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終結


「グラムをどこにやった?」

「おいおい嬢ちゃん。お前じゃ、俺とやるには早えよ」

「落ち着けよレイちゃん。流石に俺はやりたくないな。サイモンとライド、お前ら2人とは」

「噂は聞いている。自称世界一の射手、アレイスター」

「あらら、俺も全力ださないといけないか?」


 レイとライド。アレイスターとサイモン。彼らは向き合い、火花を散らす。それだけではない、帝国軍と連合軍、両者の戦端が開かれる……その直前か? 世界に実態を取り戻したのは?


「ふむ、時間としては十数分か?」


 遠くに見える魔神の残骸。酷い有様だ。全身刻まれ、焼き焦げ、頭部は消し飛んでいる。ただ俺にとって、魔神の残骸こそが時間を測れる唯一の物体。


 そこから割り出したのが、十数分という時間。


 ジークの亜空間で半年過ごしたが、髪や身長が伸びた形跡はない。色々面白い体験が出来たが、二度と出来ないのは名残惜しい。


「貴様、ジーク将軍はどうした?」


 姿を見たライドは声を荒げる。彼にサムズアップをし、応える。


「死んだよ。死体は……どこかに飛んでいったが」


 亜空間が消える際、ジークの遺体を回収しようと思ったが触れられず、どこかに消えてしまった。


「殺す」

「待てライド、落ち着け」

「離せサイモン、俺は今、コイツと勝負をつける」

「いい加減にしろ。周りを見ろ、俺達の兵は既に折れている」


 ジークの死を聞いた直後から、帝国兵の目に生気が無くなる。戦えはするだろう、この作戦に選ばれた凄腕だ。しかし、連合軍に勝てるかは怪しい。


 ジークの死は大きな損害。これだけで、帝国軍は負けと言っていい。この上、ライドや工兵までも失ったら、サイモンも責任を追求されかねない。


 だから必死に止めている。彼の目は、これ以上煽るなと俺に訴えている、かのようだ。


「近い内、再び戦うだろう。その際は前座として、2人纏めて食ってやる」

「前座だと? ……それとお前、何故以前と変わらない」


 ライドは、サイモンの拘束を逃れられない。いや、抜け出さない。本人もわかっている。流石は、戦場に巣食う男だ。


 敵が強いほどやり甲斐がある。俺が表情を緩めると、ライドは目を開き驚いた。


「なんだよ、まるでジーク将軍が、格下みたいじゃないか?」

「っち」


 これは俺の失策だ。強敵を倒すと人は存在感が増す。倒したことが理由ではなく、苦難を乗り越えたから、という説の信仰者、それが俺であるが。


 彼らの中では、ジークの魔法は絶対だ。方法はわからないがそれを討ち取った俺は、手が届かない化け物になった。ジークへの信頼も加わり、思っても無理はない。


 だがライドは気付いた。俺が魔法に呑み込まれる前と何も変わっていない。それはつまり、俺が元からジークより強かった、その証明になってしまう。

 ライドからしたら、そちらの方がショックだった筈だ。


(ま、俺の想像だがな)


 座り込み、焦点の合わぬ目でこちらを見ている。


 心を折ったか? だがこの折り方は良くない。あれはバネに出来る折り方だ。次にあった時、ライドは強くなっている。腕は勿論、プライドを捨て勝利に撤する強敵に。


(欲をかいてはいけない)


