第二章・再来⑤
狂笑する櫂は、人間とは思えない脚力で空高く跳躍する。
拓海は彼女らから離れるべく前方に進みながら、頭上の彼の右腕を見る。
櫂は騎士ではなく、この改編結界からして創喚者。つまり人間だ。それも拓海達同様、何の変哲もなかった筈。
だというのに、あれはなんだ?
(魔導師や魔術師であるなら、楓が注意するはず。だからそれはない。どこかにあるらしい聖遺物とやらを引っ張ってきたと言われればそれまでだが、あれはなんか違う気がする。それに、そもそも創喚書は一体どこに……?)
思考を回転させつつ、停止。それと同時に櫂が空中で方向転換して拓海に向かって弾丸の如き速さで跳んでくる。
拓海は反射的に迎撃しようと構え、
危険! 危険! 危険!
培ってきた経験が、創作者としての知識が警報となって鳴り響く。
「ッ!」
それに素直に従って右へステップ。限界まで伸ばされた灰色の腕を回避し、大きく後ろへ下がる、下がる。
そんな拓海に櫂は表情を変えないまま舌打ちを一つ。不気味を越えて恐怖すら覚える筈の今の彼に、拓海は何の反応も示さず一つ一つ呟きだす。
「汎用、変換。――加速」
詠唱破棄の拓海なりの応用。拓海を纏う身体強化の属性が変化し、身が軽くなる。
「拓海ッ!」
その時、亮の呼ぶ声が耳に入り、彼の望むように横へ跳ぶ。すると拓海の後ろには、いつの間にか亮がいて……。
「全自動発射!」
雨あられの如く、櫂に向かって弾丸を放つ。
刹那、櫂の前にもう一人の男――即ち騎士が姿を現し、そのまま跳躍。
「思った以上にやるみたいだねェ。でなければつまらない」
「では、どうするのです? 我が創喚者」
「そうだねぇ、ここは……」
宙で停滞する彼等はわざとらしく会話しながら、周囲に目を向け、一点に止まる。
それを見て、拓海の思考は一つの結論に至る。
(もし俺の予想通りなら……)
「やれ、夜叉ァ!」
「チッ」
拓海の舌打ちと同時に、彼の騎士・夜叉は櫂をその一点――時亜のいる場所へと投げ飛ばし、拓海は縮地で時亜の元へ急ぎ、ギリギリで到着。
しかし櫂も既に目の前。対処法はない。――だから拓海は後ろから付いてきていた物体――カリバーンを掴んだ。
弾く、弾く弾く弾く弾く弾くッッ!
襲い掛かるように振るわれる怪物の右腕をひたすらカリバーンのみで弾き、容易く出来た隙に懐へ潜り、加速から攻撃へ変換して空いた右手を拳に変える。
「っ」
その時、微かな眩暈。視界が揺れるのを無視してそのまま殴り飛ばす。
(ま、だ――ッ、⁉)
嘔吐く櫂へ追撃を試みようとしたその瞬間、鼓動が乱れ、強烈な眩暈と吐き気と言った不調が一気に襲い掛かってくる。
肉体が重くなったように錯覚し、倒れないようにカリバーンを地面に刺しながら、崩れ落ちるようにその場で座り込む。
「予想より、限界が、早い……っ」
今日の不調に加えて、一瞬息が止まったのが祟ったか、身体が一切いう事を聞かない。だというのに、頭はさっきに比べ良く働き、むしろ調子が良くクリアだ。
――それが逆に、どれだけ危険な状態にあるのかを示している。
(これは、ちょっとマズい……)
そう危機感を覚えているのは、拓海だけではなかった。
「チッ! とっとと墜ちろよ!」
そう意識が危険な状態にある拓海に向いたまま、亮は魔力の弾丸を上空で蚊のように飛び回る男に乱れ撃つ。
「それは聞けないなぁ」
なんて不愉快に微笑みながら、相手の騎士・夜叉はひらひらと避け、時折飛来しては黒い死神の鎌を振るってきてはそれを弾く。
今すぐにでも拓海のもとへ行きたいが、制空権を取られたまま助けに行ったところで、邪魔されるに決まっている。
邪魔されなかったとしても、彼らに一網打尽のチャンスを与えるだけ。
(相手が隠蔽も上手い強者なのは分かっていたが、どちらにしても拓海の側を離れるべきではなかった……ッ)
