第二章・再来⑥
目の前のスミレとか言う外敵の一撃を弾き、そして一閃を振るって両断。しかしそれは陽炎で、煙のように散って消える。
それは一つではなく。一つ、また一つと陽炎が襲い掛かり、縦・横・斜めに一刀。三度振るわれた太刀は陽炎達をかき消す。
「増えた……」
しかし次の瞬間、そのスミレの陽炎らしきものがまたしても続々と姿を現し、思わず眉間に皺が出来る。そのくせ攻撃そのものは本物。つまり斬られたらその通りに傷がつく有幻覚なのだからタチが悪い。
「未来ちゃん!」
「はい!」
そう小さく裂かれた服を翻し、降りかかるものを軽く一太刀浴びせて消し去りながら呼びかける。返事がすると、真里華の頭上に影。
未来は真里華と入れ替わるように着地し、フェイルノートを横に持ち替え、弦を引き絞る。
「――――」
歌い始めると歌声は力となり、一〇の光の矢が番えられる。指を離すと、矢は陽炎を貫き、さらに矢は枝分かれするように分裂を起こして、多くの幻影が消えて無くなっていく。
その時、真里華の視覚外――後ろから突如地面が鋭く尖った槍のように盛り上がり、その背を貫かんと迫っていた。
「させない」
しかしそれもプラズマが起きた瞬間に砕かれたと思えば気付けばそこに来華がいて、電流走るガラティーンを振り向き様に真里華と入れ替わり、貫く。
するとそこには小さな小さな蝶がいて、陽炎とは違い溶けるように消失し、なんとなく陽炎の数が減った気がした。
「……なるほど。媒体を魔力で出来た蝶に鱗粉をばら撒き、肌に付着させることで体内に侵入し、視界をジャックする魔術か」
支配と幻影を兼ね備えた魔術。
楓はその魔術の正体を見抜き、だがそれを実害があるまで傍観していた。これがそもそもの楓のスタンスなのだ。
それにしても……。
(随分とまぁ、たった二ヶ月程度学んだだけにしては綺麗な太刀筋だ)
ただ一点を突き詰める事の出来る、正統派の天才。たった一つを極限まで高める事が出来る純粋な才能。
「赤羽氏、そんな偽物を斬っていてはキリがない」
――ならばそれを活かせるよう、背中を押してやろう。
「じゃあどうしろって言うの?」
「――目を瞑れ」
言われた通り、眼を瞑る。
その隙を突いてきた物の道を、ステップするように明が阻み、力任せにルーンルインを振るい消し飛ばす。
「心を研ぎ澄ませ。耳に頼るな、鼻に頼るな」
沙良は真里華の周囲に浮遊する刀が守るように停滞させ、ナタリアは能力を付加したコインをいくつも周囲にばらまき、爆発する。
――スイッチが入る。周囲が何もなくなったように心が静まる。
「そしてスミレを――君が探すべき敵の〝気配〟を探り出すんだ。――大丈夫、この場にいる騎士達は性質上出来ないだろうが、君なら出来る筈」
――聞こえない。だけどどうしてだろう、彼女の言っている事が理解できる。どうやって、と何故か困惑する事もなく。意識の感じ取れる範囲が広がり、探る、探る。すると真里華の頭の中で、モノクロの空間が見え始める。
その時、明日葉は別の堕ちた探索者・ローラ・オブライエンを創喚。
持ち手が二つある剣をそれぞれ手に広げ、ハサミと化して陽炎を真っ二つにし、ミラーナは轟音吼えるチェーンソーを振り回し、バラバラにする。
「――見つけた」
そして、一際気になるソレをに向かって目を閉じたまま走り出すと、そのまま跳び出し椿の一閃!