 戦争が長引くなら、ここで仕留めるべきだ。しかし、何年も続く争いではない。俺達が目指すゴールは、最初から帝国強さの基盤、夫婦龍なのだから。


 *


「ふ〜〜ん、人気者になっちゃって」

「なんだ嫉妬か? 可愛いところあるじゃん将軍」

「からかうのはやめろ、アレイスター」


 俺達が居るのは、帝都にあるセーフハウス。ただし、レイに与えた魔剣、それが保管されていた場所ではない。あの場所が埃に埋もれていた理由、それは普段使わぬ場所だから。


 ここは各地から集めた情報や密かに行なっている資金繰り、それらが纏められた秘密基地というのが正しい。


 そして俺は、机の上に足を伸ばし新聞を呼んでいる。対面には軍服ではない、狩人姿のアレイスターがいた。


 レイは有名になり仕事が増えた。慣れぬことが舞い込んでくる、その救援の意味も込めて、彼を側に付かせていた。


「グラム将軍の名は王国内では不動のものだが、同盟内だと、他国のお偉いさん程度の認識にまで落ちるからな。帝国は別だけど」


 渡された新聞は帝国の物。それは長年国に従事した、ジーク将軍の葬式を、大々的に行なったという内容が書かれている。


 新聞に書かれた、ジーク将軍の死亡理由だが暗殺らしい。よくよく読んでみると、移動中に現れたシルバード王国将軍、グラムに奇襲を受け死亡した。


「ま、それを捕らえられない時点で帝国軍の失態ではあるが、暴走の責任と考えれば、泥を被るだけでいいのは安いか」


 写真まで丁寧に貼られている。これは捏造。とはいえ公共に出すものだ、グロ写真を乗せるわけにもいかない。


「で、理由になっていないぞアレイスター。ここには、余程の事が無ければ近づくなと命令していた筈だ」


 怒ってはいない。値する理由でなければ危機管理を教えねばらなない、と目で問うた。それほどまでに、この場所に眠っている情報の数々は、抑えられては不味い。俺が企てている計画に数週間のズレが出るほど。


「最後の確認とお願いに。グラム、友人として聞く、本当にやるのか?」

「無論だ。ジーク将軍を殺した瞬間、引き返せる最後のチャンスは過ぎた。これは、俺と帝国の生存競争に変わった。もし降りても、俺は一生命を狙われる」

「真の宿敵か。わかった」


 アレイスターの真っ白い、素直な表情。心の底からの納得を表した後、彼は跪く。


「最後にお願いです。山ごもりに行く許可を下さい」

「最後の仕上げか?」

「はい。レイちゃんに教えられる事はもうない。それに俺自身、最近剣に頼りすぎている。そろそろ、仕上げに入らないと不味い」


 弓を握りしめるアレイスター。


 戦場ではこだわりを捨てる事も重要だ。弓が得意だからといって、中距離で矢だけ放ってもしょうがない。時には剣を持ち、味方の援護や戦線意地の為、犠牲になることも頭の中で覚悟しなければ。


 レイの補佐をやらせたのだ。彼女の戦闘スタイルが近距離戦な以上、援護の為剣を握って前に出ること、それを強いられる場面も多かった。


「わかった。ただ、所在だけは露わにしてくれ。出ないと連絡の取りようがない」

「大丈夫です。準備だけはやっていきます。それとグラム将軍、怖くないんですか?」


 彼が部屋を出る直前、問うてきた。


 優しい奴だ。彼の目は心配そうに俺を見ている。怖気付いたかの心配ではない。心に負担は掛かってないか? 出来る限り分かち合うと。


 ま、やめろと言わない時点で、彼の欲深さも手に取れる。だが大丈夫、答えは決まっているが、今回は少し、本音で話そう。


「怖いさ。でもな、それを乗り越えないと俺達に勝利はない。ならやるだけだ」

「意外だな、打ち明けてくれるなんて?」

「特別だぞアレイスター。お前は、俺が全てを預ける相手だ。だから、隠し事は無しで行こうと決めている」

「それはなんというか、小っ恥ずかしいな」


 言い残すと彼は、逃げるように部屋を出ていった。


「ピュアだな、まったく。いい大人が何をしているんだか?」


 そして俺は、表面を机で隠した写真立て、それを上げる。そこには3人の姿があった。父さんに自分、そして……。


 この写真程、運命を感じる一品はない。旅の商人と取った写真。当時の俺は、その商人が父だと気付かなかった。それが今になって送られてきたこと。その意図には、色々と考えてしまう。


「もうすぐだ。もうすぐなんだ」


 我ながら夫婦龍討伐に、重いものを背負ったと笑ってしまう。最初は、強者として生まれた以上、頂上を目指すというありふれた目標だったはずが。


「ここまで来た」


 それを最後に俺は目を瞑る。思い出すのは、アリスでもなく、レイのことでもない。まして夫婦龍ですらも。


 俺と共に作戦を描いた。最初から、そして真の意味での共犯者を。

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