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43.実践したほうが早いから

 とんでもない私は、自分の今の気持ちを誤魔化すように、新しい話題を作ることにした。

「そういえば、気になっていたのですけれど」

「ん? なに、凛」

 この言葉に反応したセツさんが私に顔を向け、こてんと首をかしげてきた。それと同時に首や髪につけられた鈴がリンと鳴る。かわいい。そんな彼女とは打って変わって、吸血鬼の表情は今だに晴れず、闇に覆われていた。そんなに嫌だったのか。

 まあ、こんなこと気にしていたら時間がいくらあっても足りないか。私は、吸血鬼を無視し、新しい話題を始めることにした。


「私が、源にならないと言ったら、どうしようとしていたのですか?」


 先ほど、私は源になるといった時、彼女は泣いた。その理由は掟も使命も知らない私が一発オッケーしてくれたからというものだった。だけれど、ふつうそれぐらいで泣くか? と私は思ってしまうのだ。この人はとても位が高く、とても私が想像できないぐらいの時を経験してきたであろう人物だ。そしてたぶん、ゲスだ。

 そんな人があのぐらいの理由で泣くだろうか。私が彼女の立場ならば、多分それぐらいの理由では泣かないような気がする。

 ならば、もっと違う理由があって彼女は泣いたのだろうというのが私の考えだ。

 だから聞いた。彼女は私が断ったら、どうしようとしたのかを。


 彼女は、ニヤリと笑ってから、楽しそうに私の質問に応答してくれた。

 だが、その言葉はあまりにも私の想像を超えている物だった。


「別に、どうもしようとしてないよ。しいて言うのならば、君はこれを断れば、君の寿命はあと十九年だよと言って、異界者殺しの素質を奪っていたところかな」

「寿命が十九年……?」

 思わずおうむ返しに言葉が口から出てしまった。

 そんな私の反応に予想の範囲内という風に、セツさんはにこりと笑って、話を細かくしてきた。


「あはは、まあ、そうなるよね。うん。でも大丈夫、君は源、つまり異界者殺しになってくれたからあんまり関係ないよ。君の前に異界者殺しになった人物は三百年ぐらい生きたから、やろうと思えばとっても長ーく生きられる。一番早くても、四十年は生きてるからそんなに気にしなくて大丈夫だと思うよー」


「いや、ごめんなさい。めっちゃ気にします」

「あれ? そう?」

 私はきょとんとした顔を前に今までこんなに勢い良く振ったことはないのではないだろうか、とか思うほどの勢いで頭を縦に振った。だって、だって、寿命なんてあってたまるかと思うじゃないですか。なんでそんなに二百六十年もの差があるか気になるじゃないですか。私はこの人たちと多分、体の構造は同じだから、とてもとても気になってしょうがなかった。


「はい、気します」

「うーん、そっか。でも、三百年生きてくれた君の前の子は状況が状況だったからな、しょうがないというかなんというか。まあ、最後はボクが殺したんだけれど」

「え? 殺し……」

「源、つまり異界者殺しというものはね、普通の人間とは体の構造が違うんだよ。どこが違うのかっていうとね、えっと実践してみたほうが早いか」


「え?」


 実践? 私の問いを無視したセツさんは何でもないかのように、そんなことを言ってきていた。

 私は彼女のプラネタリウムのようにキラキラと輝く瞳を見つめてみる。だめだ。なんの真意も見えてこない。ただの善意だこれは。狂気じみた、でも彼女にしては何でもない、善意。


 いつの間にか、彼女の手には刃渡り三十センチ位の短刀が存在していた。たぶん、これは私と同じような能力だ、想像したものが現れる能力、取り出せる能力。

 背筋に一筋の汗が伝っていくのが分かる。

 怖い。

 しかし、彼女の隣にいるハギナさんはまた彼女のお遊びが始まったといった風で、まるで気にも留めていない。

 なんだ、この光景は。


「ここに短刀がある」


 そう言って、手に握られている短刀を私に見せびらかしてきた。

 そんなことはわかっているのだ、分かっているから何も言えない。これから何が起ころうとしていることも、容易に想像できるほど、分かってしまっているんだから。


「じゃあ、これを首に斬りつけてみるね」


 それから彼女は何のためらいもなく、躊躇もなく自分の首を斬りつけた。というか、切り落とした。

 ゴトッという音と共に、音もなく地面に大量に鮮血が切り口から溢れ出る。彼女の綺麗な白い着物があっという間に赤黒く染まっていく。

 衝撃的過ぎて、声が何も出なかった。私は目を見開き、青ざめることしかできなかった。それ以外は、何もできなかった、呼吸も、声を出すことも、足をすくめることも。なにも、できなかった。

