46.もっと反応してやれ
「あ、というかやっぱり源になったんだ凛和ちゃん」
「あ」
しまった。この吸血鬼の変な戯言のおかげでいらないことをカミングアウトしてしまった。私はだんだん笑顔だった顔を自分でもどう表現していいのかよくわからない顔に変えていく。
そして、少し恥ずかしくなってしまった私は隣にいる吸血鬼を見た。するとどうだろうか、吸血鬼はとても楽しそうにニマニマと笑っていた。
私は無言で武器を取り出し、彼の首元へそのまま弧を描くように差し向けた。もちろん私が取り出した武器というものは銀でできたナイフだ。人間にももちろん効いてしまうけれど、吸血鬼にも効果は見える武器。
「あ、ごめんごめんちょっとからかっただけだから、過剰反応しないで。お願い。普通のナイフだったらいくらでも受けてあげるけど、日光で体やられているところにそれはちょっと痛い」
慌てて私の攻撃を回避しようと吸血鬼が私をなだめてくる。この必死さを見るとやばいのは本当らしい。なんだか吸血鬼の言いなりになるようで嫌だけれど、私は目の前にいる宵さんに免じて、仕方なくナイフを消した。
「次はないからな」
吸血鬼にそんな言葉を吐き捨てた後に宵さんのほうに向き直り、そのままの顔で「はい」と一言だけ返事をした。
言い訳をしようと思えばいくらでもでるのだけれど、この人に言い訳をしたってなぜか無駄なことだと思えてそれをしなかった。でもそれが最善の選択だったらしく、彼女は優しく「そう」と言ってきただけだった。
そして訪れる沈黙。
「え、終了?」
その沈黙に耐え切れなかったか、驚いた吸血鬼は私たちに今の状況を聞いてきた。
「うん、終了だね」
「終了したよ」
私と宵さんは迷いなくそう言い、互いに顔を見つめて笑った。いやまあ、こういうあっさりしたものだと思っていたけれど、あっさりしていても思ったよりもつらくない者だった。寧ろ心地がいいみたいなものがあった。
宵さんは本当に昔から変わっていない。重要なことは何も言わずに受け入れてくれる。みんなそうだ。なぜか、受け入れてくれる。でもまあ、そちら側の重要なことは教えてくれないのだけれど。例を挙げるなら源のこととか。
「まじか」
「あ、そうだ」
落胆したキリトに宵さんが私を少し縦にするように睨む。
「ん? なに?」
それに少し気に障ったのか、彼は睨み返す形で目を細めてきた。言葉だけだとお茶らけているように聞こえるのだが、顔も合わせてみると威圧感が半端ない。でもなぜか私を縦にしているところがある。お前は一人でも行けるだろうに。うーん、なんで私をはさむ必要があるのだろうか。まあ、宵さんの気持ちは少しわかるような気もするのだが。
そんな宵さんは吸血鬼の気迫に押されながらも、少し強がった風にこんなことを彼に向かって言った。
「凛和ちゃんに何かしたら許さないから。たとえ吸血鬼でも、絶対に」
その言葉に、不意打ちだったのかキリトは目を見開いた。そして、だんだん肩を小刻みに震わせ始め、次第に腹を抱えて笑い出した。……何がおかしいのだろうか。
隣にいる宵さんも訳が分からないといった風にきょとんとしている。まるで訳が分からない。
そして、その笑いが収まったかと思うと、彼はいつもの調子で、ほくそ笑んできた。
「吸血鬼にそれを頼んじゃダメでしょう。まあちょっとわからなくもないけど。言っとくけど俺一回凛和ちゃんを殺してるからね?」
「!?」
その言葉に反応して、宵さんはバッという擬音が合うぐらいの勢いで私を抱きしめてくる。心なしか少し力んでいるように感じた。
それは私を守るため、なのだろう。とてもうれしい、嬉しいことなのだが……
でも、そんなことされても吸血鬼のお気楽さは崩れなかった。
「ほらやっぱりそういう行動を取る。わかってたよ。でも宵さん? だっけ? 俺は凛和ちゃんを守るから、どんなになっても守るからその辺は安心していい。俺は吸血鬼の中でも結構高位の存在でね、ちょっとやそっとじゃあ死なない。だからいくらでもこの子の盾になれる。だからお前の期待にはちょっと沿えないかもしれないけど、それでも俺は凛和ちゃんを絶対に変なことにはさせない。俺以外の魔族に好き勝手させないから、期待していいよ」
私の顔の上にある宵さんの顔を覗くと、とても警戒心の強い顔つきをしていた。顔をどこか少し引きつらせて、眉間にしわを寄せて、歯を食いしばっている。
これだけで、私に対する彼女の思いが分かる。だから、これは私が最後に言わなくてはいけないと思った。
