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明ける世界の夢見る機械  作者: 壕野一廻
第2部第2章「ケイレアへの道」
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第62話「底冷えのする朝」

 最初に感じたのは寒気だった。体が芯から冷えている。底冷えのする朝、寝相が悪くて布団を剥ぎ取ってしまっていたことに気付いたときのような。今まで私は寝てたってこと? なんだか辻褄が合わなくない? そう思ってぱちりと目を開けると、アトミールと目が合った。

「クロエ、ごめんなさい! 私がちゃんとしてなかったから……」

 ボロボロと涙を流しながら縋り付いてくるアトミールにどぎまぎする。私の身に一体何が起こったのかを思い出そうとするが、どうにも思い出せない。確かデューリスさんに打ち明け話をしようとして、いや、もうしたんだっけ? 考え込んでいたとき、部屋の扉が開く音がした。

 デューリスさんと目が合う。なんだかばつの悪そうな顔。

「また……時間をあらためた方がいいかな」

 アトミールに抱きつかれていることを言っているのだと理解するのにさほど時間は掛からなかった。

「だ、大丈夫でひゅ!」

 慌てすぎて変な喋り方になっちゃった。アトミールに目で伝えてどいてもらう。

 このときになってようやく私は見知らぬ部屋にいることに気付いた。木造の清潔感がある部屋で、小さな窓からは乾いた陽光が差し込んでいる。暖炉もないのに暖かいから、床暖房のようなものがあるのかもしれない」

 ベッド脇の椅子にアトミールが座る。辛うじて真面目な雰囲気が取り繕えた。その空気を確かめるようにデューリスさんが私の隣へと近付いてくる。一体何だろう。私の緊張を知ってか知らずか、デューリスさんが背筋を伸ばした。

「息を吹き返したと聞いて飛んできた。ありがとう。あなたは命の恩人だ」

 ええーっ。最敬礼してくるデューリスさんの頭頂部をぼんやり見つめながら、私の脳裏にようやっと記憶が蘇り始めた。


 †


「つまり、クロエラエール。あなたはあの従者を遺跡にて見いだしたものの、その従者を利用しようとする何者かに追われている。その旅の中で、都市の襲撃や人身売買などを働く隠然たる勢力の存在を知ったということだな」

 私の告白を聞いたデューリスさんは大きく頷いた。

「被害妄想の世迷い言と切って捨てるところだが、私の持つ情報と符合することが多い。十分あり得る話だ。……となると、なるほど。この小競り合いも全てその勢力の思惑通りである可能性は確かに低くないな」

 被害妄想。確かになあ。私だって信じたくないよ。

「デューリスさんの知っている情報というのを教えて頂いても?」

「いくつかある。一つは、死の氷地周辺で不審な者たちが目撃されているという情報だ。死の氷地については知っているだろう?」

「はい。北辺帝国の北東にある地域ですよね。一年中氷が溶けなくて、遺跡の宝庫だとか。それに、一度足を踏み入れると、確か……」

 デューリスさんが後を引き取った。

「半分は帰ってこない。帰ってきた者も半数は半年以内に奇妙な病に倒れる」

「大陸北部には核開発施設が固まった地域があったと聞きます。死の氷地というのはそのあたりのことかもしれません」

 あー、その手のやつか。遺跡で危険なものの中でもとびきり厄介な危険だ。恐ろしい殺人機械はしばしば警戒していればわかる。有毒の空気も小動物で試すとか、たいまつをかざすという方法で確かめられる。けれど放射線というものは今の技術では認識できない。しかも、悪さをするのは現地を訪れてから何週間も後だったりする。唯一、古代の人が残してくれた警告表示の記号と、「放射線は危険だ」という言い伝えだけが私たちを守ってくれる。本当に人を人とも思わないところでは、疑わしい遺跡には奴隷を送り込んでしばらく健康に過ごしていることを確かめてから調査隊を送り込むと聞いたことがあるけど……。私なんかは想像するだけで寒気がするやり方だ。

「そんな場所に好き好んで足繁く通う者などいるわけがない。ということは、その者たちは難を避ける方法を知っているのだ。明らかに現代の知識を超えた何者かの存在を示唆しているだろう」

 デューリスさんの意見はなるほど筋が通っていた。

「それで、もう一つは?」

「ああ、それだが――なんだこの音は」

 空から金切り声のような音が聞こえ始めたのだ。間髪置かずアトミールから切羽詰まった声がする。

「砲撃がくる! 伏せて!」

 なぜ、どうして。そんな考えと同時に体が動き、デューリスさんを押し倒した。

「何を――」

 不意を衝かれたデューリスさんが声を上げた瞬間、私は背中に刺すような痛みを感じた。


 †


「思い出した! あの金切り声はなんだったの」

「亜音速で飛来する砲弾が発する風切り音だと思う。砲弾の飛来を私のレーダーが知覚したのは弾着約十秒前。迎撃を行ったけど命中前に二発に分離、片方を撃ち漏らした」

「弾が……割れる?」

「違う。分離。迎撃を受けることを想定する攻撃手段の中には、命中前に複数に分かれるものがあるの。単純に迎撃コストがいきなり倍になってリソース配分を狂わせることができるし、面に対する危害範囲も広がる。つまり――」

 アトミールが詳しく説明しようとするのを制した。自分で考えてみたかったから。

「待って! つまり……破壊のエネルギーは球状かつ一様に広がると仮定する。任意の個数に分離した爆弾の持つ破壊のエネルギー全体は変わらないから、一つの大きな危害範囲の場合とある個数の小さな危害範囲を足し合わせたものの比較になるよね。半径に対して面積は二乗、体積は三乗で効いてくるから、面積の増加分は分離個数割る分離個数の三分の二乗倍すなわち分離個数の三分の一倍。つまり今回の場合は二の三乗根倍! どう?」

 早口にまくし立てる。どうだ。私だってこれくらいは暗算できるんだぞ。

 ふむ、と少しアトミールは小首を傾げてから、嬉しそうに頷いた。

「前提に対する演繹としては正しい。実際には危害範囲は円形にならないけどね」

「……そうなの?」

「亜音速で移動する砲弾から破片が飛ぶから進行方向に長く引き延ばされた形になるみたい」

「くっ……! いやでも待って。弾が地面に当たって爆発でしょ。そのときって速度はゼロじゃないの?」

「えっ」

 会心の反論だと思ったのにアトミールは怪訝な顔をする。どういうこと?

「ごめんね。まずは空中炸裂弾の話からしないといけなかった。つまり――」

 アトミールの説明を遮る咳払いが場を制した。デューリスさんだった。

「敵の攻撃手段の技術的解明も重要なことだとは思うが、真っ先にやるべきことではないと思うな。次の目標を決めることが先決だろう。もし目標を決めるために技術的な議論が必要になったなら、そのときにまたあなたがたのやっている議論に立ち返ればいい」

「うう……。そうですね。私の悪い癖です。ありがとうございます」

 ごもっともな批判を受けたら素直に頭を下げるのがよい。気を取り直して、あるべき形の議論に立ち返ることにした。

メロンブックスさんにてあけゆめの番外編「バイナリの置き手紙」を委託中です。クロエとアトミールが暗号らしきものに取り組む掌編になっていますので、あわせてよろしくお願いします。

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