騎士が創喚者を一人で戦わせるなんて、非常識にも程があるというのに。それなりに戦えるようになり、限定的に騎士レベルになれる限界突破があるから、と油断していた。
(どうする、どうすれば――――)
「そういう時は誰かを頼れ。……動こうとしなかったオレ達が悪いんだがな」
「君は、ッ⁉」
弾丸の底が尽きそうになったその時、声と共に獣が獲物に襲い掛かるように突如影が襲来し、夜叉を無理矢理に墜とす。
地面に叩きつけられた夜叉は咄嗟に跳び退き、組み伏せようとしていた刹那は着地しつつ舌打つ。
「創喚者の秘密主義のせいですまない。遅くなったが、ここから先はオレ達に任せて、お前達は休んでいろ」
刹那は夜叉と対峙しつつそう言葉をかけ、それを聞いて亮は振り返る。
そこには、能面のような表情とは裏腹に真っ青な拓海に寄り添い診察している三笠がいて、何故かちょっと嫌そうな表情を浮かべていた。
「……この症状、確かに聞いた通り。このまま放置しては命に関わる。一応、塞がった入口を開くだけでもマシになるみたい。――仕方ない」
「あぁ、仕方ないな」
合いの手を入れてくる自身の騎士に呆れてかため息を吐いて、三笠は脚――正確には、昨晩刺された太ももに触れる。何やら呟けば仄かに光り、そこから瘴気のようなものが溢れ出す。
これは……。
「昨日感じた、魔力? それにこの光。三笠、お前」
「……衰退の一途を辿っているけど、魔導師や魔術師の家系は今でも残っている。その一つが私の家。
あの魔術師二人と違う、現代の魔導師。それが私。ただそれだけのこと」
それ以外の一般市民の大差ない。同業者からすれば、趣味かと言われる程度の実力。
「それでもこれは苦渋の判断。相対する時に手の内を知られているということは避けたかったけど、貴方が死ぬとマリが悲しむから。――《魔導執行》」
突如、空いた掌を後ろの斜め上に向け、気付いた亮も地面を蹴る。
すると、上空から跳びかかって来ていた櫂が、思いっきり腕を拓海達の方へ伸ばすと、物理的に腕が勢いよく伸び――
「言った筈だぞ。お前達は休んでいろと。オレ達に任せろと」
横からなにか小さなものが伸びた右腕を貫いた。
「あ、ギ、ヒィアッ⁉」
気味の悪い悲鳴を上げて血を垂れ流す右腕を戻し、同時に小さなもの――弾丸を抜け落としながら、落下していく。
「キモい――《火よ》」
そこに三笠が唱え指を弾くと、手のひらの中で魔方陣が展開。魔法陣から火花が弾け、起こるはずのない火が櫂を包み込む。
しかし、櫂は身を捩るだけでさっきのように悲鳴を上げることなく、次第に火は萎んで消えていく。
「やっぱり、魔導具や杖がなければこの程度。でも、問題ない」
「ええ、そうね」
肯定の声と共に、弾丸が再び飛来し、着地と同時に櫂は身体を捻るように回転。
左腕を振るい、身体に纏われた火と共に気付けば左手に持っていた歪な剣で払い斬る。
すると弾丸は弾かれると同時に崩れていき、灰のような砂と化した。
「……君達のような有象無象は引っ込んでもらえないかなァ? 殺しちゃうよ?」
「どちらもお断り。こちとら援護やら支援やら、銃士としては当然の役割とはいえ、活躍出来てる気がしないのよ」
「……それに、君にはなくても僕としても君に思うところがある。そう簡単に引き下がれるか」
そう櫂に言い返すのは、なぜか先ほど認識できなかった黒と白の狙撃銃を持った美月と時亜だった。
身体を軽く解しながら狙撃銃だった黒銃・チェムノターと白銃・スヴェートの二挺をサブマシンガンに変え、時亜も創喚書を抱え直し、あるページを開きながら、剣呑の眼差しで櫂を射抜いている。
「「だから」」
私の感を取り戻し、時亜の敵を討つ為に。
僕の憂さ晴らしと今後の人生の為に。
「「お前をぶちのめす」」
そう弾丸を放ち、櫂は鼻で嗤いながら、剣を振るい、
――火花が散る――