「宵さん」
私の声に彼女はとても不安そうな顔つきに変化しながら、私の顔を見てきた。私は演技なしの顔で、今の気持ちのままの顔で言った。
「確かに、私はこいつに一度殺されました。それは今でも忘れられない出来事ですし、これからも忘れないというか、寧ろ忘れてやれない出来事です。でもね、こいつ、それからは私を助けてくれたんですよ。ずっと。間に合う時はまあ、無かったんだけどさ、それでも、助けに来てくれたんです。だから、こいつのこと信頼してもいいと思います。信用してもいいと思うんです。ですから、宵さん――私は大丈夫だよ」
――安心してほしい。
それが私の今の気持ちだった。難しいかもしれないけれど、宵さんに安心してこれからのことを見守っていてほしかった。
だから私は好きでもないこの吸血鬼のことを、それでもちょっとだけ信用しているこの吸血鬼のことを認めてほしかった。
そして、私の気持ちが分かったのか、彼女は私に少しため息交じりだったが、微笑んでくれた。
「……わかったよ。少し胸糞悪い気もするが、その吸血鬼のことを信じるとしよう。ただし凛和ちゃん?」
「なんですか?」
「困ったことがあったら、いつでも頼りにしていいんだからね」
ちょっと照れながら発せられたその言葉は、ちょっとだけ不安な私の背中を押してくれた。そのちょっとでも、私から見える景色は随分と違って見えた。
血筋で分かってくれる人がいるというのは本当に嬉しいことで、勇気づけられることを私はこの時初めて知った。
「うん、ありがとう」
**
そのあと、宵さんと共についでだからと案内所にいるという祖父母にも会いに行くことになった。キリトにとってはどうでもいいことなので、嫌がるかと思ったが、そうでもなく、とても見てて面白いほどに乗り気だった。
そして着いた案内所。
そしてキリトの第一声。
「初めまして。俺、凛和さんの彼……グブァ!!」
「……さっきなんて言ったっけ?」
「あ、凛和さんごめんなさい……冗談です。まじで、本当に割と本気だけど、冗談……です、から」
いま、割と本気って言葉が聞こえた気がする。気のせいだろうか?
私は何も言わずにキリトを睨む。
「…………」
「ごめんって、本当に」
私はチッと小さく舌打ちをしてから、まあいいと言って今のことを無かったことにした。
そして、案内所の中にいたのはとても見知った顔ばかりだった。と言ってもいたのはほんの数人で、私の祖父母となぜか瑞茄さんと、智成さんだった。
「おやまあ、懐かしい子が来たもんだね」
そんな少し皺の増えた優しい顔をして、私の祖母は迎えてくれた。しかし、そんな祖母とは正反対に祖父は何も言わずに、言わないどころか顔をそっぽ向けてとても嫌そうな顔をしていた。
ああ、うん、なんか年賀状は来るけれどこの人たちが一度も来なかった理由がちょっとわかった気がする。
「お久しぶり、おばあちゃん!」
そんな言葉を私が言うと祖母は嬉しそうにかわいい子に育ってくれたねえと言ってくれた。恥ずかしげもなくこういうことをいってくれるのはお年寄りのいいところだ。まあ、おかげでそういうことを言われなれていない私は少し顔を赤らめる羽目になるのだが。
「それで、そこの真っ黒い男性は本当は誰なんだい?」
急に話題転換というばかりに話がすり替わった。ちょっと声のトーンが低かったからか、まあ、多分さっき出だしであんなことを言いやがったからだと思うのだけれど、少し後ずさってしまうぐらいの威圧がその声から感じられ、私は一瞬固まってしまった。
**
「あはは、なんだいそういうことだったのかい」
何故か無駄に疲れている私は祖母にそうだよ……と今にも消えそうな声で言った。
私は祖母の言葉の後にちゃんと説明をしようとした。しようとしたのだが、勝手に吸血鬼が変なありもしないことを適当にしゃべってくれたのだ。それになぜか宵さんも参加して大変だった。だから私が二人の暴走を止めながら、一から説明を適当に段飛ばしにしつつ説明した。もう、なんでこんな些細なことに全体力を持ってかれなくてはいけないのか。疑問でしょうがない。まあ、二人が結構ないらない粘りを見せれくれたおかげなのだが。
「それなら、おばあちゃんは何も言わずに凛和ちゃんを見送らなきゃねえ。というか、あの義理の家族のことなんだからどうせ凛和ちゃん、ここに来るってこと伝えてないんでしょう?」
