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レイの冒険。そして…… 7


 走れと脳に命じた。三日三晩、正しく気を抜かず、一息すらついていない。

 無力さを感じたのは器が原因。頭は動く、心は枯れていない。ただ、足に限界が来た。


 顔面から地面に倒れる。何時間倒れていただろう? 雪が足を冷やしたお陰か? 立ち上がれるまでに回復した。


「ディエゴは……いないか」 


 振り返るが誰もいない。


(当然か)


 私の無茶なペース、彼も最初は着いてきた。強化を含めた身体能力、その総合値において、彼は私に大きく劣る。数分も走れば、後ろから姿を消すのはわかっていた。

 

「一度王都に戻るべき、そんな事はわかってる……でも」


 理性で抑えられるほど、この気持ちは軽くない。好きな人が殺される、救えるのは今だけ。

 グラムはまだ、シルバード王国内にいる。数日後、帝国内から応援が到着次第、移送を開始するらしい。


「土地勘がない帝国じゃ、救出は無理だ。ただでさえ敵の本拠地なのに」


 帝国がグラムを捕縛した理由。帝国は、彼の処刑を開戦の狼煙とするつもりだ。勇者達のお目付役、彼らの話では、既に処刑場の準備が出来ているらしい。

 

 地面を叩くドンという音、手元だけ雪がない、衝撃で吹き飛ばしたか? それに気付いたのは、握った感触に冷たさが無いから。


「わかってた。わかってた。でも」


 足が保たない事。部下を捨て、独りよがりで動く。それら全てがグラムを救う可能性を下げる悪手だと。

 でも、徹する事は出来なかった。私の心に居る彼、それが呆れた顔で慰める。


「ま、次に活かせ」

「次はないの!!」


 立ち上がり、再び走る。

 今の状態で走れて、せいぜい4時間が良いところ。目的地に辿り着いたとして、どうする? この足で帝国兵士と戦えるか? 成長するために作り出した、その価値観が投げかけてくる。


 今、彼の元に向かう、それが最善手なのかと?

 

「知るか」


 雪が厚い、敷き詰められた場所に来てしまった。足が取られ、痛む膝には辛い所だ。そして2時間、予想の半分で力尽きた。


「私はまだ」


 雪で服が湿り、体温が奪われる。時間が経つごとに、目がかすんできた。このままでは私は凍死するだろう。

 目を瞑ればあの世で彼に会えるのだろうか? 私の方が先に行く、もしかしたら、先輩風を吹かせられるかも?


「先に行くね。なんて、そんな殊勝な性格だったら良かったのに」


 身体を引きずり、匍匐前進で進む。移動するなら、雪に足を取られない。こちらの方が楽だ。そう思いつきはしたが、体温は多く奪われるか。希薄な意識が原因で思考が変な方に動く、だが進む方角は間違えない。


 それから数十メートル移動し、私は完全に停止した。後は意識を放棄するだけ。


「諦めるの早くない?」


 喋っているのは誰か? それはわからない。ただ負けたくないと思わせる声だった。手を前に伸ばす。そこには、先程までなかった障害物がある。


「捕まえた。行こうかレイちゃん。やらかした馬鹿を救いにさ」


 身体を担がれる。勢いよく動く景色、そして鼻をくすぐる青い髪。それらを認識した後、私は眠った。


 * 


 目を覚ますと布団の上だ。身体の節々が痛い。こんな時に思うのは、回復効果のある魔剣が欲しいという願望。


「なんでグラムの用意する物は、毎回極端なのよ」


 全て与えられた物だ。普段であれば思いもしない。では何故出たか?愚痴だ。命の危機から脱した末に出る、気の緩み。誰かに聞かれている、そんな事は微塵も考えてない。布団を何度も、握った拳で叩きつける。


「そりゃ、必要ないからだろうね。私達狂戦士は、そういう物だから」


 上半身を上げ、声がした方向を見る。部屋の入口には、青髪の女性が立っていた。


「スピカ?」

「ご明察。そして貴方を救ったのも私。感謝していいよ」


 予想外の人物? ……違うな。


「誰が私の位置を?」

「そうね。まず、グラムが何故捕まったか? そこから話そうか。結論から言うとロイが裏切った」


 ロイ、村から出て共に軍人となった人物。そしてドラン砦以降、姿が見えなくなった。その後、グラムの口から何度か名が漏れたが、どこで何をしているか、それは知らない。


「私は彼の正体を知らない。ロイはいったい何者なんですか?」

「ロイはグラムの付き人よ。確かにグラムは、純血の狂戦士ではない。でも彼の母は、狂戦士内でも有力人物だった。だからグラムも、普通の純血より高い地位を一族で得ていた。ま、本人には必要のない物だったけど」

