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将軍への道

ーレイ視点ー


 アドラを倒すとグラムは歩き出した。そして私の横を通り過ぎ、扉へと向っていく。私はその背に吸い寄せられ後を追うのだが、彼のある言葉が足を止めた。

 

「さてレイ。これでお前との関係も終わりだ」

「え」


 浮かべた笑みが消え、先程まであった高揚感は一気に冷める。


 怖かった。見限られたんだ。捨てられるんだ。そんな思考が頭に浮かぶ。アドラとの戦闘で、それほどの失態を私はしでかしていた。


「来ないのか?」

「は、はい」


 だが私はすぐに違うと気付いた。

 

 グラムは不思議そうに振り返る。頭を傾げるその仕草。そして悲しそうに微笑む、彼の顔が教えてくれた。

 

 今度はその理由が知りたい。再び歩き出す彼の背中を、自然と私の体がなぞる


 彼が向かったのは、ドラン砦3階にある外が見える広場。そこで空を見上げていた。


「ドラン砦の奪還、これにレイの同行を許したのは、軍に入るお前が死なないよう、命の取り合いでのルールを教えてやるためだ。ガイルへの恩と同村出身の義理みたいなものだ」


 彼はこちらを向くが、私は逆に顔を逸らす。そして消え入りそうな声で呟く。


「私も……同じ村のよしみで心配しているだけであって、別に……」

「そうか」


 私は意地を張っただけだ。恩義、そんなありきたりな理由なのかと、不貞腐れてもいた。そして帰ってきたのは彼の悲しげな声。それに私の心臓が縮んだように痛む。


 彼の落ち込んだ様子、それを無性に元気つけたかったが、私は理解している。私が持っている言葉や物、それでは彼に笑顔を届けるどころか、悲しみすら深められない。だから私は無言で下を見る。そして拳をグッと握り、今できる唯一の事である、泣き言を漏らさぬよう耐えるのだ。


 そんな時だった。背後の扉が開き、明るい声が響き渡る。


「おいおいレイちゃん、少し素直になろうぜ。それはそうとグラム、お前はこれからどうするんだ? 鬼化っていう切り札も使っちまったんだ。流石にニクス帝国に勝てるなんていう吹聴もできないだろう」


 ロイの言い分は間違っていない。ただグラムが嘘つきだ、そう言われたように私は感じ、思わず彼を睨んだ。


 「な、なんだよ、俺悪いことしたか?」と戸惑うロイ。

 

 私はプイと顔を背け、再び黙る。


「鬼化までなら問題ない」


 その気まずい静寂を破ったのがグラムだ。私とロイはそれぞれ彼の方を向く。視線がキツかったのだろう。彼は苦笑いをしながら頬をかき、話し出す。


「そもそも俺は身体能力特化の狂戦士じゃないからな。ま、ギリギリ許容範囲内、ロイ、計画は続行だ。それとレイ、勘違いするなよ。俺は先程、お前との関係はここで終わりだと言ったが、別にお前が付いて来れるなら、来ても構わないと思っている」

「じゃ、なんで?」

 

 反射的に出た声は上擦り、裏返っていた。そして私は驚く。これほどまでに縋った声は、今まで出したことがなかったから。


「いえ、何でもないです」

 

 私は赤くなるのを俯き隠す。耳も熱を持っており、自覚したらもう駄目。顔はますます上げられない。

 

 それでも私は、勇気を出して顔を向けた。彼にお別れだと言われてしまったから。顔を上げて見たグラムの表情は、屈託のない笑みだった。その笑顔に惹かれ、私は目が離せない。


 そんな私の気も知らず、彼は空に向かって指差し、宣言をする。


「でもな、もう地位が許さないんだ。次の作戦が成功すれば俺は一気に上へ行く。俺は将軍になる」


 この場にいるのは私達だけではない。ドラン砦にいた兵士、ニクス帝国の捕虜、彼らもこの場に集まっている。そして皆口を大きく開け、唖然としていた。 彼の宣言はそれほど荒唐無稽な物だ。ただここにいる誰も、無理だとは思わないだろう。彼なら出来る、そんな夢を見せすぎた。


 そして皆、口が塞がらず再び訪れた沈黙。 


「ははははは」

「レイちゃん?」

「おい、レイ。笑う所じゃないぞ」


 ロイさんの驚いた声。グラムの納得行かない眉。そしてこの場にいる誰もが、私を怪しげに見ていた。

 

 私は笑い声を上げながら、自身の判断が間違っていない事を確信する。


 グラムから向けられた表情。それは今までの、大人の余裕が混じった物ではない。私と同い年の、少年から向けられた物だ。


 なんとなく感じていた。グラムは私を保護対象として見ている。私が彼から等身大の人間として見られるには予想を裏切るしかない。だからどんな小さな事でも、今この場でグラムの裏をかきたかった。


 そしてグラムがした宣言、それにより私自身、多くの進展があった。


 彼に追いつき肩を並べる。それが私の願いだったが、今までは何を目標にするのか、何を持って並ぶと言えるのか、それが曖昧で、どうすればいいかわからなかった。


 しかし彼は今、将軍になると宣言をした。


(貴方が将軍となるなら、私もなる)