全てを納得してくれた祖母は嬉しそうに、そしてなんだか悲しそうに私にそう言ってきた。
この場に今いる全員は私の義理の家族のことを知っている。そして、祖母は義理の家族のことはぶっちゃけて言うとよく思ってはいないらしい。あ、でもお義父さんのことだけは信用してるとかなんだか昔言ってたっけな。そんなこともあって、たぶん彼女はそう私に言ったのだろう。
「……はい。言ってません」
「なら、あまりここに長居してはいけないねえ。怒られちまう。ちょっと名残惜しいけど、もうすぐバスも来る時間だし、帰りなさいな」
祖母はとても悲し気な笑顔だった。ほんの数十分だけ、数年ぶりに会えた祖母。名残惜しさが半端ない。合うのが久々すぎて他人のような存在に私の中でなっているかと思ったが、案外そうでもないらしく、とんでもないほどの寂しさがこみあげてくる。
私はやっぱり子供なのかな。おばちゃんやおじいちゃんとかにたまにしか会えなくて、はしゃぐ子供。
そんな私の心境が読めたのか、はたまた顔に大きく書いてあったのかよくわからないけれど、それまでずっと顔を私に向けてくれなかった祖父が急に私のほうに顔を向けてきた。
「……来たかったら、いつでもきていいぞ」
そして、またそっぽを向く。何だったんだ。
その反応に、どこかツボに入ったことがあったのか、宵さんがブッと笑いに対きれず噴き出した。あ、というか、宵さんだけではなかった。瑞茄さんと智成さんもそうなってた。
そして幸か不幸か瑞茄さんだけに祖父の怒りの矛先が向いたらしく、無言で睨まれている。祖父は少しというか結構いかつい顔立ちをしているのでその威力は半端ない。なので瑞茄さんは数秒で倒れた。ご愁傷さまです。
「おじいちゃん!」
私はできるだけ元気に祖父を呼び、彼が少しだけ目を向けた瞬間に、ちょっとだけ声のボリュームを落とし、言った。
「ありがとう」
**
思ったよりもそれからはあっさりしていた。ちょっとしたお土産ということで現金だけ持たされ、私は家に帰された。
しかし、今向かっているところは家ではない。そして、先ほどからバスにも何も乗っていない。徒歩だ。別にバスに乗り忘れたわけではない。電車の時刻があれだったわけではない。
使う必要がなかったのだ。
「……ループで帰れるならばさっさと行ってほしかった」
「だってなんか感動の別れぽかったし、邪魔するのもあれだしなってなったから」
「……ずっと戸惑ってたわ。ずっと頭フル回転だったよ」
「その割には楽しそうだったけど」
「あっそ」
そんな会話を細々と続けながら、私たちはキリトの能力で無事一瞬のうちに、日が出ている内に私の家がる街に帰れた。あっけなかった。一瞬だった。自分の先ほど言っていた言葉を考えて赤面してしまうほどあっけなかった。マジで辛い。
そして私たちは、私の家に向かうのではなく、ある一つのカフェに向かっている。キリトから聞かされるに、それはちょっとしたレトロな店で、少しだけ見つけづらい場所に存在しているらしい。
なぜ、そのカフェに私たちが行こうとしているのか。それは行けば分かるといったっきり、キリトは教えてくれなかった。……なんなんだろう。
そしてひたすら歩くことそれから約二十分。
そこは入り乱れた路地裏で、ちょっと夜中に入ったら怖いかなと思えるような場所に存在した。
「ここだよ」
キリトは先ほどまで黒いコートのポケットにしまい込んでいた手を出して、植物のつたに囲まれた赤茶色の建物に指をさした。
醸し出されるレトロ臭。
植物に邪魔されて少し見えづらくなっているが、看板のようなものには『カルタカフェ』と書かれている。
カルタ……カルタ?
「キリト……? まさか……」
「凛和ちゃん? 察しのいい子は俺は嫌いじゃないけれど、読むときは時と場合を考えてね。じゃあ、開くよ」
引く式のドアをガチャリとキリトが開ける。そこにはアンティーク調のとても居心地のよさそうな店内が広がっていた。
「あれ、キリト君が来るだなんて珍しい。って、あれ? なんで人間?」
そういってきたのはマスターとなんか言いたげな雰囲気の顎鬚の蓄えた男性。
「あ。キリト様遅いですよ。一体どれだけ待たせるの……凛和ちゃん!?」
あ、キイちゃんだ。
「あらら、また珍しいお客さんがいらっしゃいましたねー」
そして、銀髪碧眼のかわいらしい女性。
「よう、来たぞー」
そして、店内にいた計三名の声をもろともせずにキリトは店内に入っていった。




