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魔災獣(1)




 警報が鳴った。


 夜の街を引き裂くように、低く長いサイレンが尾を引く。

 風ひとつない住宅街。眠った家々の屋根に、音だけが冷たく沈んでいく。


 その響きをなぞるように、ビルの屋上へ、小さな影がひらりと舞い降りた。

 オレンジがかった金髪のポニーテールが、わずかな夜気に揺れる。


「ええ〜……また夜の任務なの〜?」


 少女は眉間にしわを寄せつつ、背中に装備した双剣のホルダーを軽く叩く。

 スポーティなラインと、鎧めいた装飾を併せ持つ魔法少女の衣装が、淡い魔力光を縁にまとった。


 彼女は魔法少女サンブレイド。

 魔法災害対策庁の戦闘型魔法少女。その中でも、機動力に特化した一人。



   『……こちら災害対応実行本部。応答願います。B-23区域に魔災獣出現。第四級指定個体を確認。セレススピア、シルバードロップの2人は住宅街側の別個体へ移動中です。』



「……あー、はいはいっ! じゃあ、あたしがこっちで時間かせげばいいんだよね?」


 『接敵は避け、距離を保ってください。視覚・跳躍反応が高い個体です。突進には最大警戒を』


「つまり、目が良くて速いヤツってこと? はいはーい、了解っ!」


 サンブレイドは肩を回し、軽い伸びのあと屋上から身を投げた。

 落下と同時に足元へ魔力紋が展開し、着地の衝撃をふわりと吸収する。

そのまま、無人の交差点へ向かって駆け出した。


 


 魔災獣が姿を見せたのは、その先。

 公園と店舗街の境目、車のない駐車場の奥にある暗がり。


 最初に視界へ飛び込んできたのは、影だった。

 細長い四足のシルエットが、電柱の陰からひょいと跳ねて出る。


「……鹿? ヤギ? いや、どっちでもないかな……?」


 影は小刻みに震え、そのたび輪郭が黒煙のようにほどける。

 背には獣とは思えないほど長く、異様に細い角。

 眼窩の位置には目はなく、ただ光の粒だけが揺れている。

 毛皮のようでいて、触れれば霧のように散りそうな体表。


「すばしっこいって言ってたし……うん、これは確定で面倒なタイプ」


 サンブレイドは双剣を構え、呼吸を整える。

 魔災獣の身がぎゅるりとねじれ、正面へ向き直った。


 次の瞬間――空気が爆ぜた。


「ちょっ……!」


 駆け抜ける黒影。

 サンブレイドが半歩引いた直後、コンクリートが削れる鋭い音が跳ねる。

 魔災獣は細身のヤギにも似ているが、その動きは獣の枠に収まらない。

 跳躍は鋭く、反射は光の反射めいて速い。一撃は軽やかだが、横腹を掠めるだけでも致命に変わる。


「はっ、待って待って! もうっ! 足止めって言ったじゃん!」


 スマホに叫んでも、本部からの返事はない。

 セレススピアとシルバードロップが交戦中なら当然だ。あちらは住宅街、守るべき場所が多い。


「……っし! じゃあ、ちょっとだけ——ほんのちょっとだけ本気だそっかな!」


 サンブレイドは跳躍。

 双剣が夜の冷気を切り裂き、煙のような体毛を裂く——ように見えた。

 しかし手応えは薄い。

 魔災獣は影のように跳ね回り、突進と跳躍で空間を攪拌する。


「止まってくれたらさっ! もっとカンタンなんだけどなぁっ!」


 何度も応酬するうち、サンブレイドの足がじわりと鈍り始めた。

 息が上がる。額に汗。足裏に刺すような熱。


(……時間、稼げてる?)


「っ……は、ぁ……もぉ……そろそろ……きついよぉ……」


 刃と角が触れた一瞬、閃光。

 魔災獣の角が左肩をかすめ、魔力の粒子が散った。


「……ッ!」


 痛みに息を詰め、後方へ跳ぶ。



 ——そのとき。


 ごり、ごり、と。

 重い金属の擦れ合う音が、地面を這った。


 サンブレイドの視界が、暗がりの一点に吸い寄せられる。

 月光を浴びたかのように、その影だけが浮き上がっていた。


 そこに、少女がいた。



 風に揺れる、裾が焦げ落ちたボロボロの黒いドレス。

 ドレスの裾からは、錆びついた無骨な鎖が何本も伸び、まるで彼女自身の呼吸に合わせるようにゆらめいている。

 白い手首には冷たく古びた手錠。

 伏せられた顔は表情すら見えないのに、周囲の空気がひどく静まり返った。


「えっ……だ、誰……?」


 浮遊能力を持つ魔法少女など、この地区には存在しない。

 応援要請も来ていない。

 そもそも“人間”なのかさえ、わからない。


 こちらが息を呑むより早く。


 少女の足元から、鎖が鉄錆の粉を散らしながら、閃光の軌跡を描いて走った。

 

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