泥に塗れたダイヤを王子は見つける
(来たか)
地下牢にいた俺は、待ち人が来たと確信する。
足音でわかるのだ。軽い音、優雅なリズム。それは筋肉より技術に傾倒する、貴族などの特権階級が持つ独特な足音。そして金髪の男性は牢の前に立つ。
今更であるが、ここは地下である。光を取り入れる窓がない以上、光源はランタンなどの持ち込みの道具か魔法に限られる。今回はランタンだ。その光に反応したと、金髪の男性に思わせるよう俺は虚ろな目で顔を上げる。
男性は、予想通りの高価な服。まつ毛の長い整った顔立ち。そして彼からは、品定めをする目が送られてきた
「はーー」
眼の前の男性は一呼吸した後、こちらに挨拶をしたかったのだろう。だがその言葉は。俺の一言に掻き消された。
「来たか第4王子」
ニヤニヤと笑う俺。対して眼の前の人物、第4王子ルドラは大きく目を開いた。
驚いた王子だったが、直ぐに咳払いをし取り繕う。
「ごほん、自己紹介は不要なようだな」
「ああ、噂通り優秀だな第4王子、お前が一番乗りだ。そして野心がある」
無礼な物言いをした、俺にもその自覚はある。だがここでそれを咎めるようなら、俺は自身を売り込む気はない。
第4王子は弱小派閥。
プライドを傷つけられたと暴れるなら王には成れない。必要な時に泥を呑む選択ができない、手段を限定する男なら、これから先の王位継承戦は勝ち進む事は出来ないだろう。
「野心か、野心さ。悪いか!!」
ただこの怒りに関しては、ノーカンにしておこう。無礼な態度に感情を荒げたというよりは、自分の中にある大切な何かを貶された。彼が噴気した理由を俺はそう感じていた。
一応指摘はさせて貰うがな。
「冷静に、思慮の狭さは破滅を招くぞ」
「わかっている。だがな僕の愛をそんな野蛮な言い方にするな」
第4王子は腕を動かし、大声を上げる。そして鼻息を荒く吐き、俺に背を向ける。
それにしても愛、愛か。
俺は独りでに何度も頷き彼を見た。
「婚約者を愛しているんだな、そしてこのままだと」
「ああ、僕は婚約破棄される。因みに両思いだ羨ましだろう」
第4王子は胸を張り、不貞腐れたように顔を逸らす。それに俺は、「ハハハ」と感情のない相槌をする
しくったか? どうやら王子の、変なスイッチを踏んでしまったようだ。とはいえ、辛うじて感情をコントロール出来ている。彼は直ぐにこちらへ向き直り「済まない」と眉を八の字にして落ちこんでいた
「僕の母は国王の御手付きが原因で僕を身もごった。だから僕自身に後ろ盾と呼べる物は何1つない。そんな僕を憐れんで、陛下が辺境伯の娘を婚約者にしてくれた。彼女は優秀で国を憂いている。そんな彼女と共感し、互いに恋心を抱く事になったんだが」
「その婚約者を国の重鎮達は、他国の王子に嫁がせたがっているか」
「ああ、関係性強化のためらしい。最近のニクス帝国の行動、それがさらに苛酷になることを見越して。でも僕は」
「彼女以外は考えられないんだな」
「ああ、だからここに来た。国を守り愛する人をこの手の中に収め続けるために、お前を見極めるために」
先程の気弱そうに見えた第4王子がどうだ。力を貸してくれ、ではなく見極める。お前じゃなくてもいい、だからお前じゃなくてはならない、根拠を見せてみろと言い切った。
殺気とは少し種類が違う。だが相手を取り込むような圧迫感はアドラと同格。
「で、何を見せればいい?」
「覚悟を、だ。この国全ての王子を、敵に回せる覚悟を」
そう来たか。ならあれでいいか?
