四十四、決着
「まずは興福寺へ出向かれる件、感謝する」
本願寺実質トップ、蓮淳が同じ浄土真宗の仏光寺住職の経光に礼を述べる。
同じ浄土真宗と言っても蓮淳は本願寺派で経光は仏光寺派、しかも本願寺は仏光寺派の信者を奪い取った前科がある因縁の相手だ。
それでも蓮淳がお礼を述べるのは。
「なんのなんの。過去に袂を分つ事になれど元々は同門、力になれる事があれば手を貸すまででございます」
そう経文が述べる通り、蓮淳にしてみれば浄土真宗の一向衆を焚き付けたものの、暴走を止められなかったという経緯があるからだ。
その尻拭いをかつての同門が行う。
それは礼の一つもあって当然だろう、内心でどう思っているかはさておいても。
ちなみに四十代くらいの経光に対し、蓮淳は史実通りなら七十近い年齢の筈である。
北海道出身のスキンヘッド、夜の長さを歌ったシンガソングライターが、自分がこの世界に転移した十一年を足すと確か蓮淳くらいの年齢か。
そう言えば見た目もどこか似ている。物申す系のキャラで押しが強そうな所も。
「さて愚僧は一応筋を通した、が」
と蓮淳は拙僧の方を見る。
「山門の方が如何ほどの御用向きか。
いや、話したいと申すなら、こちらも言いたいことは山ほどあるのだが」
山門の方、ときたか。寺門派の実相院でも言われた、相手を歓迎していない呼び方だ。
そりゃね、本願寺にしてみれば天台宗にも拙僧個人にも色々言いたい事はあるだろうよ。
さて、どうする?
と拙僧が思案に目を泳がせると、部屋に置かれた阿弥陀如来の灯明が目に入ってしまい慌てて視線を切る。
あんな小さな火でも、今は恐怖を感じてしまう。
せめて最近使われ出した行燈のように、周囲が覆われているなら安心なのだが。
「……如何した?」
と、拙僧の異変に蓮淳に心配される。
「心配ございません。ただ」
ええい、この際だ。動揺も持ち札に組み込んでしまえ。
「……世の哀れを憂いておりました」
「世の哀れを?」
蓮淳が聞き返す。
「左様。この京も幾度となく戦乱に巻き込まれ、民衆は不安になっております。
その不安を取り除くのが我々僧侶の勤めだと思っております」
「そこは愚僧も同感だ、ただ」
と蓮淳は一拍置いて。
「その在り方は、愚僧と山門の方では違うように思われる」
確かにそうなのだ。
天台宗と浄土真宗では同じ民の救済でも考え方自体が違う。
法華経は僧自体が学び、その教えを信者に伝えることで救うという考え方だ。
一方、一向衆に代表される浄土真宗の教えは阿弥陀如来への信心だ。念仏を唱え如来を信じる事、そうする事で他人も救われるという考えだ。
他力本願という語源の由来でもある。
最も、現代では他人任せの意味でかなりネガティブな意味で使われる事が多いが。
「山門の方の考えは、相手に世話を焼き過ぎて驕っているように思える」
と蓮淳が口にする。
それを言い出したら本願寺は……いやいや、それでは平行線で議論が終わらないか。
「確かに浄土真宗の教えは分かりやすく、それが多くの人に浸透した要因だと思われます」
拙僧はそう答えた。
これは本心からそう思っていて、南無阿弥陀と唱えれば救われるというシンプルさが一向衆の信徒を増やした要因だと思う。
「お褒めに預かり光栄だが」
しかし、受け手の蓮淳の表情は言葉と裏腹に重い。
しまった、物分かりが良すぎて逆に皮肉だと思われたか。更に。
「では、なぜ山門の方々はそれをなさらぬ」
痛い所をつかれた。
天台宗がその確固たる教えを守る結果、難解なものになっていて大衆に響かないと言う点は否めない。
拙僧自体がまだ、その教えの入り口に立ったばかりだ。
ふと、油の匂いが気になった。灯明用の油だろうか。
隣の経光へ目をやると、困ったような表情で額の汗をぬぐっていた。
「おや、沈黙か。
答えられぬ者は、黙らせてこられたのが山門ではありませぬか?」
慇懃無礼に蓮淳が追撃してくる。
「そうそう、叡山の寛正の法難もあった」
寛正の法難。その名の通り寛正6年正月に、比叡山が本願寺の取り壊しを行った事件である。
本願寺は今の場所になく、浄土真宗の宗祖・親鸞の墓所である大谷廟堂の地に建てられた。
取り壊しの後から山科本願寺が落成するまでのほぼ二重年余りを放浪しており、本願寺に取っては許し難き出来事であろう。
しかも最初の場所から比べると京の中心地に離れた場所である。現在の本願寺は土塁と堀で囲んだ寺内町で、今回坊官の珍平は中に入るのを許されず門前で留守番だ。
一応比叡山側にも神明を軽んじる仏敵だった、という言い分が歴史書には書かれている。
それにしたって勢力拡大の口実ではないかとか、それにしても建物を壊して金品を巻き上げるのはどうなのかとツッコミどころは多い。
「蓮淳どのの山門への想い、重く受け止めさせていただく」
その言葉に嘘はない。
「しかし拙僧が苦しむ民を救いたいという気持ちに偽りはなく、その手段の違いではなく、結果どう民が救われていくかが大事なのではないかと愚考いたします」
「蓮淳どの、私からもよろしいか」
ここで経光が、話に加わるで。
「今回の興福寺行きのきっかけになったのも、そもそもは覚恕様の働きかけ。
さらには京の街が火災の多い事を憂いでおられ、講により見回り隊を組織なさいました。
民を救いたいと言う気持ちに、偽りはないと思います」
それに対して蓮淳は、こう言ったのだ。
「確かに……その想いは、愚僧も重く受け止めよう」