「――見事」
その一撃は空ぶる事なく、甲高い音と共に遮られる。
「余と盟友の楽しい二人だけの殺し合いを邪魔する有象無象というのは撤回し、認知しよう。
――汝は、余を邪魔する外敵なのだと」
幻影を解く事無く見破られたスミレは、盾とした化石の短剣を振るい一刀を払う。そんなスミレの顔から、笑みが消えていた。遠くに配置していた魔力が抜かれ消えていくのを察知したからだ。
しかし一体どういうことだ? 拓海は神秘を知っていたとしても自力でどうにかするようなことは出来ない。時亜はそもそも論外。騎士に関しては、似てるようでベクトルが違うので、処置したところであまり効果がないはず。
では――と、ここでこの場にいない女一人を思い出す。
(……そうか。あれは同業者だったのか。余からすれば蛍の如き微弱な魔力。故に捨て置いたが、その実、その取り逃した魚は本命だったということか)
「――どうやら、今日の内に同志が死ぬことはなくなったわけだ」
「……の、ようだな」
同じく察知した安堵の色が見える楓の言葉に、苦々しい表情を浮かべ、肯定する。
「……致し方なしか」
そうポツリと呟くと、空いた手に持つ杖を振るい、魔術を放った。
***
櫂に向かって放たれる、弾丸の嵐。
それは歪な剣によって弾かれ、いやかき消され、一瞬の途切れの隙に大きく跳躍。
「ヒャハァア‼‼」
その途中でまた跳び、身の丈に合わないその灰色の右腕を大きく振るう。
「ッ!」
それに対し、美月は時亜を抱えて大袈裟に跳び退く。入れ替わりに上空に跳び上がるとスヴェートをバズーカへと変換する。大砲を置き土産に発射して、櫂の着地と同時にその足元に着弾。爆発が起きると、そこは砂埃が霧のように見えなくなった。
〈――気を、抜くな……! あの程度でどうにかなるとは、思えない……! だってアレは――〉
〈えぇ、分かってるわ〉
拓海の苦しそうな心話に、美月は応える。
あれだけの身のこなしが出来る者を、バズーカ一発で終わるような普通の人間だとは誰も思わない。
それに――創喚者で、あの理不尽に近い能力を持つ術を、この場にいる者全員が既に知っていた。
〈あれが青の創喚者の《応歌》と同じ《唯能》だろう、ってことくらい〉
唯能――正式名称・唯一能力。
一定のレベルと、それぞれ決められた条件を達する事で解放される、創喚書に備わった隠し機能。かのステータスで空欄になっていた部分の一つだ。
本来であればその身では戦えない……それどころか狙われたらその時点で危機的状況に陥る程欠点となり得る創喚者への救済処置となっていると思われる機能。
能力そのものは、創喚者それぞれ千差万別と、非公式であるが同じ文芸部の中で唯一解放された未来の創喚書に書かれている。だがそれは、どんなものであれ、あるなしではまるで違う程のアドバンテージがあった。
(青の創喚者……未来さんの唯能である、歌詞やその言葉に想いを乗せて歌う事で、それらしい効果を与える事が出来る《応歌》のような妙な能力であってもそれは変わらない。
強くなる事を思わせる事を歌えば、デメリットなしで兄貴の限界突破並の身体強化が施され、
逆に弱くなるように歌えば、美月たち騎士でさえ現実の人間の身体強化にまで下げてしまえるような規格外なのだから)
本当に、今は味方で良かったと心底思える。
「まぁ、そうであるなら、あの男の唯能だって同じことが言えるんだけど」
そう美月は呟くと、時亜は眉間に皺を寄せてため息を吐きつつ、「だよねぇ」と相槌を打つ。
(兄貴の方はその能力の正体に確実ではないにしても、大方察しがついてるみたい。でも、〝わたし〟は全くと言って良いほど検討が付かない。もうちょっとそういうことの勉強しておけば良かったかなぁ)
拓海に聞けば話は早いのだろうが、楽になっているとしても、心話ですらキツそうな状況で聞くのは流石に非常識だ。
美月はどうなのだろうか……? そう目線を向けると、「さて、ね」と有耶無耶に答える。
「どちらにしても、出来る事はあるわ。例えば、そうね――」
――そういうの関係なしに全部吹き飛ばせるくらいの火力で相手を文字通り消し飛ばす、とか――
その言葉を放つや否や、砂煙を掻き分け、櫂は美月達に向かって飛び込んでくる。
そしてそのまま、二人のどちらかに触れようと、灰色の右腕を伸ばそうとした、その時。
「従騎士創喚・《メサイア》《アストレイ》」
「イッ⁉ ギィ―――ッッ⁉⁉」
途端に、櫂の身体が急落下。地面に叩き付けられ、諸ともに押し込まれるように出来上がっていくクレーターの中で、倒れた状態のままあまり身動きが取れずにいた。
「それなら少しの間、こいつは僕に任せてよ。アレ、ブッ放していいからさ」
創喚書を抱えて言う彼女の櫂を見る眼は、極めて剣呑。
「……大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。お互いに良いところは今のところ見せられてないけどさ、少しは僕を信じてよ」
しかし、それも何処か愉しげでもあり、時亜の手の中で遊び、遊ばれている小さな〝二匹〟は、くすくすと笑みを溢す。
個人的なあれこれがあるとはいえ、倒せるとは思ってない。これといったダメージも与えられるとは思っていない。
でも良いのだ。彼女は恨みは有れど憎悪程ではない。このクソ野郎に責任転嫁して、〝わたし〟のストレス分の苛立ちを押し付ければ良い。
だから――
「小賢しく嫌らしく、悪戯に。僕らしいやり方で足止めしてみせるから」
そういう彼女の口元も、手の中にいる小さな小さな妖精さんのように、小悪魔のような笑みが浮かんでいた。
「――全く。こういうのは本来、立場が逆のはずなのだけれど、リョウとタクミに影響され過ぎじゃないかしら」
「かもね」
でも、悪い気分ではない。どのみちじり貧なのだ。
「……まっ。それじゃあ、任せるわ」
「任された」
分の悪い賭けに挑むのも、悪くない。