「む」


 貴方は知らないの? 顔を前に突き出し、口を手で隠す女性。自慢されているみたいで、膨れてしまう。


「嫉妬? って誂いたいけど今は我慢ね。グラムは自身の母と、ある約束をしていた。定住したら住所を教えなさい、親子なのだから当然の約束。そしてグラムの母は、彼の護衛をさせるため、ロイを一般人として潜ませた。護衛と言ったけど、実際は執事かな? グラムの地位は、一族でも特別高い。一族での地位は、戦場に出た数と、討ち取った、敵将の首で決まる」

「そりゃまた」


 彼なら高い地位にいそうだ。確信出来る仕組みである。思わず苦笑いをしてしまう。

 スピカさんも「だよねぇ」と頷き、呆れた表情を浮かべている。


「はっきり言うわ。グラムは一族3位の決定権を持つ。正確には2位か。族長の息子が生まれれば、自動的に下がる、という意味で3位よ。ま、彼が一族に戻ったら、また話が別なんだけど。ここまで言えば納得出来るでしょ? グラムにロイが付けられた理由が」

「はい」

「さて私が聞いた限り、ロイの裏切り、その理由はわかってる。家族の復讐」

「家族?」

「ロイの生まれ育った村はね、グラムの母である、ライラ様に滅ぼされた。それの復讐ってところかな? 後は本人に聞いたほうが早いか」


 彼女は言うと扉に向かった。ドアノブを掴み開く、その先には綺麗な女性が居た。黒髪、紫目の色っぽい女性だ。

 そしてスピカは、私に彼女を紹介した。


「こちらはグラムの母、ライラ様です」

「へ?」


 とてもじゃないが、今年で15の息子がいる容姿ではない。


「ちなみに私、今年で28だから」


 目から耳に掛けて、横にピースをする女性。色々突っ込みたい所はある。女性が発した次の言葉、その衝撃が私を再度硬直させる。


「それとグラムからの伝言。レイ、俺の勝ち逃げだ。お前は俺に並べない」

「え」

「ま、ロイが伝えた物だけどね。それにしても、可愛い娘候補がいっぱい。アズサちゃんに、あの馬鹿の本命は、アリスって子らしいけどね、多分くっつけないし」


 顔が赤くなり、頭の隅からプシューという、空気が抜けた音が聞こえる。


「あ、ショートした。駄目ですよライラ様」

「叩き込み過ぎたかも。お〜〜い」


 動かない私の前で女性は手を振る。


(えっと、アズサは既に顔合わせが終わってる? アリスさんとグラムがくっつけない? 伝言?)


 時間を掛けながらも整理する。そして、違和感のある言葉を見つけ出した。


「えっとグラムの伝言って? いつの?」


 女性は私が再起動する、その事に手を合わせ喜んだ。


「昨日よ。そもそも、貴方の居場所を教えてくれたのはロイだもの。関係ない奴を俺の復讐には巻きこないって」


 それを聞き、私は直ぐに魔剣、その本体達を異空間から取り出す。そして探った。鞘の裏、持ち手の飾りを外す。そこには、小石程の魔石が挟まれていた。摘んで確認すると、小石の表面には魔法陣が書かれている。

 

 確かにロイなら、私の魔剣に仕込むのは可能。


(そもそもロイが、グラムの魔剣を王都に持ってきたって)


 魔剣を人差し指で突きながら、不満を表す。私が今、ここで生きている訳、それは。


「敵に救われった、ってことですね」


 私の発言に女性は頭を下げる。


「ごめんなさい、私のミスだわ。ロイはグラムを絶対に裏切れない。そう判断したから送ったの」


 スピカの話だと、ロイは女性を恨んでいる。なのに、その息子を裏切れない? 何故?


