71.知りたかった知りたくなかった
「襲われていた? 魔族に?」
おじさんがなぜと私につかみかかってそうな勢いでそう尋ねてきたので私ははい、そうですよと笑顔で答えた。おじさんは少し怯んだ。
「どうやって?」
「どうやってとは?」
「いやだって、僕らは魔族の反応を感知した時点である程度の措置をしているはずなんだ。だから」
できるはずがない。起きるはずがないとおじさんが何かに説得するようにそう言った。たぶん、自分に言い聞かせているような感じなのだろう。
……まあ、そうだろう。そうなんだろう。でも、その起こるはずがないことが起こっていたのだ。何年も前から。
私はため息を吐きながらパーカーを脱ぐ。パーカーの下は半そでのワイシャツを着ていたので、その下に手首まで巻いてある白い布の姿が嫌でも見える。
「これは」
「見ればわかるでしょう? 包帯ですよ」
取りますね。そういって私はためらいもなくその白い布を外していく。その下に広範囲に貼ってあるガーゼを取るとたくさんの切り傷が主張してきた。でも最近はごくごく平和だったのでそれも少し薄れているが、痛そうと感じるには十分なものだ。
……片腕だけで十分だろう。巻き直すのが面倒だし。
「怪我は腕だけかい?」
たぶん、少しでも心に傷をつけたくないのだろう彼が私にそう尋ねた。
「よければ背中の斬殺された時の傷もお見せいたしましょうか?」
お望みならばいくらでも見せてあげますよと笑う。
片腕じゃ足りなかったか。私がもう一本の腕に巻いてある包帯を取ろうとする。利き手じゃない方は取りにくいんだけどな。
そう思いながら包帯を取ろうとすると大丈夫! 大丈夫! わかったからと元治おじさんに止められた。
切羽詰まったように勢いよく傷口にさわりそうな勢いで止めてきたので少しだけ後退りしてから、私はわかりましたと了承して腕にガーゼと包帯を巻き直した。
「でもその背中の傷はどういう魔族にやられたのか聞いていいかい?」
「……いいですけど、驚かないでくださいね」
まあ、この一件は驚かないというのは無理だと思う。だから大きな声を出さないでいてくれたらそれでいい。
足元に置いておいたパーカーを羽織り終わった私は少しだけばれないように深呼吸をする。
これは口にするだけで結構辛いから。
「? ああ。わかった」
おじさんは首を傾げながら了承してくれる。やっぱりいい人だな。
「私の親を殺した奴ですよ」
私はその一文を何でもないように言おうとした。無理だったけれど。顔が歪んで、声が低くなった。
ああ、あの時の光景が全部よみがえってくる。本当にやめてほしい。
だが、顔が歪んだのは私だけではなかった。
目の前にいた元治おじさんもいつもの優しそうな顔がひどく崩れていた。
「なっ」
「だから驚かないでくださいよ」
「思い、出したのか」
「もともと、忘れてなんかいません」
嘘、ついていました。
はははと私は笑う。いやー、バレちゃったな。
「嘘つきって、そういう」
問い詰めないのか。あの人みたいに。いや、あの時は状況が状況だったから。いや、でもどうだろう。この人はあの状況でも問い詰めないような気がする。
「まあ、それだけじゃないんだけどね。……それでね、その人のことを知りたくて源守村に行ったんだ」
ある悪魔にそそのかされて。
「そこで異界者殺しになったのかい」
流石にそこまで言ったら白を切ることはないのか。
そうだよと私は答える。私ももうここで嘘を吐く必要はない。
「殺した奴は魔族だったんだな。……そのあいつらを殺した奴の外見ってわかるかい?」
「わかるよ。異様にピンクの長い髪が似合う綺麗な女の人」
そう私が言った瞬間、元治おじさんが目を見開き、怒り? だろうか。そんな感情を急にあらわにさせた。
「……どうしたの?」
そんな質問には目もくれず、つかつかとある人の前に向かって歩いていく。そして、ある人物の目の前に彼は立った。
こんなに迫力を感じる彼を見たのはいつぶりだろうか。いや、これは初めてかもしれない。
「…………ハギナ」
「なんだ」
だが、そんな彼に目の前に立たれた御仁、もといハギナさんは顔色一つ変えず彼を見つめている。
一人は今にも襟をつかんできそうな勢いなのに。
「凛和ちゃんを嵌めたな?」
「嵌めてなんかいないさ」
嵌めた。
どういうことだ。いや、聞けばわかる。わかるけどなんか、これ、聞いたらいけない気がする。なんで?
「なら、なぜ、彼女はあの人の名前を知らない」
元治おじさんが声を荒げる。
「え? なに? 何?」
聞きたくない。
あの人。あの人って言った。確実に、知っている。
元治おじさんが溜息を吐いた。あ、目が合った。
「凛和ちゃん。落ち着いて聞いて」
心臓の音がやけにうるさい。
まって、落ち着けない。落ち着けるわけがない。彼がハギナさんの前にいる。つまり、私のほぼ目の前にいるんだ。そんな、そんな距離で言われたくない。いや、どんな距離だっていやだが。
「俺はその人のことを知っている」
ああ、やっぱりそうだ。
「そして、ハギナもその人のことを知っている」
口角が無意味に上がっていく。
待って。言わないで。
だが、彼の声をふさぐ音は出ない。ああ、なんでこんな時に限って、部屋はこんなに静かなんだろう。
「要と斗執。……君のお父さんとお母さんを殺したのは先代異界者殺しの双子の妹、嵩梛葵だよ。そして、彼女の狙いは君だ。凛和ちゃん」
そんな言葉、聞きたくなかった。