 が、そんな衝撃映像もつかの間、赤い鮮血はそのままに、彼女の首はいつの間にかくっついていた。彼女の顔は笑っていた。目を糸のように、まるで無邪気に遊んでいる子供のような顔だった。


「はい、一瞬のうちに傷が戻って何もなった。もちろん傷跡なんてものもないよ」


 セツさんは自分の髪をかき上げ、その証拠というばかりに自分の首を私に見せつけてきた。確かに何もない。とても白いしかし今はとても赤い首筋が拝められるだけだった。

 私がそれを確認できたと思うや否や、彼女は髪から腰に手を下げて、どこか自慢げに細かい説明を始めてくれた。


「はい、これが僕の場合だよ。源の場合は個人差はあるけれど、ボクのスローバージョンなんだ。怪我をするたびに体が少しずつ傷のなかったころに戻ろうとする。するとどうだろうか。異界者殺しの体は成長しない。止まるどころか、元に戻ろうとする。だから、君は成長していないんだ。これを利用して君の前の第の異界者殺しは3百年生きたんだ。そして、逆の短いほうはこれをできるだけ利用しなかった。だから早く死んだんだ。

 ああ、凛の今の体の年齢をそういえば言っていなかったね、君の体はいま十一歳だよ。そう、異界者殺しというものは寿命が三十歳なんだ。これはみんな一緒。だから結構小皺の増えたおばさんになるより先に死んでいく。だから中身がいくつだろうと体の年齢は三十までなんだから、若いまま終わる。ちょっとした不老不死ってやつだよ。

 で、さっきのように死ねば個人差はあるけれど、一瞬にして結構なところまで戻るんだ。凜の場合は、健康に支障が出ないぐらいは治るようだね。ちょっとめんどくさいけれど慣れれば平気だと思うよ。いや、もう慣れているのかもね。だから、なーんも問題ない。

 それにしても、合法ロリって異界者殺しの為にあるような言葉だよね。年齢は十六なのに、体の年齢は十一だなんて。楽しすぎる」

「いや、楽しくはないですね。というか、なんかいろいろ聞かなきゃよかった……心の内に秘めてればよかった……」


 彼女の話を聞き終わった後、私は後悔の海に溺れていた。なんでこんなことを聞いてしまったのかと、なぜ話題変換でこの話題を選んでしまったのかという考えが頭の中でぐるぐると回っている。聞いてしまったものはもう忘れることもできないし、帰ることができないとは知ってはいるが、そう思もうにいられないのだ。

 というわけで、やってしまった感が半端なく私に襲い掛かってきていた。

 思いのほかショックすぎて、頭を抱える気すら起きない。


「ほらー、凛そんなに怖い顔? あ、暗い顔か。をしなーい。で、ね、あのさ、これ聞いて源やめるとか言わないよね?」

「寧ろやらないといけないような気がしましたよ。まあ、聞いて後悔はしましたが、そんなに早くは……人生終わらせたくありませんからね」

「そう、よかった。じゃあハギナあとはよろしく」

 そしてさっきまで笑顔だった彼女は急に瓦礫の上に座り、こてんと体を横にしたと思ったら、瓦礫の上で寝始めた。え、え、え? 寝た? マジで? 鮮血そのまんまだぜ、この人……。

「あー、そのままで寝るなマセツ。ってもう夢の中だし……。こいつは……勝手に無くしとくか」

 そうして、マセツさんが笑顔で流した鮮血はハギナさんによって片付けられた。

 私はあっけにとられてまたもや何も言えなかった。

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