「いいだろう。俺がこのドラン砦の現トップを殺してこよう」
俺は立ち上がると顔を近づけ、檻越しに彼へと宣言する。
「は?」
そして第4王子は、間抜けな表情を見せた。そんな彼の態度に、俺は頬を膨らませ不満を表す。
「不服か? 今のトップは貴族派の人間だ。そして貴族の大部分は第2王子を支持している。流石に全王子に喧嘩を売るのは、第4王子の力を借りないと難しいが、忠誠を表すには十分でしょ?」
「だがどうやって? 俺はてっきり言葉で覚悟を示すのだと。ほらお前動けないし」
第4王子は、俺の両手両足に嵌められている、錠に目を向けた。
確かに俺は今、牢屋で勾留中だ。ここから出られない以上、トップの殺害など無理だ。そして王子は、俺は手伝わんからな、という苦笑いをしている
「そんな事か」
俺は口の中に隠していた鍵、それを手の平に吐き出す。それを歯で噛んで掴み、鍵穴に差し込み手錠を外した。手を外したら今度は足。先ほどとは違い手が自由、苦労もなく足枷を外す事ができる。
俺は自由になった手足を一度振る。感覚を取り戻しながら牢屋の入口に向かい、そして牢屋の扉を押した。こちらは鍵すらかかっていない。俺は牢屋を出て、第4王子、彼の隣に立つ。
「さっき言いましたよね、覚悟が出来ているかと? 残念ながら、お前を待っていたのは俺の方だ」
王子は口が塞がらない様子。やっと吐き出した言葉は。
「試されていたのは僕の方か」
俺はそれに頷き、階段を登った。そして未だ立ち止まる王子に向かって、首だけ振り返り、顎を跳ね上げ「行くぞ」という合図を出す。それに反応し、王子は無言で着いてくる。
さて、ここで振り返ろう。俺が牢屋を出なかった理由、それは第4王子の興味を引くためだ。
ドラン砦が帝国に占領された。それを奪還した勇士のリーダーが、貴族の謀略で命を落とそうとしている。貴族の手を強くは借りれない、第1、第3、第4王子は、強い手駒が手に入ると、間違いなく動く筈だ。そしてその勇士がじゃじゃ馬であったとしても、言うことを利かせるられる方法までもがセットでついてくる。これほどお得な買い物はない。
その言うことを利かせる方法とは、命を救った恩のことだ。恩とは偉大だ。定石として、相手を自陣に引き込む際には、明確なメリットを引き抜く対象に提示しなればいけない。だが恩があれば、それらが必要ない場合が出てくる。さらに、冷遇さしなければどんな苦行にも従ってくれる。
ここまで来れば、美味しい配下候補に俺が見えるだろう? つまり俺は、自身を競売に掛けたわけだ。
「僕は合格か?」
廊下を歩いている時、王子は問うてきた。俺は試験結果を発表する
「王子達の中で一番最初に俺の下に来た、その時点で9割合格だ」
「そうか、ありがたい。それにしても……」
王子の目は、廊下左右の壁際に向けられる。そこには敬礼をする兵士達の姿が、ずっと先の通路まで続いていた。恐らく目的地の執務室まで途切れないだろう。
これに関しては、俺はなんの指示も出していない。ただ、廊下とは人が通る場所だ。俺が牢を出た、それを見た兵士の1人が周りに伝え、他の兵を呼び寄せたのだろう。
そして皆、俺に尊敬の念を送っている。
(やっちまったか)
王子は、無意識の対抗心から足を早め、俺の前を歩く。 その直後、周囲の兵士が殺気立つ。
普段の場所なら問題なかった。むしろ推奨されるべきことだ。王子も幼少期から刻まれた常識だろう。だがここはドラン砦だ。権力者たちの被害者が多く集まる場。開放された今、兵士達の中では権力者への嫌悪感が、一段と強まっている。
それに平民にとっての王族、それは貴族の親玉という認識だ。そんな王子がだ、自分達が敬愛するトップの前に出た。これに良い気がする人物はドラン砦にいない。
そんな中でも、王子は気丈に振る舞った。猛獣の中にうさぎが1人。顔を青くしながらも動じない。それに、俺は思わず感心した。
(しょうがないな)
俺は王子に駆け寄り肩を組む。
「お前、何を……」
強引な手段に、非難の目を送る王子。だが、兵士から送られていた威圧感が和らぐ。
「ま、受け入れろって。楽だろ、その方が」
「確かに、感謝する」
王子はその意図に気づき、胸を撫で下ろす。
そして俺達は、目的地である執務室に着いたのだ。
「行くぞ」
「ああ」
第4王子も理解している。これは互いを裏切らせない為、必要な儀式だと。




