全力
「数が多いな? 気が引けるが……本当に引けるか?」
現在の帝国は格差社会。帝都の中心から離れる度に、貧富の差は広がって行く。
俺は周囲を見渡す。兵士達は事態の本質に気付いているが、民は愚鈍だ。自分たちが命の危機に陥っているなど、考えてすらいないだろう。
この処刑場は今、王都中の人間が熱中する場だ。チケットを得るにも、倍率が恐ろしく高い。そんな場に、正当な方法で当選した人間が、果たしてこの帝都にいるのだろうか?
賄賂に脅迫。そのチケットが裏に流れるなら、オークションに賭けられる。
ニクス帝国に住む金持ち、彼らを皮肉った言葉がある。あそこで金を稼ぐなら、人間をやめなさい。人間とは化け物に喰われ、捨てられる者の名だ。
いや、人間が住む都なんですが? とツッコみたいが、今の帝都ではそれほど真っ当な手段で稼ぐのは難しい。逆に言えばだ、金持ちでない者は真っ当な道理を心得ている。
極論だ、それは俺も理解している。ただ、この処刑場に来ている人間は、少なからず手は汚れている。ベットの上で、安らかに死ぬ権利は無いだろう。
「喰らえ」
声を上げると同時、身体の内側から呪いを解き放った。指定する範囲は、この会場全体。紫の波に飲まれた衆人は、蹲り喉をかきむしる。その爪には血が詰まっていき、最後は地面に伏した。
会場には聖なる結界が貼られているが、関係ないな。白龍がもたらす聖力でなければ、俺の呪いは防げない。結界は、紫の波動が触れると変色。呪いが霧散せぬよう、そして人々が外に逃げる事を防ぐ、即席の檻に変貌した。
「っぺ、まっず。ま、10万6千524って所か」
呪いの全解放は、胃の中身をヒックリ返す感覚だ。好ましいものじゃない。
それと先程言った人数。それは、呪いで発狂死した人間を表す。サイクルとしては、呪いをばら撒き相手を発狂させる。そこから生み出される、死ぬ直前の強い恨み、それを回収し俺の力とする。
「おい、おい。なんだよこれは」
立ち上がったライドは叫ぶ。7武人のサイモンも横に並び、剣を構えてこちらを見ている。
コロシアムで生き残ったのは、呪いに強い耐性を持っている上位聖女。精神が鍛えられている、サイモン及びジークなどの強者。後は、コロシアム全体に貼られた結界とは別、聖女が数人係で貼った結界、その中にいる皇帝位なものか。
先ほど俺を舐めていた、兵士や騎士は全滅。これで初代皇帝の顔に泥を濡れたか。
「じゃ、行くか」
目的は果たした。ライドとサイモン、両者の相手をする必要ははない。
「待て、行かせるか」
「帝国の誇りは、挽回出来ぬ程貶された。せめて、貴様の命を置いていけ」
剣士と槍使い、彼らは出口を塞ぐよう立ち塞がる。
「私も混ぜて下さい。この惨事を無かったことにする為にも」
空からフードを被った人物が現れる。浮いていた足が地面に接地する。直後右手でフードを外し、長い銀髪を露わにする。
「お前は宮廷魔法使い、特別講師のノーティスだな。それにしても、中々見ない3人だ」
宮廷魔法使いに教えを乞われる。プライドの塊である彼らが、女性であるノーティスの言葉を、捻くれながらも耳を傾けるのは、自分より遥かに上の先達、それから醸し出される興味を惹く知識があるから。
彼らが並び、共に戦う。帝国軍、帝国7武人、宮廷魔法師、3つのトップが揃ったのだ。もしかしたら、夢見た帝国人もいるだろう。
「作戦は?」
「あれしかないだろ、槍馬鹿め」
「ということで、私は目すら開けません。狂戦士のオーラを認識したら、魔法が使えなくなるので」
ライドとサイモンは、魔法使いの前に出る。ノーティスの準備が終わるまで守りに撤する。そんな消極的な思考では無いだろう。
