暴力の格
困った。困ったのだ。レオンの心意気は買う。しかし、彼が居ては狂戦士の転移陣は使えない。だから、突拍子もない策を使う。
「なんだこれは。俺達は死ぬのか? なぁグラム将軍」
「死なないですよ。ま、吐くかもしれませんが」
「吐くのか、よし任せてくれ」
テンションが高いレオンだが、無理もない。俺達は大砲、その砲身の中にいる。しかもただの大砲ではない。
シルバード王国が誇る戦略兵器、グラビティフォール。射程100キロを超える、特殊大砲の中に居た。
お察しの通りだが、俺達は玉になる。といっても防御魔法で周囲を包んでいるが。
「グラビティフォール。重力及び空気抵抗を無視できる特殊魔法兵器。燃費が悪すぎて、中々使えない国家の切り札」
「知ってる。でもよ俺達は人間だ。こんな薄い膜で身を守っても無駄だぜ」
彼は周囲を囲む防御魔法、それを掌底で叩く。
確かに、玉として無事射出できても、中にいる俺達が衝撃に耐えられる保証はない。
「そこは個々の努力かな。あと推進剤も必要だしな」
「俺が炎魔法で加速させろって? それは楽勝だ。なぁ、本当にやらなきゃ駄目か?」
「駄目だ。俺も心情的には失敗して欲しい」
「本気で言ってるのか?」
彼は眉を潜めこちらを睨む。作戦立案者が失敗を望んでいる。突き合わされる人間は、たまったものでない。
意味が違うと、胡座をかいたまま首を振る。
「いやね。後進の連中に申し訳なくて。一度、成功という実例が出来ちゃうと、後進の人間が同じことをやらされるかも。もしかしたら未来。これが都市間を繋ぐ移動法になるかもと想像すると、なんかやだなって。俺、馬車の旅が好きだから」
「なんかわかる」
「御三方、準備ができました」
レオンも座り互いに頷き合う。そんな中、防御魔法の外から叩かれる。軍服を着た男性が、敬礼をし声を掛けてきた。
「ご苦労。じゃ、そろそろ行くか」
「そうだな」
砲身から見える景色には、ギルベルト王の姿があった。彼は心配そうにオロオロと歩き、立ち止まる度に砲身の中を覗いている。それも砲台が発射姿勢に入ると見えなくなる。
「仕事ですよルドラ様。重力魔法を上手く使えなかったら、俺達は衝撃でぺしゃんこですから」
「わかってる。今、話しかけるな」
先程から無言でブツブツと、小さく呟くルドラ様に声を掛けた。
彼は既に、マニュアルを50週しているが決して手放そうとしない。
「発射体制に入ったな。ルドラもいい加減にしろ。前を見ずに、どう対応するんだ?」
「レオン……ああ、わかった」
砲身が傾き射撃体勢に入っても、ルドラ様の様子は変わらない。止めたのがレオンだ。彼の肩を叩き、サムズアップ。互に頷いた。
ルドラ様のメンタルケアができるのは、彼と婚約者のタルト様だけ。レオンが居て本当によかった。ま、2人とも、足の震えは隠せていないが。
「発射まで、3・2・1発射」
防御魔法越しなので熱さは感じない。しかし、衝撃波は尻を蹴り上げ、俺達の背筋は、否応なしに伸びる。
「かぁちゃぁぁぁぁん」
「クッソ。タルトと、もう会えないのは嫌だ」
別の意味ではしゃぐ2人。だが仕事はキチンとこなしている。ルドラ様は重力魔法で衝撃を緩和。お陰で俺達は原型を留めている。レオンは防御魔法の外に火を打ち出し、即席のブースターに。
俺にできることは、ぐんぐんと上昇する球体を維持すること。そして普段は見えない、上空からの景色を堪能する事だ。
「凄いなぁ。王都があんな遠くに」
「おお。全身全力」
「重力。上から下に流れる力。イメージイメージ」