「どうして彼をーー」


 女性に聞こうとした時、私とライラさんの間に、手を叩くスピカが割り込んでくる。

 

「ねぇレイちゃん。私達はこれから、ロイの元に向かおうと思うの、来る?」


 彼女の提案。正直、ロイを吊し上げたい気持ちはある。だが、彼が優先。


「グラムの救出が、最優先ではないんですか?」

「もう間に合わない。既にグラムは、帝国領内よ」

「嘘だ」


 女性の胸ぐらを掴む。簡単に掴めた事、それを不自然に思い顔を上げる。女性の目には、彼に似た慈愛の色がある。

 帝国への移送が終わっているのなら、グラム救出の機会はもうない。

 つまり彼女が持つ、彼と同じ瞳の色。それだけが今後、グラムを最も感じられる物だ。それに気付いた瞬間、私は折れてしまった。

 膝を曲げ、女性の服を手の平が滑っていく。


「嫌だよ。グラムに会いたいよ」


 泣き叫んだ。女性は私を抱きしめ、背中を撫で、慰める。


「大丈夫、まだチャンスがあるから」

「チャンス? どこにあるんですか?」

「一種の賭けだけどね。ロイがグラムを裏切れない、そう判断した理由がある。だからレイちゃん、一緒に行かない? ロイの元へ」


 可能性がある。ならそれにしがみつく。後悔に絶望。それらは後ですればいい。

 立ち上がる前、胸元のシャツをぐっと掴み、深く息を吸う。それはある事を誓うため。


(感情に呑み込まれず、どんな苦難があっても徹し続けてみせる)


 そして息を吐いたと同時、脳が戦闘意識に切り替える。


「へぇ、グラムも良き戦士を育てたわね」


 頭が冴えれば、次、何をすれば良いかがわかる。私は女性に向き、ある事を聞いた。


「ロイの居場所は、どうやって知るんですか?」


 女性は嬉しそうに笑い、右手を見せる。そこには、奴隷との契約門が浮かんでいた。


「ロイはね。私と契約してるのよ」


 頬に手を当て、ライラさんはくっすりと笑う。それは同性である私でも、ドッキリとする程妖艶だった。


 *


 グラム視点 


 身体のあらゆる部位に拘束具が嵌められている。古典的なのは手と足。一枚の板をくり抜き、手足を差し込む。

 余分な部分が多い拘束具。重く、長時間付けている人間からしたら、溜まったものではない。


「ロイ〜〜? 暇だから話相手になってくれよ。あと拘束具を外してくれ、馬車の震動で擦れて痛い〜〜」


 布越しに居る筈の人物。彼に声を掛けたが返答はない。無視するなら良いだろう。拘束具を床に叩きつける。ドンドンという音がなり響く。すると、馬車が左右に揺れ始めた。馬が驚き、バランスを崩したか? 脱出のチャンスかも? そんな時だ、カーテンを潜り、ロイが姿を表す。


「やっときたか、連れない奴だな。完璧な罠を仕掛けられるのに遅刻とは、弛んどる」

「俺は仕掛けてない。仕掛けたのは、お前の獅子奮迅の活躍、それを支えていた3賢者の1人だろう? 俺は情報を流しただけ、誹謗中傷はやめろ」


 カーテンの先、そこから見える光りが、構いに来た訳でないと伝えてくる。


「ロイ、ここから離れるのか?」

「ああ。お前の母、ライラ様が追ってくる。それを引き付けないとな」


 身体を動かし、拘束具の擦れた音で彼を非難する。


「なんだ、グラム」

「話相手がいなくなるじゃないか? 俺に寂しい思いをさせる気か?」

「安心しろ。さっき言った賢者様、彼が引き継いでくれる」


 彼がカーテンの奥に消えた直後、風が入り布を捲る。僅かに見える外の景色。そこには、馬車から飛び降りようとする、ロイの姿があった。

 

「俺達の復讐はこれで終わる」


 間違いなく、俺に向けられた言葉。彼の目と合う。その瞬間、ロイの表情が和らいだ。

 

 彼が馬車を降りてから、さしたる時間が経たずして、1人の人物が乗り込んでくる。


「やぁグラム将軍。死ぬ前に帝国ガイドはいかがかい?」

「お前との取引、その条件は恨みっこなしだったな。3賢者の1人、ハイド。なら受けようかな? できれば美味しいものもセットで」

「喜んで。なら楽しもうか? 死までの直球便を」


 現れた人物は、帝国の三賢者ハイド。俺と秘密裏に手を組み、情報を売り続けた悪もんだ。

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