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49.カルタカフェ

「あ、あと話は戻るけど、あの無条件でお金が貰えるっての凛和ちゃんも当てはまっているから」


 シリアスパートと思える話から、思いもよらないいきなりの吸血鬼の発言に私の世界は一瞬動きを止めた。


「なん……だと!?」


「いやだって、これから俺たち守ってもらうんだし、無償でって訳にもなんかねって思うから」


「え、え、え」


 本当にそういう気づかいは嬉しいけど、罪悪感というか、申し訳なさがすごい私の中で感じられる。こういった思いが宿ることになんでかは心当たりがあるのだが、少しその子を認めたくない私はその思いを無視する。

 けれど、少しだけそういった顔を作るのが遅れてしまったようで、キイさんが私の顔を少しだけ内心を探るようにしながら見てきていた。


「凛和ちゃん、大丈夫だよそんなに心配しなくても。基本魔族の人たちって優しいし人間と変わらないから。あれだよ、要するにキリト様が言いたかったのは、魔族も人間みたく優しい人が多いけれど中には関わったらいけないような危ない人もいるってことだけだから。そして、ここの飲み物やらべ物は無料で食べたり飲んだりできるってだけだから」


 そうでしょ? とキイさんはニマニマと笑いながら、長話をした男に同意を求めた。それに吸血鬼が首を縦に一度だけ振った。

 そして、その後に彼はカウンターに突っ伏した。


「あー。やっと終わった。めんどくさかった。だるかった。誰だよこんなめんどいこと言いだしたの」


「お前だろ」


 思わず私は奴に向けて一言だけ言葉を投げる。その後にマスターがはははと笑いながらキリトに水が入ったコップを差しだしだす。どうやら本当にこれで話は終わりらしい。うーん、なんか普通に理解ができてしまいそうな範疇の話だった。もっと小難しい話をされるかと思ったらそれほどでもなかった。つまらないと言ったら変かもしれないが、少し期待外れだったかもしれない。


「お疲れさま。キリトくんも見ないうちに結構変わったね。なかなかここに来てくれないから少し恋しかったよ」


「そうですかね? マスターさんに最後に会ったのは二年ぐらい前だから、俺の外見とかそんなに成長してないと思うのですけど」


 吸血鬼は突っ伏しながらカウンターに設置されている椅子を足で探り当て、座りながらそんな言葉にけだるそうに言葉を返した。


「外見の話じゃなくて、中身の話だよ。結構丸くなったね」


「そうですか?」


「うん、とげとげしていたのが結構なくなっている。何かいいことでもあったのかな?」


「あ、マスター分かります? あのですね、俺この子の彼……グフォァ! 凛和ちゃん暴力反対!」


 この吸血鬼は何度言ったら気が済むのだろうか。とりあえず私は吸血鬼の脇腹を殴った腕を自分の膝あたりに戻した。


「だってキリトが変なこと言いだしたから少しびっくりしちゃて。……次言ったらその喉を掻き切るからな」


「キリト様、さすがに凛和ちゃんに対して愛着沸きすぎです。少しキモイですよ。あと凛和ちゃんよかったらこっちに来たら? 私の隣の席空いてるし、立ちっぱなしもなんだから。それにマスターの作ったものって何でもおいしんだよ。すごいんだよ。もうお菓子とか絶品で!」


 その言葉に私の耳は動いた。その瞬間、無意識に目が光ってしまう。お菓子……絶品……。やばい。なんか気を張っていてさっきまで不覚にも気づかなかったけれど、カフェの中はとても甘くていい匂いが充満していた。

 ああ、これはやばい。絶対常連になりそな気がする。

 そして気づけば私はキイさんの隣の椅子に腰かけていた。そして小さくなりながらもマスターに向かってこう言った。


「あの……これからよろしくお願いします。その……とりあえずここのお店のオススメを食べさせてはいただけないでしょうか?」


 マスターはにこりと笑って私の願いを了承してくれた。





 このカルタカフェという場所は案外というか意外というか、よくわからないけれど私にとって居心地が良かったようで、気づけば空は茜色から黒に変わりつつあった。

 ので、私は大慌てで家に帰ることを選択した。

 私はカフェを出る時にどさくさに紛れて椿さんにこれからマスターと呼んでもいいかと聞いた。彼はなんでみんなそう呼びたがるのかなと苦笑をしながらも快く了承してくれた。もうここでマスターすっごいいい人認定が私の中でされた。マジで優しい。すごいいい人。