防御魔法に貼り付く程の感動。それを、共有できる人物が居ないのが少し寂しい。2人とも仕事中なのだ、しょうがないか。
「あ、山に掠った」
「よし、高度を上げるぞ。速度も上がるぞ」
「なるほど負荷も上がるぞ」
そうか、ルドラ様に必要だったのはレオンだったか。それを確信出来ただけで、この危険な強行も価値はあるか。
*
地面を抉り、木々をなぎ倒す。減速する為、前面にブーストを噴かしたが駄目だった。男3人、内部で跳ね回る。
唯一の救いは、吐くのが遅れたこと。魔法解除後に2人は俯いて嘔吐。他の奴らとは違い俺は吐かなかったかが、頭がぐるぐる回る。数分は動くことが出来なかった。
「ともかく、誤差範囲で着いたな」
目標まで5キロ以内。着弾音をド派手に鳴らしたが、なんせ前例の無い移動方。隕石が落ちた、魔物が暴れた、調査または討伐のため、兵士が送られても刺客だとは気づけない。
「奴らの怠慢さを見るに、送っても明日か」
シルバード王国の価値観では、流星は吉兆の証。尚の事奢る。
「お前ら、そろそろ行くぞ。今日中に方をつけるんだ」
「わかった。ルドラ立てるか?」
「レオンも、大丈夫か?」
互いに肩を貸そうとしているが、その実態、どちらの足も震えている。抱き合うだけ抱き合い、しかし前には進めない。
「ナマクラ仕事だ」
右ポケットから小指の第一関節程の大きさ、人が見れば剣のレプリカと勘違いする。そこまで収縮させたナマクラを取り出す。次第に大きくなり、刀身はボート程度まで成長する。
「高貴なるお方たち、これに掴まれ。刃部分に触れても切れないから、安心して乗ってくれ」
「あ、わかった」
「失礼する」
2人もわかっているのだ。意地を張れば時間が経ち、好機が逃げる。そして俺達は歩き出した。
山頂まで苦戦はなかった。斜面が緩やかな山であった為だ。むしろ下る時が大変だった。主に、ナマクラに乗った2人が。
「落ちる、落ちる」
「クソ、足よ動いてくれ」
俺が坂道を駆け下りたのが原因なんだが。時間を掛ければ2人は回復するだろう、この目測が外れた為だ。
急いだ事もあり、坂道は物の数分で終わる。今も走っているが、彼からの不満はない。その理由だが。
「グラム将軍。先程から気になっていたんだが、剣がどんどん、際限なく長くなっている気が?」
背後を見るとレオンの口が痙攣している。彼は半分の目で俺を見る。もう半分は後方。正確には、自身の足元から背後にある、石の刀身か。
「今後の準備ですね。着きましたよ」
そして俺達は、ストムダイ要塞に到着した。1つの都市よりは小さい、それも多少。
それを囲む城壁は堅牢、魔法を何百発発打ち込んでも崩せるか怪しい。まさしく近代の要塞。物理より、魔法に寄った防衛意識。だが、大砲一発で沈む軟さでもない。
「さてレオン、要塞から攻撃が飛んでくるまでの時間は?」
「完全奇襲状態でおよそ5分。第一陣のみだが」
「ありがとう。さてルドラ様、誰が要塞を落としたか? 明確にしないといけません。5分以内に大仰な物をお願いします。俺は」
彼らを地面に降ろすと、頭より上の位置で、剣を横軸に回す。剣を回す動作が大きくなるに比肩し、ナマクラの刀身も伸びていく。
「ふぅ、反逆者ダイオス。王太子ルドラが、貴様の悪しき野望を打ち砕きに来た。無実な貴族を殺し、王国の財産を奪った。さらに帝国と通じ、王国を滅ぼそうとした事、万死に値する」
ルドラ様が王太子なる。それが決まったのは出発直前。これが初仕事だ。話している内容はテンプレそのもの、普通なら文句は出るが、所詮は聞くものが限られた宣誓だ。厳しく審査する必要はない。
「それだけか? 後4分40秒」