「さて、今度は何を見せてくれるか?」
楽しげに俺が笑うとライドが動いた。雷となり背後に移動、突きを放ってくる。直ぐに振り返り、ライドの槍、その先端を掴んだ。
槍を取り返せないと踏んだライドは、武器を捨て一度後方に下がる。させまいと俺は踏み出し、雷と一体化しているライド、その腹部を左拳で撃ち抜いた。
「がは」
「無駄だ。お前が雷の速さで動こうとも、転移で姿を隠そうとも、俺は一息で追いつく。さらばだ、お前との戦い、清々しかった」
ライドはアリーナの壁に激突。そのまま動かなくなる。この場に残ったのは、彼が手放した槍のみ。それを拾い、投げてライドにトドメを刺そうと構えた時だ、サイモンが左側面から現れ、腕を狙って剣を振る。
そんなにライドの槍を取り戻したいか? 望み通り離してやると、サイモンは斬撃を中断。槍をライドのいる方角に蹴り飛ばす。
「休んでいろ。後は俺がやる」
チラっと、槍使いが倒れている方角に、サイモンは目を送る。
友情を見せびらかすのは構わないが、奴ではライド以上に勝機がない。それを示すように、振られた斬撃を腕で受け止め、弾いてしまう。
「な!!」
「遅いんだよ」
肌が鋼になった訳では無い。傷を負い血が流れる。左腕にも肉を斬られた痛みが奔る。それでも、腕の切断が免れたのは、肉体の再生速度が早すぎた、これに尽きる。
刃が肉を裂くより、身体の再生速度が勝ってしまった。その結果が、振ってもいない腕が、剣を弾くという珍事だ。
「もう、防ぐ必要すらないな」
俺が石剣を振る度に、サイモンは大げさに避ける。足元を狙われればジャンプ。縦に斬撃が飛んでくれば、横に飛び回転する。帝国最高の剣術家、その名に泥を塗るよう、剣での打ち合いを奴は避けている。
「貴様、俺に恥を欠かせたいのか!!」
「ライドは軍人だ。撤することが忠誠だと、それで国が良くなると、盲目的に動く土壌はある。しかしお前は帝国7武人。皇帝の暴走を止められる位置にいた。お前が責任を取らされるのは、当たり前だろ?」
勝負を決めるのは唐竹割り。サイモンは上段からの攻撃を、足を止め防いだ。剣の持ち手と先端、両サイドを手で掴み、横一文字で石剣の攻撃を耐えている。
しかし、奴の足は地面にめり込んでいる。この一撃に関しては、抵抗できぬ状況が完成した。
「ナマクラ、仕事だ」
石剣に呪力を流し組む。サイズは大剣を有に超え、コロシアムの直径を超えた。しかし、剣は地面につかない。何故か?
「がんばるな、サイモン」
「クソ、クソ」
彼は顔を真赤にしている。それは恥をかいたからではない。文字通り全身全霊で剣を受け止めているから。それも後、石剣が数十メートル伸びれば終わり。
「さらばだ」
壊れる時は一瞬。プチンという音を発し、サイモンは潰れた。
「なんとか間に合った。タイムストップ」
背後で守られていた? ノーティスの声が聞こえる。妙な波動が広がっていくと、世界がほんの少し暗くなった。
命を賭けてまで、彼女に使わせたかった魔法。それが、世界から僅かに色彩を奪う魔法か? 待てよ。風の音すら聞こえない。周囲、といっても生き残っているのは、眼前の魔法使いと聖女、皇帝位なもの。
横目で皇帝席を見ると、口を開け、その場から逃げ出そうとしている中年の姿。ただし、不自然に右足が浮いた状態だ。
一応様子見だ。周囲に習い、息を止め身体を硬直させる。
「お〜〜い。動かないって事は、本当に成功した?」
彼女は、息を乱していた。それが落ち着くと、こちらに向かって手を振った。こちらに無警戒で近寄り、腹部を拳で突いてくる。
仲間を殺した相手、そんな奴に対し無邪気さを見せるとは、しがらみとは無頓着の人物か。