 そうして私は頭をぺこぺこさせながらその場所をあとにした。





 そして今は吸血鬼に帰り道を教えてもらっている。

 本当は一人で家に帰りたかったが、普通に家の帰り方が分からなかったからしょうがなく一緒に帰っている。本当に一緒にいたくない。寧ろキイさんと一緒に帰りたかった。けれど、彼はヒーロー側に会った時何されるかわからないということで私を彼女が送ることを許してくれなかった。

 そして後から聞いたことなのだが、魔族が住んでいる家や店は基本的に結界のようなものが張られているため、魔族の格好をしていようが、何をしていようがヒーローに見つかることはないらしい。だから、本当にあの店は安全地帯らしかった。

 その代わり、悪さができないよう天界との距離も近いようでいつでも天界からお迎えができるような仕組みになっているらしかった。


 私と吸血鬼は店を出てからそんなに話していない。というよりも、無言でいると言ったほうがいいのだろうか。とりあえず何も会話せずにただ歩いているだけだった。

 ちょっとだけなんか落ち着かない。いや、さっきまでずっと喋りっぱなしだった奴が急に黙ると不安になるあれだ。別にこいつと喋りたいわけではない。

 そう私がのうないでぐるぐるとそんなことを思っていると、何かを察したかのようにキリトは店を出て十分ほどした後に私に話しかけてきた。


「どうだった。あの場所は」


「……思ったよりも居心地のいい場所だった」


 急に話しかけてきたので、私は一瞬だけ反応に遅れた。

 アップライトを照らした車が私たちの横を通り過ぎていく。私たちが通っているのはちょっと狭く、人通りのあまりない道だ。だから車の音が良く響く。

 そんな音に少しだけかき消されながらも、彼は胸を撫で下ろしよかったと呟いた。


「あそこは性格のいい魔族しか来ないから、よかったら安心したいときとかに行くといいよ」


「うん。でも、変な魔族とか本当に来ないの?」


「大丈夫だよ。あそこはマスターがいるからね。俺も昔はよくあそこから天界に送り出されていたから」


 私は何かを察する。うん、送る側だとわかっていてもあそこにいる時は節度を守った行動をしようと心に誓った。いや、あの方が餓者髑髏だということだから、もう怒らせたら何をされるかわからないからそうするのであって、別に天界に送られるのがあれだとかそういうことではない。と言うか、どうせ天界には近いうちに行くのだろうからびくついてはいられない。


 そして、こんなことを考えているうちに私はあることについてふと疑問をもった。


「ねえ、そういえばその格好はキリトの魔族としての格好なんだよね?」


「まあ、一応はそうだね」


「お兄ちゃんとか来ない? 大丈夫?」


「凛和ちゃん、その事をあと数分前に気づいてくれればよかったのに。ごめん、あの自称ヒーロー達こっちに来る予感がする。もうここはわかるよね?」


 やはりか。というか、これはうっかりしての行動なのか、それとも望んでやった行動なのか、どちらだろう。


「うん。私が学校に行くときに通る道だよ」


「俺に巻き込まれたくなかったら全速力で走って逃げて」


 そういった彼はとてもこれからの行いを楽しそうにしているのがよくわかるものだった。うん、いくら想像してもいいことがひとつも思い浮かばない。どうやらこれから起こるのは私にとって良くないことらしい。


「……わかった。今日はありがとう。そして言いたくないけど、これからもよろしく」


 私はため息混じりにそう言い、髪をわしゃわしゃと掻きながら、彼を背にする。


「うん、よろしく。じゃあまたね」


 そして私は返事をわざとせずに走り出した。

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