73.記憶
静まりかえった部屋。
その中で響くのは少女のすやすやとした寝息だ。
俺はその寝息の主を見る。俺の隣で大泣きして赤く腫らした目を今は幸せそうにつぶり、寝ている女の子。
こうも警戒心皆無で寝られてしまうと、一度殺したことのある俺はおいおいと突っ込みたくなるものなのだが、でもまあ、あの場所よりも、どこよりも、ここが今一番落ち着ける場所なのかもしれない。
「大変だなー、お前」
寝ている彼女にそう本心を伝える。もちろんこの子は寝ているからそんなの伝わらないのだけれども。
でも、今日はこの子にとってとても忘れられない日になっただろう。いや、この子にとって、忘れられる日なんてないけれど。でも、それだけ衝撃的な日になったわけだ。
自分の無自覚による可愛さのせいで知り合ったいい魔族がヒーローに殺された。
その魔族に操られていると思ったヒーローに本拠地に連れていかれた。
久しぶりに義理の父親にあった。
その義理の父親に実の親が自分のせいで殺されたと告げられた。
そして、その殺した魔族が実は自分の先祖の姉妹だと判明した。
なんだこれ。意味が分からないな。
まあ、こうなるとわかっていたから、あの鬼婆は俺をあそこに呼んだんだろうけど。
呼ぶのはキイでもいいのではないかと呼ばれた時点でそう意見したが、却下された理由が今ならわかる。
あの時、あいつがあの場にいたなら暴走しかねない。まだ、心が不安定だから。しかも、妙に凛和ちゃんのこと気に入り始めたんだよな。まあ、仲いいことはいいことだからいいんだけれども。
俺は軽くため息を吐く。
そろそろ本格的に夜になってしまう。ヒーロー側はたぶん、あの元治ってやつと凛和ちゃんが一緒にいるって思っているだろうからあまり詮索をしないだろうし、その義父も俺たちがあそこからいなくなってから鬼婆にいろいろ説明されただろうしそこは問題はないだろう。
説明された元治もヒーロー側が問い詰めてもたぶんできるやつだから何とか誤魔化せたりしているだろうからどこをどうとっても問題はない。
で、問題はこの子。夜にこの暖房も冷房も……あ、扇風機あるか。それらがない部屋で流石に寝かせたままでいてもいいものか。傷だらけで体の時間が戻っている状態であっても風邪くらいひく。なぜそう思えるかは先代の源がそうだったからだ。
「源……源かあ」
あの先代の源は妹に治癒能力をすべて取られた……というか、ほぼ不完全の状態で生まれてきたんだっけか。本人は否定していたが。
俺が生まれたときにはすでに奴は生きていたし、すべてはしらないが、なんていうか、一回死んだらこいつみたいにすぐ生き返って攻撃開始とはいかないやつだった。その代わり妹は治癒に関しては完全無欠だったらしい。らしいというのはそれは知り合いの魔族に聞いたからだ。
俺が生まれたときにはその妹はすでに魔族と化していた。ある悪魔にそそのかされて。
だから正しいことは何も知らない。
それと俺も昔はやんちゃだったから人間界とのつながりが浅かったのもあるんだよな。あの時点で源て人間離れしてたし。天界に落ちてから源守村には一回も行かなかったし。というか人間界にも暇つぶし程度にしか行かなかった。
だから、あの時、彼女の記憶を読むまで、源が死んでいることは知らなかった。
この子の異能を使っている間の記憶は俺を見ることができなかった。つまり、俺はこの子の異能を使っていない時の記憶をすべて見れたというわけだ。
もう、見れないけど。
覚えている限り、でいうと、最近、ここ5年の記憶が全くと言っていいほど見ることができなかった。ということはその間は何かしらの能力を使っていたということになる。そして、記憶が途切れた後、目にするのは傷だった。
傷がどのくらい治ったのかこの少女は確認している。その光景が毎回お決まりのように流れてきた。
そして、その傷はだんだんと少なくなって、小さくなっていった。慣れてしまったのだろうな、だから、受ける傷も少なくなって、小さくなって、何も危険な目に遭っていない少女を演じることができたのだろう。
初期に彼女がどうやってごまかして生きて行ったのかは見ることはできなかったが、あの光景を見るにうまくごまかしていたんだろう。頑張って、一人で嘘をついて、いろんなものを庇いながら。
一緒に頑張ろうと先ほどこの子が寝る前に言ったのはいいものの、ちゃんと理解してくれただろうか。もう、独りではないということを。まあ、心許せている人間の仲間というのは現時点ではたぶん優人という男子とその母だけになるのだろうけれど、魔族でもいいというのなら、このまえにカルタカフェにいた魔族はこの子の味方になるし、力になる。そして、これからも魔族なら紹介することができる。
人間界に来たという時点で業を背負う覚悟はできているのだから。
できていなかったのなら魔族にとって平和な魔界にいるに決まっている。
ヒーロー側も人間に危害を加えなければ魔界には来ないし。というか絶対に行かせないし。
たまに変な勘違いをしている魔族もいるけどそいつらはこの子の見方にはさせないし、たぶん俺らか源に天界に落とされるのがオチだ。絶対に。
だからこの子はもう独りになることはない。させることはない。
窓を開け、外を見ると月が出ていた。今日は満月か。爛々と輝くそれはとても美しい。
今日これを後で目にする彼女は皮肉だと顔には出さず、心の中で毒づくだろう。
「…………」
俺は立ち上がり、電気の紐を引き、灯りをつける。するとよほど神経質なのだろう。彼女がぱちりと目を覚ました。普通にすごいし、この行動だけで彼女がどんな状況で育ったのかわかってしまう。
「やほー! 凛和ちゃんおっはよー! ねー、見てみて! 外! すごくきれいな満月! まるで今日君が経験した出来事をあざ笑っているみたいだね!」
俺は狭い部屋を飛び跳ねるように電球がある中心から、窓がある場所まで移動する。下が畳だから少し滑りそうになった。
そして見せびらかすように外を彼女に強調する。
「……目覚め早々なんでそう最悪な気分にさせるの」
わあ。すっごい顔でにらまれた。般若かよ。
「まーいいからこっちに来て見てよ」
きれいなのは本当だから。
彼女はため息を吐きながら俺に言われたとおり、俺の近くに来て外を見てくれた。あ、これは信頼度結構上がっているかもしれない。
「…………」
彼女は空を見上げ、次に月を見た。爛々と輝いている星と月が彼女の目に反射する。
「どう? 結構これはムカつくでしょ」
座りながら外を見ている彼女に上から声をかけてみる。
「そうだね。でも、綺麗だよ」
涙で腫らした目を細めてから、彼女はまた、大きな瞳に月を映した。




