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焼け跡の果て



 


 見えない壁の前で、十数人の魔法少女が足を止めていた。

 近隣区域から駆けつけた魔法少女たちが、代わる代わる中距離魔法を撃ち込んでいる。光弾がぶつかるたび、木々の影が揺れ、遠くの灯りが水面みたいに歪む。

 

 しかし、壁そのものは、ひびひとつ入らない。

 

「やっぱ無理! 全然壊れない!」

「メロウメイスさんはまだ来ないの!?」

「今向かってるって! もう少し!」

 

 焦りの滲んだ声が飛び交う。

 

 セレススピアは槍を握り直した。腕の奥は痺れ、変身の輪郭も薄い。それでも手放せなかった。

 

 すぐ隣では、シルバードロップが涙で頬を濡らしながら、浅い呼吸を繰り返していた。長時間の探知で消耗しきってしまい、今は一旦集中を解かせている。

 それでも落ち着けないのか、胸元で通信機を握りしめたままだった。

 

「お願い……無事に戻ってきて……」


  

 その直後、景色が揺れた。

 見えない壁に溶け込んでいた夜の輪郭が、ふっと噛み合わなくなる。

 木々の影がずれ、灯りが滲み、何もないはずの空間に縦一文字の裂け目が走った。


 

 内側から鋭いもので無理やり裂いたみたいに、繭が口を開く。漏れ出してきたのは熱気だった。

 擬態していた夜景が崩れ、偽物の景色が剥がれ落ちるみたいに裂け目が広がっていく。


 

「来るわよ!」


 前列の魔法少女たちが一斉に身構える。

 裂け目の奥から現れた影を見て、セレススピアは息を止めた。


  

 ――くさりだった。

 

 血と煤にまみれ、火傷と裂傷だらけのまま、それでも立っていた。

 服はひどく焼け、黒かったはずのドレスは表地がところどころ焦げ落ち、裂け目から白い裏地がまだらに覗いている。

 両手首には砕けた枷の残骸と、そこから垂れた鎖。

 指先と足先は獣のように異形化し、炭化したかのように黒ずんでいる。  

 そして、その輪郭を揺らす熱気には、肌の奥が強張るような圧が混じっていた。

  

 

 どう見ても異様だった。

 それでも、その時のセレススピアには、その異様さに引っかかっている余裕がなかった。

 

 ――生きていた。

 それだけでよかった。

 

 そして、裂けた壁の奥にもう一つの小さな影が見えた。

 落ち葉の中に、光莉が倒れている。

 

「……っ、光莉!」

 

 セレススピアの声に、隣でシルバードロップが息を詰めたまま目を凝らした。射手である彼女は、こういう時の目がいい。

 

「……ま、まだ……生きてます……っ」 

 震える声で、シルバードロップが言う。

 

「胸が……動いてます……っ。ちゃんと、息してます……!」


 

 その一言で、胸の奥に張りつめていたものが一瞬だけ緩んだ。

 

 光莉は意識を失っている。けれど、外から見える傷はそこまで深くない。  

 その点で言えば、くさりの方がむしろひどい。血の量も、焼けた衣装もひどく、立っているのが不自然なくらいだ。

 

 それでも二人とも、生きている。

 

 支部なら緊急対応室も、回復魔法を扱える術者もいる。今はとにかく緊急搬送が優先だ。

 

 

 セレススピアが駆け寄ろうとして、一歩踏み出しかけた、その瞬間だった。




「離れて!!」  


 鋭い声が背後から飛ぶ。 

 

「――《フレア・バレット》!」 

 火球が一直線に走る。



  

「……え?」

 

 理解が追いつかない。

 火球は、くさりのすぐ脇へ着弾した。爆ぜた熱と火花が一気に広がり、セレススピアは反射的に腕で顔を庇う。

 

「なんでっ――」

 

 声を上げるより早く、後ろの魔法少女たちがざわめいた。

 


「あれは……人型魔災獣!?」

「未通達の特排案件かもしれません!」

変身解除(フェード)したブレイドちゃんがいるんだよ!? 今すぐ引き離さないと!」

「とにかく撃って牽制して!」


  

 その声で、ようやく分かった。

 みんな、くさりを敵だと思っている。



 敵意だけではない。

 光莉は、合同訓練で一度会っただけの子にも平気で話しかけるような子だった。

 その光莉が、変身も解けたまま倒れている。


 そして、後ろの列から見れば、倒れた光莉のそばに、返り血を浴びた焼けただれた人影が立っているようにしか見えなかったのだろう。

 

 焦りと恐怖と、倒れた光莉を見た混乱が、後ろの列に広がっている。


 

 二人とも生きていた、その事実だけで頭がいっぱいで、後ろにいる子たちが何を見ているのか、どう受け取っているのか、そこまで考えが回っていなかった。




「違う! やめなさい!!」


 

 セレススピアが叫ぶ。

 けれど、もう遅い。

 氷の礫、風の刃、光弾が一斉にくさりへ降り注ぐ。

 中遠距離の魔法ばかりだ。殺傷ではなく、引き離すための攻撃。それでも、威力が弱いわけではない。


  

 

 前へ出ようとする。だが、最初の火球の爆風の余波がまだ残っていて、熱と破片が足を止める。さらに氷片と風圧が重なり、無理に飛び込めば今度は自分まで射線に入る。

 


「だ、だめです……っ! その子は……!」

 

 シルバードロップも泣きそうな声で叫ぶ。

 同時に、通信機から志乃原の声が割り込んだ。

 

『全員、攻撃中止! 未確認対象への攻撃許可は出ていません! 繰り返し――』


 けれど、その声は、次々に着弾する魔法の音に潰された。


  

 くさりは反撃しなかった。 

 鎖を振るうことも、魔法を弾くこともない。ただ、飛んでくる攻撃を受けながら、光莉の方へ身体を向ける。

 

 肩口を光弾が掠める。氷の礫が焼けた衣装を裂く。風の刃が、白く露出した布地をさらに切り開いた。それでも、倒れている光莉へ近づこうとする。

 

 そこで一瞬、膝をつきかけて踏みとどまる。

 

 呼吸が、ひどく荒い。遠くからでも分かるくらい不自然に胸が上下していた。今にも倒れそうなのに、それでも前へ行こうとしている。

 

 光莉のすぐそばまで行って、くさりは手を伸ばした。

 抱き起こそうとしたのだと思う。

 けれど、その手は途中で止まった。

 

 次の瞬間、くさりが顔を上げる。

 セレススピア、シルバードロップ、その後ろで武器を向ける魔法少女たちに目を向ける。

 

 その視線に敵意はなかった。 

 ただ、ひどく冷えた諦めの色だけがあった。

 

 光莉に触れかけた手が、ゆっくりと引く。

 その仕草だけで、セレススピアの喉が詰まった。そこで手を止めた意味を、考えたくもないのに分かってしまう。


 

「待って!」

 

 今度こそ声を張る。

 けれど、くさりは振り返らない。

 

 地面を強く蹴る。爆ぜるような音と一緒に土が深く抉れ、くさりの身体が大きく後方へ跳んだ。

 

 熱に揺らぐ輪郭が、木々の影の奥へ溶けるみたいに遠ざかっていく。

 

 追って飛んだ光弾も、風の刃も、もう届かない。

 あっという間だった。

 

 あとに残ったのは、倒れた光莉と、まだ消えない焼けた匂いだけだった。



 

ストックが少なくなってきたため、次回の更新まで少しお時間をいただくかもしれません。お待ちいただけますと幸いです。

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