78.黒
・あらずじ
愉快な人たちを見ていたら突然水色の髪の女の人に平手打ちされた。
いやなんだこれ。
「えっちょっちょっと⁉ お姉さん何するんですか⁉」
突然のことでぽかんとしていると毬さんが誰かに向かって怒っているような声が聞こえた。
目の前には綺麗な水色の髪を持ったいでたちからどう見てもどこかの貴族のお嬢さんらしき人が右手を高い位置に上げていた。というか、この人私の目の前にいる。あ、待って? 左頬が痛い。
そういえば先ほどこの人はなんて言ったのだろう? この人殺しだ。でもそう言えこの女性は人間ではない。魔族だ。で、この人殺し? ということは?
「ちょっとなにか言ったらどうですか⁉ 女の子の顔を急に叩くだなんて! しかも人殺し⁉ 失礼にもほどほどがありますよ⁉」
警察呼ぶぞと言っているような毬さんとなんだ小娘と言っているかのような女性。小娘と言っているような態度って。いや、たぶん、原因は私にあるのだろうけれども。
私以外の人には優しくしてあげてほしい。ただこの子はここにいただけだし。この場にいたのが私だけだったらよかったのに。まあ、でも、紀異さんはいてもいい。
「人殺しに人殺しって言って何が悪いの」
当事者でしかないのに、どこか上の空でいると、ひとこと。何か言ったらどうですかという言葉に答えるように、だと思う。凍てつくような声が聞こえた。
ため息交じりの声は彼女の怒りを爆発させるのには十分だった。
だが、それは不発に終わる。
「確かに」
納得してしまった者がいたからだ。そして。
「でも、こんなところで声高々に言っていいことじゃない」
にこりと妖艶に笑う。
「だから少し、お話をしましょう」
そして、ぱちんと彼女は手を叩いた。
***
「さて、これで気兼ねなくお話ができるね、雪の精霊」
音が消えた公園の中で少女の声が響く。
雪の精、それが私にやり場のない感情をぶつけてきた者。
「あーあ、ここに居たのが私と凛和ちゃんだけだったらよかったのに。なんで人間がいる目のまえでそれを言うかなー」
目の前にいるはずの月詠紀異という少女。それが今は違うものに見える。彼女の本質のである禍々しいものに。
「おかげで、この子たちの目の前で時間を止めなきゃいけなくなった」
かわいらしく、小悪魔のように口をとがらせてみせる悪魔。
でも、腹の底から見え隠れしているどす黒いものにその矛先である令嬢様は言葉を詰めらせる。
「どうしてくれる?」
「なんっ」
「なに?」
「なんで人間のはずのあなたが」
おや?
この魔族はそこまで位が高いものではないらしい。というのも、強ければ強いほど魔族に擬態は通用しない。
そしてそれがおかしくておかしくて楽しくて仕方がないというように少女は顔を歪ませる。
「私、人間じゃないよ」
「へ」
「今は擬態していて纏ってるオーラとか人間そのものだけれど」
すごくない? と彼女はニタリとする。
「私、魔族だよ」
「ど、どういう」
「ねえ、たぶん見るからにあんたあそこのお嬢さんでしょ? うーんと、えっと、そう! 白雪家! そのまんまかよって突っ込んだ覚えがある!」
紀異さんとしらゆき、という名前らしき魔族の纏っている空気が乖離しすぎている。
見ていていろいろなものが削られているような気がする。
でも、これ、何も言わないことが得策でしかない気がしてならない。
これは流石、年の功ということなのだろうか。
「なんで」
こんな中でも女性は足掻こうとする。
だけれど、それが彼女の最後の理性のある足掻きだった。
「だから私が魔族だっつてんだろ。いい加減頭働かせろよガキ」
こんな、見た目は自分よりも年齢が低そうな生き物に言われたら、誰だって物のたかが外れてしまう。
女性は拳を握りしめ、中を殴った。
「だって、だったらなんで魔族のあんたがこんな奴と一緒にいるのよ! これはあのヒーローの妹でしょ⁉」
「だから?」
「これがいたからあの子は、ボタンちゃんは死んだのよ?」
ああ、やっぱりこの女性はあの子の知り合いだったのか。
わかってはいたが、自分への不快な感情が押し寄せる。
「あの狐の子が死んだのは私たちが間に合わなかったから。そう、貴女あの子の知り合いだったんだ。それは……ごめんなさい」
その言葉を合図のように彼女は私に向かって手を伸ばしてきた。
だが、その手をはむなしく弧を描くだけで終わった。
紀異さんがそれを止めたのだ。
この声しかない空虚な公園は紀異さんによって作り出された。
だから、それから一部分を追い出すことなんて、彼女にとって造作もないこと。
水色の中に鈍い声が広がる。
「でも、死んだ者は戻ってこない」
金色の綺麗な目が赤く染まる。
「乗り越えて。雪の精のお嬢さん」
いくら足掻いても虚しく弧を描いていくだけの体躯。
「……そしてそれを凛和に当たるな」
これを生み出す結果をまねていてしまったのは、あの日。
でも、もうそれを戻すことはできないのだから、私は。
「さて、お話合いはこれにて終わり。凛和ちゃん、あとでカルタカフェにいこうね」
彼女が急に彼女の顔をしてきて私は困惑を隠しきれずに、少し曖昧な返しをしてしまう。
しかし、たぶん私が返事をしたということが彼女にとって重要なことだったのだろう。彼女は満足そうにうなずいた後。
再び手を叩いた。




