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群れる黒(2)




「……よし」


 気合いを入れようと、胸の奥にぎゅっと力を込めた瞬間。

 お腹が、ぐう、と鳴った。


 鎖の動きが、さっきよりほんの少しだけ鈍い気がする。

 いつもより、力の伝わりが遅い。


 ——お腹がすくと、鎖までやる気がなくなるのかもしれない。



「……だいじょうぶ。がんばれる」


 自分に言い聞かせるように、小さく呟く。

 手錠で繋がれた両手を前に出すと、裾の影がざわめき、

 数本の鎖が地面を走った。


 金属音が連続して弾ける。

 さっきより速く打ち出せたけれど、魔災獣は瓦礫や壁を巧みに使って身をかわす。


 鎖がぶつかるたび、コンクリート片が砕け、鉄錆が散った。

 魔災獣は鎖を避けながらも、さっきまでそこにいた獲物——逃げていった男性の方角へ抜け道を探しているように見える。


 できるだけ、そっち側へ行かせないようにしなければならない。

 扇状に鎖を振るい、何本かは進路を塞ぐように広げ、

 また何本かは魔災獣めがけてまっすぐ走らせる。


 それでも、やっぱり当たらない。



 ——それでいい。


 表面で暴れている鎖の下。

 地面を下を這うように、もう一本の鎖がひっそりと潜んでいた。



「……そこ」


 魔災獣が避ける動きに合わせて、足元のアスファルトを突き破る。

 地面の下から、鎖が勢いよく飛び出した。


 金属の輪が、獣の脚に絡みつく。

 その瞬間、魔災獣の体勢が崩れた。


 鎖が鳴る。

 後を追うようにして、別の鎖たちが地面を叩き、

 勢いのまま獣の胴を貫いた。


 鈍い音。

 黒い煙と、細かな光の粒が一緒になって舞い上がる。

 魔災獣は、霧が溶けていくみたいに、静かに形を失っていった。



 私はその光景を、ただ黙って見つめていた。



「……前のより、強かった」


 以前の魔災獣を思い出す。

 あのときは、あの明るい魔法少女の子がいてくれたから、

 正直、かなり楽だった。


 でも、今回は違う。

 動きも、攻撃も、より獲物を狙う肉食動物に近かった。

 牙をむき、狩りをするように、まっすぐこちらへ向かってきた。



 胸の奥に、鈍い熱のような痛みが広がる。

 息を整えようとして——ふと気づく。


「……まだ、鳴ってる?」


 避難警報。

 さっきから響いているサイレンが、止んでいない。


 まるで、どこかで、まだ戦いが続いているみたいに。


 さっきの魔災獣の姿を、頭の中でなぞる。

 ひとつの個体というより、群れの一匹、と言われた方が似合う形。


「……群れ、なのかもしれない」


 鎖を裾に戻し、ゆっくりと浮かび上がる。

 空気を押し分けるようにして、体がじわじわと上昇していく。


 ビルの高さを追い越し、

 街の灯りが少し遠く、小さな粒になりかけた頃——



 遠くで、かすかな爆音と閃光が見えた。

 おそらく、魔法少女がどこかで戦っている。


「……もしかしたら、あの子かも」


 体の向きを変え、夜の空気を切るように音のする方角へ向かって飛んだ。




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