題さえなければ……。

「ごちそうさまでした」

 アトミールがいよいよ四本目の油瓶を飲み干している。油の持つエネルギーは彼女の中で電気に変えられてこの車へと送られる。ヒンチリフをはじめとする穣海沿岸のアストーセ(Astorse oka Arvasii)はアブラシズクの名産地だ。その実から搾られる油は全土で豊富に手に入るとはいえ、この距離を走ると消費量は半端じゃなかった。

 自由を贖う代償は決して安くない。特にこんな時代には。

「今度は……もうちょっと近場にしよ」

「気軽な高速移動は莫大なエネルギー供給あってのものだよ。アストーセダム、軌道光起電システム、質量転換炉。その他たくさん。さもないと、こういうもの(・・・・・・)に頼るしかなくなる」

 アトミールは口を拭った。食べた時にたくさん熱を生む食べ物ほど燃料に向いているらしいから、獣脂みたいなものも選択肢には入る。けれど、保管を考えると植物性の油のほうがよさそうだ。石炭でも廃樹脂でも平気だよ、と彼女は言うけど、そういうものは決して廉価ではなく、何よりそれをむしゃむしゃと食べる彼女を見たくはなかった。油を飲み干す様子ですら結構妥協しているのに。

 油は食料であり、燃料でもある。お金を出せば買えるからといって富めるものがむやみやたらに買い集めてよいものじゃない。そのことが、今回の試運転でよくわかった。

「結局は長距離移動手段だねえ」

 遊びの道具としては正当化できないけれど、目的があって長距離を移動する手段としては正当化できる。わたしたちが歩いてケイレアを目指せば楽観的にみても一月は掛かる。この車を使えばその工程がわずか一週間程度に短縮できるのだから、より少ない資源で目的を達することができるわけだ。なんて経済的!

 ぱん、とフェリが手を打った。

「さっさと本題行くよ。近況報告! 相変わらずエータの活動は活発ね。古代銃を含む武器類が多数流通している疑いがある」

 古代銃は絶大な威力から平民の所持は禁じられている。法を定める誰だって、自分の頭を遠くから撃ち抜くことのできる人間は少ない方がいいと思うだろう。こうした規制が公平かどうかはさておいて、武器にかけられた規制をものともしない何者かがいるというのは穏やかな話じゃない。眉を顰めていると、フェリは書類鞄から分厚い紙束を取り出した。

「関連文書。私なりには考えておいたけど、アトミールにはどうせ直接渡した方が早いでしょ。悔しいけどさ」

 ぱらぱらと満遍なく目を通したアトミールがおもむろに頷いた。

「政治情勢に関する知識や対人共感能力を求められるタスクではフェリエスさんに敵うかどうか。ですが、そうですね。フェリエスさんの推論は妥当であるように思われます」

「私の考えがわかるの?」

「集めている情報の時系列データから推定しました。特に直近ではケイレア方面の物流に調査が集中しており、それと別にケイレア方面の政治情勢への関心が高まっているようです。首都での武力を用いた政変を懸念していますね?」

 フェリが黙り込んでしまった。図星だったのかな。と思ったけれど、フェリの不敵な笑顔がそうではないと告げていた。

「半分は正しい。でも、半分は間違っている。状況証拠の積み重ねじゃない? あなたらしくないと思うけど」

 なるほど。アトミールの推定は統計を使ってフェリエスの関心の移り変わりを見事に言い当てていたけれど、そこからの推定に飛躍がある。言われてみればそうだ。思わず声を漏らした私の脇腹を誰かがつついた。アトミールだ。

こういうの(・・・・・)、クロエに指摘して欲しかったな」

 えっ。

「フェリエスさんの言う通り、弱めの推論ですね。普段なら棄却しています。ですが、今回は人間流のヒューリスティクスを試してみました。文脈を踏まえて時に確度の低い推論を真と仮定し、その後のフィードバックによって精度を上げるわけです。いわば投機的−−」

「待った待った。フェリが置いてけぼりだよ!」

 アトミールがヒューリスティクスという言葉を使ったことから彼女の意図がわかった。アトミールは常々人間がいい加減な考え方でそこそこ正しい答えを出していることに感心していたから、彼女なりにそれを試してみたということなんだと思う。ヒューリスティクスという言葉は前崩壊文明の数学用語で、少ない計算でおおざっぱな答えを出すやり方のことらしい。アトミールがこの言葉を使うときの雰囲気はとても独特で、小馬鹿にしたような、けれど一目置いてるような……。いつだか口にした、「偉大なる当て推量」というのが彼女なりの受け止めなのじゃないだろうか。

 というような話を丸めて(アトミールにちょっと人間を馬鹿にした部分がある、なんてわざわざ本人の前で言う必要はない)したけれど、フェリの目を見る限り、丸めた部分も鋭く見抜いてしまったようだった。

「それで、話を本題に戻すけど。クロエの偉大なお人形さんの見立て通り、私は運ばれている武器がケイレアで派手に使われることを懸念してるわけ。もう半分の答え合わせ。東部諸州での何らかの秘密作戦とか、より東の国々への輸送とか、いろいろな可能性を検討したけれど、可能性が高いのはケイレア政変説ともう一つ、交易路遮断説」

 頭がクラクラする。政変という言葉だけでも物騒なのに、交易路の遮断!? 交易でお腹を膨らませているヒンチリフ家の一員として一番聞きたくない言葉だ。

「それって、宝冠街道をってことだよね」

 フェリが黙って頷いた。

 環宝冠山脈連邦は、まさにその名前の通り宝冠山脈を取り巻く国だ。アストーセからケイレアに行くにはその山脈を突っ切らなきゃいけない。アストーセから山を越え、川を降ってケイレアへ至る一連なりの道。それが宝冠街道だ。山脈を越える街道でまともなものはこれくらいだから、迂回しようとするなら大きく山脈を迂回することになる。旅程は距離だけ考えても二倍以上、道の険しさや途中の治安も考えれば四倍以上になる。

「でも、そんなの誰も得しないよ。この車にたくさん積んでる油だって、北辺帝国の毛皮や鉱物資源だって、ケイレアの工芸品だって、全部あそこを通るんだよ。常備軍並みの警備だって」

 はたと気づく。そうか。だから古代銃が要る、というふうに考えられるのか。

「十分な能力を持つ部隊に古代銃を与えて宝冠街道に潜伏されれば、その危険は計り知れない。あっという間にわたしたちは経済(シオール)なき時代に逆戻り。連邦軍にとっての当面の課題は交易の安定に向けられざるを得なくなる。でも、そんなことのできる能力を持つようなまともな外国の為政者はそんなことしない。遮断すればするほど自分たちも苦しくなるし、連邦の首が閉まってる間に決定的な勝利が得られるかというと怪しい。分の悪い賭けだわ。でも、ごく短期間、電撃的な作戦のために連邦軍を引きつけたり、政治経済の混乱を引き起こすだけで何か決定的な勝利が得られる何者かがいるなら、その何者かにとっては選択肢になりうる」

 半分は正しい。だからフェリはそう言ったのか。結局は一つなんだ。

「フェリエスさんの仮説は理解しました。会議を次の段階に進めましょうか。先ほどいただいた通信傍受の内容を解析して報告する段取りでしたよね。どうやら今の議論を補強する内容をお伝えできそうですよ」

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[気になる点] |穣海沿岸のアストーセ《Astorse oka Arvasii》 ルビの書式ミス?か何かでしょうから誤字報告で直せる気がしないので、ここでお知らせします
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