 お祖父ちゃんは言った。私には才能がある、成長すれば将軍になれると。


 お祖父ちゃんだけなら世辞だと切り捨てただろう。孫可愛さから来る色眼鏡だと。でも、お祖母ちゃんもそれに同意してくれた。


 大切な人が、出来ると判子を押してくれたのだ。なら後は登るのみ。拳を握りしめ決心を固める。


「で、どうなるんですか?」


 参考にするため、私は目を細め、上目遣いの挑発を彼にする。


 周りの息を呑む声。それら全てをグラムは、鼻を鳴らし蹴散らす。


「フン、内緒だ。後は待つだけだから安心してくれ。1月は掛からねぇよ」


 そしてグラムは砦の中に戻っていった。そんな彼を皆眺める。


「まったく、しょうがないですね」


 私は腰に手を置き、呆れた笑みを浮かべた。


 グラムという男は秘密主義だ。大切な事ほど口が固くなり、周囲を期待させる。だから諦めて、待つしかないのだ。



 それから1ヶ月後。ドラン砦は速やかに補修された。変化といえば、新しい責任者が赴任したこと位。


 まぁ、新しい責任者には同情する。従う人間がいない中、トップを張らねばならないのだから。責任者は貴族派だろう。つまり砦の兵士は、敬意を装ってもくれない。

 

 そんなことをして大丈夫なのか? 私は疑問に思い、兵士に聞いたことがある。


「あれからはな、嫌がらせにも体力を使う。それを教えて貰った」


 兵士達曰く、適度にサボってるから大丈夫だ。と笑顔で言っていた。


 皆それぞれ日常に戻った中、動きがないのは唯一人。


「まったく、グラムは何を企んでいるんやら」


 私は今、近くの村に住んでいる。剣の鍛錬がてらに魔物を倒し、その素材を売り、稼いだお金で空き家を借りていた。


 ロイから聞いた話では、事態が動くのはそろそろらしい。それを見届けたら、私は父の元に一旦戻るつもりだ。彼に並ぶための実績に実力、今の私には何もかも足りない。それを得るために、私は父の元で学び、歩みだす。彼の後ろについて回るだけでは、永遠に追いつけないから。


 村の酒場兼食事屋で注文をする。横を見ると、カウンター席が目に入った。そこはドラン砦に向かう前、グラムが座っていた場所だ。頬を机に着け、彼の姿を想像する。そしてコップのふちを人差し指でなぞった。

 

 思い出すのは、砦奪還後の行われた、彼の奇妙な行動。


「全く捕虜はいないだなんて、グラムも面倒な事をするな」


 グラムは敵国の兵士を偽装させ、ドラン砦に住まわせている。

 

 彼曰く。忠誠は恩義で作れる、そう言っていた。ここまでは私も理解できる、問題はその後だ。


「どうしてグラ厶がまた牢屋に」


 今回の戦いで兵士が亡くなった。面倒なのは、死んだ兵士が貴族派だったということ。


 ドラン砦の騒ぎ、それを鎮めて3日後の事だ。罪状は兵士死亡、その責任を問うため軍法会議を行う。それまでグラムを拘束せよ、と上層部から命令が下った。


 兵士という、命の取り合いをする職業。それに就いていながら何を言っている? だが貴族派の奴らには関係ない。権力を持ち、それを使って息子の仇を取れるなら、喜んでやるだろう。


 ただ私は言いたい。

 

 子供を死なせるのが怖いなら、軍人にするなと。


 貴族達からしても、自身の特権が届く範囲に我が子を置いておきたかった。そんな親心もあるのだろう。


「まったく、迷惑な親心だ。まぁ……グラムの自業自得な所もあるか」


 グラムは貴族派の兵士、その死に関わっている。これは紛れもない事実だが証拠は何も残していない。

 

 貴族派が出した証拠資料。それに私も目を通したが、すべて捏造された物だと断言出来る。


 それに証言者、クラム・リーゼンって誰? 砦で見たことないんだけど。そもそも証言が事件の1日後、王都で行われている。


 ドラン砦から王都へ辿り着くには馬で3〜4日必要だ。


 それに、ドラン砦にいた貴族派の兵士、彼らの状況を、なぜ王都にいる貴族達が知っているか? それは通信で喋った者がいるから。ちなみにグラムである。しかも兵士の死亡状況を、やたら細かく伝えている。


 そう、これほど早く事態が動いたのは、彼が仕組んだから。


「この状況をグラムが望んでいたっぽいし。そもそも砦はグラムの支配下」


 砦の兵士は彼に心酔している。「出してくれ」と一言口にすれば、直ぐに牢から出られる。

 

「まさか、牢屋で待てば将軍になれるの?」


 思わず吹き出す。だか彼ならやりかねない。


 私が抱いている気持ちは心配が半分。


「何をするつもりだろうグラムは」


 というワクワク感が半分だ。


 「不謹慎かな?」

 

 危機に陥る彼。それを楽しんでいる私は、趣味が悪いかな? 自問してみたが答えは。


「思わない」


 これは信頼の証。彼ならこの程度の危機を回避出るだろうという信頼だ。


「楽しませてよねグラム」


 緩む頬を押さえ、座席に現れる彼の幻影、それに私は手を伸ばした。

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