「言えるか!!」
「音声入ってるぞルドラ。恥をかきたく無ければ、らしい事を言え」
魔法及び、その他の対処はレオンの仕事。ちなみに、茶化しも彼の仕事である。
「待ってくれ。はぁ、正直言おうダイオス。僕は貴方に憧れていた。武の才能は勿論、戦場での状況判断、人を導くカリスマ性。内政も出来ない訳じゃない。貴方に足りなかったのは懐の深さ。選民思想を掲げる貴方に、国を任せる事は出来ない。それさえなければ、ギルベルト王は貴方に国を託したでしょう」
「貴様、俺を馬鹿にしているのか? 王に認められる必要などない。俺こそが王だ。生まれながらの」
予想の範囲内、ダイオスは魔法で言葉を返してきた。
声色に感情はない。当たり前を言っている、平坦な物だ。
傲慢だ。歴史こそが強みの特権階級が、それを否定すれば、何も己の手には残らない。それがわからないから駄目なのだ。
ルドラ様も同じようで、聞きながら首を振っていた。
「もう、貴様と話し合うつもりはない。全てが終わったのだ。グラム将軍、終わらせろ」
時間としては残り2分。制限時間は宣誓布告の時間であり、戦闘準備完了の所要時間ではない。
「今、入った情報だがな。ルドラに裏切り者のレオン。そして将軍グラム。敵はたった3人だけだ。その程度の数で、どうやって要塞を落とす? 兵士達よ生け捕りだ。俺の前に彼らを連れてこい」
ダイオスの宣言に、盛り上がる兵士達。それに疑問を覚え、時間を使うがてらレオンに聞いてみる。
「なぁレオン。領兵はどうなっている? 権力に尻尾を振るう連中だが、盛り上がるのはおかしいだろ?」
仮にも元主を殺されている。恭順を選んだとしても、ダイオスの宣言に野望を燃やす人間は、少ないと考えていたのだが。
「ああ。ストムダイ要塞は、確かに父が管理をしていた。しかし、俺達が抱えている領兵は、村などの防衛のため出払っている。だから今いるのは、他所から集めたダイオスの私兵か、帝国に寝返った貴族達の、もう一つの連合軍ってわけだな。もし、家に雇われていた者達が寝返っても、俺は責めない。これからは、自分の命を守るために行動して欲しい」
「なるほどね。どちらにしても、よかったねレオン。お前の家、人望あるよ」
要塞の入口を開け、数百人の兵士がレオンに駆け寄る。合理的に考えても当然か。恭順を選んだ彼らは、一種の裏切り者。争いが起きたら捨て駒として、最前列に配置される。
変わらぬ命の危機。尊敬、もしくわ忠義があれば、求めるのは誰の下で命を使うか。最前列だからこそ、今回合流したとも言える。
「レオン様すいません。お父上を守れませんでいた」
「いいんだ。生き延びる選択をしてくれて、ありがとう」
「此度は最後まで戦わせて頂きます」
そして彼らは、俺達の前に陣を作る。
「いや、邪魔だから下がってろ」
「グラム将軍、何を?」
そして俺は、回転させていた腕を止める。ナマクラの刀身は天高く聳え立っており、周囲に比肩できる建造物はない。
「行くぞ。終わらせる」
俺の容姿は、赤黒い髪に真紅の瞳孔。鬼化を発動させている。
「「「な!!」」」
周囲に居た者達は、皆驚きの声を上げた。なんせ俺の一撃は、要塞の堅牢たる城壁を一撃で薙ぎ払った。剣を振るうどに、要塞の面積が小さくなる
大剣を上段に構えると、ダイオスがいるであろう本殿。そこに向かって大剣を手放す。
刀身が本殿を覆い尽くすほど巨大になっている。最後は斬撃ではない。荷重による押しつぶし。ストムダイ要塞は抵抗できず、そのまま潰れた。
「知れ、これが将軍グラムだ」
ルドラ様の宣言により、反乱軍の本拠地は落ちた。