彼女の様子を観察した限り、動けないのが普通のようだ。恐らく時を止めたのだろう。周囲の状況と、飛び跳ねて喜ぶ様子から、それしか考えられない。
「そんな事している場合じゃない。時間を一日戻す」
彼女は俺に背中を見せ、空に向かって手を伸ばした。すると魔法陣が、高さは3メートル程の空中に現れる。魔力で身体強化をすれば、飛び込める位置。
「悪いな、させんよ」
「え、誰?」
想像通り、彼女は魔法陣へと飛び上がる。首が通り過ぎた所で俺は動き出し、ノーティスの足首を掴む。そして地面に叩きつけた。
気を失ったか? 魔法の効果が切れ、周囲に明るさが戻る。止まっていた皇帝も、聖女達を連れ走り始める。
「時が動き出したか」
「な、なんで動けて?」
顔を上げ、彼女はこちらを覗いてくる。
「種明かしが必要か? ま、必要だな」
首を上下に振るノーティス。ま、良いものを見せて貰った礼だ。納得は出来ないだろうが、教えてやろう。
「お前は、何を媒介に時を止めた?」
「魔法……そうか、だから」
「後は、呪いってのは人の妄執だ。大体、人の才能で出来ることには手が届く」
「納得した、ありがとう。私を殺すの?」
空を見上げていた俺は、もう一度だけ彼女を見る。乱れた呼吸で目を瞑り、身を委ねていた。
「時を戻されたら、敵わない。悪いが、ここで散ってもらう」
「だよね。私でもそうする」
俺の見立てでは、彼女は二度と魔法が使えないだろう。浮き上っている血管が、青く変色している。それは魔力欠乏証を表していた。
また俺の叩きつけは、致命傷には至らない。深くても骨折、内臓の損傷もないだろう。なのに彼女は、横になっているだけで呼吸が乱れている。
2つの症状を鑑みるに、ノーティスは、永久的な魔力欠乏症を発症した。
永久的な魔力欠乏症、その発生条件は、自分の魔力総量を大きく超えた魔法の行使、それによる肉体の破損だ。
足りない魔力に関しては、前もって外付けの容器に貯めていたか、それか生命力を魔力に変換したか、その両方だろう。
魔法使いという探求者が、時を巻き戻すという偉業に挑む。
緊急的な場面、最後を飾るに相応しい実績、どちらも満たせる状況だから、ノーティスは代償を受け入れたか。
「そろそろアズサが迎えに来るんだ。終わらせる。さらばだ、人間にしては強き者よ」
結界を呪いで侵食してから、そろそろ5分。合図は既に上げている。結界の外で立ち往生しているかも。
俺は剣を上段に構える。ナマクラの大きさは、既に一般的な剣のサイズに戻っていた。無駄な予備動作も、力を込める必要すらない。頭を狙って潰す。それだけでいいのに、俺は剣が振れなかった。
いいんですか隊長? ここで彼らを殺せば、試せるおもちゃが無くなりますよ。
「はぁ、っち」
呪化を使う前なら、記憶の残滓だと切り捨てた。
俺は呪いを喰らえる。その際だ、他人の人格や精神が身体の中に入ってくる。取り込んだ人格は、ぶつけ、すり潰し、混ぜ、消してしまう。
例外は強い魂。特に、俺と親しい人間の物は、魂の形がそのまま残っている事が往々にしてある。
今回顔を出したのは、元副官のトゥワイス。存在感を増し、生きていた当時の言葉で、俺に語りかけてきた。
死人の思いが聞けるからこそ、大事にしたくなる。これは甘さだな。
「わかったよ」
ナマクラのサイズを最小する。ポケットにしまうと、俺は指を咥え、音を鳴らす。
侵食された結界が自己崩壊を始め、破片の間をくぐり抜け、活きの良い飛竜が突っ込んでくる。その上には茶髪の少女、アズサがいた。
「お待たせしましたグラム」
「待ってないから大丈夫。じゃ、行こっか。本命も近いことだしな」
俺が乗ると、飛竜は飛び立ち、処刑場を後にする。




