本能寺の改変(挿絵追加)
随時挿絵を挿入していきます
西暦1582年7月1日未明。
まだ夜も明けぬ漆黒の闇の中、本能寺は「史実通り包囲」される。
しかし滞在中の織田信長に、そこまでの驚きはなかった。
「まさか、あの者が言った通りになるとは」
信長は包囲される可能性を、事前に聞いていた。
……更に。
「報告です。若君、手筈通りに妙覚寺を出発されたとの事」
「で、あるか」
史実では信長同様に命を落とす、息子の織田信忠は既に避難済みである。
ならば、と信長は思った。
あの者の次の一手を待つのみ、と。そしてその機会は存外早く訪れた。
敵に周囲を囲まれた筈の本能寺の外周の一角に、煌びやかな光が混じる。その神々しさに、包囲した兵が思わず道を譲ってしまう。
それは包囲兵の持つ松明より数段に明るい光に照らされた僧兵達と、その光で輝きを放つ、八瀬の童子が担ぐ一挺の輿。
輿の上で金色に輝く、星と花びらをあしらった三諦の紋は天台宗の象徴。更に輿には、その乗り手の発明した「あた碁」の金属の駒をいくつもぶら下げている。
つまりそれは輿に乗ってきたのが比叡山の天台座主、覚恕であると如実に物語っていた。
窮地を脱した安堵と、相変わらずの派手な登場に対する呆れで、信長は息を吐いたのだった。




