1535年12月 松本サイド
「松本さん、ちょっといいっスか?」
と尋ねてくる忍者キヨヒコはやや不機嫌な表情をしていた。
「どうしたんだいキヨヒコ君。何だか納得いってないって顔だね」
いつもの飄々とした態度で、上司の松本がそう尋ねる。
彼は服装は時代に沿った格好なのに、髪型だけ現代風の時代転移者であった。
「ひょっとして、お給金が足りないかい?」
「いえ、そこは結構な額貰ってるので不満はないっス。
……ただ、もうすぐ松本さんの名前の事件が始まるんスよね?」
「ああ松本問答だね。それが何か?」
「で、それ終わったら確か京を出るって覚恕さんと約束したんスよね?」
「うん、そうだけど。納得してないのはそこかい?」
「そっスよ。そこまで頑なに時代改変を阻止してきた松本さんが、何で法華の乱が終わったらあっさり手放すんスか?」
「あー、理由は色々あるけど。
とりあえず面倒になったのと、そこまで生き延びられたらいいかなって」
「あの松本さん……その理由だけ聞いたら、すごい無責任で嫌な奴に聞こえるっスよ?」
キヨヒコは苦笑する。
「んー、まあ色々説明はしょったからねえ。
とは言え、丸々投げ出す訳ではない。
これから僕らは尾張に行くんだ」
「そこが良く分からないんスよねえ。
何故京に留まらなかったんスか?」
「僕の時代には有名な武将で、織田信長というのがいてねえ」
キヨヒコの問いに、松本が答える。
「多分戦国時代最強の武将なんだけど、史実通りなら天下人、日本のトップを目指すも志半ばで命を落とす」
「確か、本願寺の変だったっスか?」
「本能寺ね。本願寺はもう京の都にないでしょ焼失して」
「どっちでも似たようなモンっス。で、その信長さんが何か?」
「いや何、信長が天下人を目ざさなければ死ぬこともないだろう?そのルートも見てみたくてね。
代わりに僕が尾張に行って他の織田家に信長の知恵を授ける」
「めっちゃ個人的な理由じゃないっスか!」
「あはは」
呆れ顔のキヨヒコに、笑い声をあげる松本。
「でも、本当なら関ヶ原の後に江戸に幕府が出来るんじゃなかったっスか?
今のままだと足利がトップの、長期政権の幕府になりそうっスけど」
「そこはちゃんと考えてるさ。鍵になるのは関ヶ原と、古い時代の政治体制」
とキヨヒコの問いに涼しい顔で答える松本。
「少なくとも僕の中ではちゃんと辻褄が合ってるんだ。心配しないでついてきたまえ」
「まあ、そこまで言うなら面白そうだし、もう少し付き合うっスかねえ」
そう言ってキヨヒコは、忍び装束の頭巾の上から頭を掻いたのだった。




