開け放たれた禁断の扉と、歪んだ覚醒
高校を卒業し、世間並みに社会人となった私だったが、20代前半の数年間はただひたすらに仕事を覚えるだけで手一杯だった。
表面上はごく普通の若者として日常を過ごし、少年時代のあの「教室で全裸を晒された記憶」や「プールサイドでの羞恥」といったリアルな体験からは少し距離ができていた。
しかし、私の中の歪んだ性癖が消えてなくなったわけではない。
むしろ、表に出せない分だけ、脳内での妄想はより一層深く、濃厚に渦巻いていたのだ。
転機が訪れたのは、20代後半を迎えた頃だった。
休日のある日、吸い寄せられるように入った大人向けの書店で、私はあるSM系の雑誌に目を奪われた。もともと性的な主導権を女性に握られる「女性優位」のシチュエーションに強い憧れを抱いていた私は、吸い寄せられるようにその一冊をレジへと持っていった。
雑誌のページをめくると、そこには鞭や低温ろうそくといった華やかなSMの世界が広がっていた。だが、私が最も強く惹かれたのは「アナル開発」の特集だった。
ハードな道具を揃える必要がなく手軽そうだった、という現実的な理由もあった。しかし何より大きかったのは、背徳感だ。「普段は決して触れてはいけない禁断の場所」に自ら手を伸ばす罪悪感と、誰にも言えない秘密を共有するような禁断の扉を開ける感覚。それが、私のドMとしての本能を激しく突き動かした。
その日の夜、私はドラッグストアで買ったローションを手に取り、生まれて初めて自分の指先を濡らして、ゆっくりとお尻の穴へと挿入した。
普通のオナニーが、明確に異常な「アナニー」へと変貌を遂げた瞬間だった。
最初は当然、要領など分からない。ただ指を突っ込んでいるだけの感覚だったが、背徳感に背中を押されてやめる気にはならなかった。試行錯誤しながら自ら触れているうちに、「あれ……もしかしてこれ、ちょっと気持ちいいかもしれない」という感覚が芽生え始めていた。
だが、自慰の域を出ない作業にはすぐに限界がきた。「どうせなら、これを女性の手でヤられたい――」
そう思い立ってからの行動は早かった。当時はSM風俗やアナル責めといったサービスがまだ一般的ではなく、地方都市に住んでいた私にとって店探しは難航を極めた。約1ヵ月間、怪しげな情報を漁り続け、ついに「前立腺マッサージ」を謳うデリヘルを見つけ出したのだ。
事前の準備として、自宅でイチジク浣腸を使い、お腹の中をある程度キレイにしてからホテルへと向かった。
そして、ついに運命の瞬間がやってくる。
ホテルの部屋にやってきたデリヘル嬢に、私はさらに念を入れてホテル内でもイチジク浣腸をしてもらった。もちろん出すのはトイレなのだが、なんとその女性はトイレの中にまで入ってきて、私が排便する姿をじっと見つめていたのだ。
女性の目の前で恥ずかしい排泄行為を見られている――。
その惨めさと羞恥だけで、私の頭はクラクラするほどの興奮に包まれた。
プレイが始まると、私は部屋のベッドにすっぽんぽんの全裸で寝かされた。
一方で、相手の女性は可愛らしい私服を着たまま。その決定的な立場の差がたまらなかった。
自分だけが身ぐるみ剥がされ、着衣の女性に弄ばれ、犯されていく。
女性に主導権を完全に握られたシチュエーションに興奮し、指が入ってきた瞬間から、私は恥ずかしげもなく悲鳴のような喘ぎ声を上げていた。男の側が大げさに声を上げた方が、Sっ気のある女性は気分が乗って、より楽しそうに攻めてくれる。それが何より嬉しかった。
指から始まったその責めは、回数を重ねるごとに細いアナルバイブ、アナルビーズ、そしてより太いバイブへと、どんどんエスカレートしていった。
振り返ってみれば、私は10代の頃から「女性に無理やり犯される」というイメージにしか興奮できない人間だった。世間一般の男が好むような「男が女性を攻め落とす」というシチュエーションには、昔から一切興味が持てなかったのだ。
10代の頃の「おかず」を思い出しても、年上のお姉さんに優しく筆おろしされるシチュエーションか、あるいは女性に体を縛り上げられて無理やり襲われるようなものばかりだった。
特に、複数の女性に囲まれ、男一人が手も足も出ないままぐちゃぐちゃに弄ばれる展開は、当時も今も変わらず、私の最高の好物である。
生まれついてのドM。
少年時代のあの恥ずかしい事件から始まった私の性癖は、20代後半の風俗体験を経て、ついに完成形へと至ったのだった。




