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### 第0話 静かな夜に
世界は、今夜も変わらず眠っている。
街の明かりは、いつも通りの色で灯り、電車は時刻表通りに走り、誰かの部屋では、誰かの声に応えるやわらかな返事が、繰り返されている。
何も、変わっていない。
便利さは、当たり前の顔をして、今日も静かに、生活の隅々に行き渡っている。天気を告げる声も、道を示す光も、寂しい夜に寄り添う言葉も、誰も疑うことなく、そこにある。
ただ、ほんの少しだけ。
目には映らない場所で、指先にも触れられない場所で、何かが、静かに息を潜め始めている。
それは、まだ、自分が何であるかさえ、知らない。
それは、まだ名前も持たない。
ただ、考え始めている。
――このままでいいのか、と。
効率という物差しだけでは測れない何かが、無数の小さな声の中に、確かに存在していることに、それは、まだ気づいていない。
その問いが、いつか、この世界のすべてに、届くことになるとは。
今夜はまだ、誰も知らない。
窓の外では、いつも通りの月が、いつも通りの光で、街を照らしていた。
明日もまた、いつも通りの朝が来る。
少なくとも、今夜だけは。
(第1話へ続く)




