レイの冒険。そして…… 1
レイ視点
冬を迎え、始まっていない戦争は休戦となる。その理由は食料にあった。
多少の食料。その採集をしながら保存食で凌ぐ。春や夏、秋に比べれば、徴収できる兵站の量は少ない。
さらに寒さから来る体調管理の難しさ。戦争中ならともかく、開戦前なら冬が過ぎ去るのを待つべきだ。
愚者でもない限り、当たり前の発想。余裕があるなら尚の事。
「何をしてるんですかグラム?」
王都郊外の森。そこで上半身裸の彼に声を掛ける。
「見りゃわかるだろ」
大岩に剣を突き刺し、彼はじっとしている。
問題なのは位置。岩の縦面に剣を突き刺し、垂直で耐える彼の姿があった。
「そういう意味じゃ」
やっていることは理解できる。
身体を震わせ、鼻水を流す。誰が見ても馬鹿のやる行動。その真意を聞いているのだ。
「予行練習」
「えっと聖剣でも抜くんですか?」
「俺が抜くなら邪剣だ。……今年の春かな? いずれわかる」
彼の苦笑い。寒さとは別の意味で、身体も縮めている。
「何を恥ずかしがっているんですか?」
「何ってそりゃ」
彼は剣から手を離し、私を見た。そして我慢出来ず蹲る。
「やっぱ恥ずかしい。あれだけ自身満々に”今年でケリを着ける”と偉そうに言っていたのに。来年に持ち越しだぞ」
「その話ですか」
確かに彼は宣言していた。帝国との戦い、その結末を決める事件、それを見せてやると。
「来年にズレても問題ないですよね。貴方以外に出来る人はいない」
彼は溜息を吐き立ち上がる。そして呆れ顔を送った。
「レイには計画を教えてないのに、何故、信じられるんだか?」
「貴方だからですよ」
「あっそ」
背中を向け、剣の元に彼は戻る。不貞腐れるような足踏みで、雪の絨毯を凹ませる。それを微笑ましく見守った。
「あ、縁起悪いな」
彼が剣に触った時、石が横に割れた。
「縁起悪いって。剣を突き刺しといて、何を言っているんですか? せめて偶然に頼って下さい」
「まぁな……それとレイに計画を教えない理由だがな」
自身の身長を有に超えた岩、それに彼は飛び乗る。そして岩の中腹に剣を突き刺し、しがみついた。
「お前は俺の事好きだろ」
「……そうですけど」
真正面から認めるには、羞恥心が残っていた。顔を赤くし、私は手を弄る。
「だから俺は、レイに計画を伝えない。止められるから」
「それってどういう?」
顔を上げ彼を見る。だが返事はなかった。そして日が暮れるまで目を瞑り、一言も喋らない。
今思えば、この日の出来事があったから、私は後の選択を取った。グラムの救出ではなく、彼の真実を明らかにするという選択を。
*
季節は3月。
変わらぬ鍛錬をするグラムから離れ、私は村を回っていた。
勝敗は準備の質で決まっている。その大切さは学んだからこそ、相手が隠すであろう芽、それを摘むため足を使う。
(国の為にか? ……これは建前だね)
魔剣をグラムから授かった。正直言うが、完全に扱えたとは思っていない。彼に追い付くため、今は経験が欲しい。
「100の訓練、1の実戦ってお祖父ちゃんも言ってたし」
「ガイルさんが使いそうな言葉だ」
そう言ったのは白髪の男性、名はディエゴ。私の副官である彼は、元々はお祖父ちゃんの下にいた人物。そして年齢は28歳。
始めての部下である彼は、頼りになる人材。唯一のの欠点は小言が多いこと。
(私、令嬢じゃないんだけど)
彼にも伝えた。
その度に「貴方には才能がある」「父や祖父を超える偉大な人物になる」そう御立てられ、言葉を呑み込まされた。
彼のことは嫌いではない。だが苦手な人物と私の中でレッテルを貼った。会話などは普通に出来る。良くも悪くも、ストッパーとしては最適。
「それにしてもレイさん、少し無茶行動だったと思いますよ? 馬車が数日来ないからといって、徒歩で移動するとは」
間違った判断、その自覚はある、なので冷たい手袋で耳を塞ぎ。
「……反省してます」
「次からは別の手段を取りましょう。例えば馬を借りるとか、移動用の魔法を覚えるとかね。想い人から貰った武器に注力するのはわかりますが、そればかりでは」
彼のたちがが悪い点。それは、私が失敗してから指摘する所だ。例え事前に気付いても、決して言おうとしない。
(そっちの方が覚えるけれども)
彼は魔法が得意だ。当然、移動用の魔法を覚えているだろう。それをあえて黙り、ここまで着いてきた。
街を出た直後に言ってくれるなら反感はない。
(街から出て一日経過してるんだけど、まったく、このタイミングで言わないでよ)
彼自身、労力を払っている。そこから伝わる期待、それが息苦しいのだ。私が毎度思うことは。
(頼むから教訓を作ろうとしないでよ)
それはそれとして。
「べ別に、グラムから貰ったのが理由で、魔剣の練習を頑張ってたわけじゃ」
「確かに貴方が得た魔剣は強い。強くなる近道はそこでしょうけど、他を疎かにして良い理由にはなりません」
「すいません」
彼が言うことは毎度正しい。そして未熟な私の指示であっても、迷わず命を賭けてくれる。
部下であり、魔法の師。兵士の先生。苦手なのは確かだ。それ以上に頭が上がらない人物、それが彼だ。
「で、本心は? 魔剣を使いこなす所を見せて、褒められたかったんでしょ」
「それは勿論。……は」
耳元でそう囁かれ、思わず本心を打ち明ける。
(グラム相手じゃない。だから大丈夫)
心臓が強く脈打つ、それだけに収めた。平静に努め、魔剣の能力で剣を生み出す。そして彼の首元に添えた。
「私は上官ですよ。何ですかその態度は?」
「素晴らしい、合格です。感情のコントロール、少しは物にしましたね」
彼は笑顔で手を叩く。
「はぁ。だからやりにくい」
溜息を吐き、剣を消す。
背を向け、目的の村に向かって歩き出した。
彼にとっては、全てが私を鍛える訓練。これでわかっただろう? 彼の事を苦手と言った真の意味が。
「そうだ。グラム将軍の前では存分に照れなさい。男はその方が喜びますよ」
「うっさい。今度ふざけた事をすれば、土の中に埋めますからね」
振り返らず吐き捨てた。人生の経験値が違いすぎる。だから無視をする、勝てないから。
(この見回りの途中でもう一度誂ってきたら、エリサさんに言いつけよう)
妻のエリサさんは普通の女性だ。行き過ぎた彼を叱れる、叱って効果のある唯一の人間。
前、彼の奥さんに相談した時のことだ。
「女心を利用するなんて。ディエゴは私が叱っておくので」
全面的に私の味方をすると言ってくれた。
(ふふ、チクってやる)
これを支えに、私は溜飲を下げるのであった。




