変わってしまった世界
「おウチに帰りたいよ」
「外は危険だからダメだよ」
僕はレジ裏の椅子に、女子高生の雪乃と並んで腰掛けて話していた。
どこにでもあるコンビニ。24時間営業のはずが、自動ドアの電源は落とされ、シャッターも完全に閉められている。
「それに外では食べ物を探すのも大変なんだ。ここなら5人でも数ヶ月は持ちこたえられる」
「わかってるよ、でも怖くて……井上さん、わたしを守ってくれますか?」
「もちろんだ、君は必ず僕が守る」
「ありがとうございます。とても嬉しいです」
雪乃は微笑みながら僕の腕を両手で抱えた。平静を装ってはいたが、腕から伝わる柔らかい身体の感触に胸が高鳴っていた。
「あの……その、井上さんは、彼女は居ないんですか?」
「ああ、居ないよ。この上の階の部屋を借りて一人で暮らしているんだ。雪乃ちゃんは可愛いから彼氏はいるよね?」
「えー居ませんよ。もし居たら他の男の人にくっついたりしませんよ」
そう言いながら雪乃は頬を染め、僕の腕を胸元に抱え込みながら、上目遣いに問いかけてきた。
「ねえ井上さん、年下の……高校生でも、異性として見てくれますか?」
「いや、その……雪乃ちゃんは可愛いけど、僕ももうすぐ30になるオジさんだし、やっぱりそれは許されないから……」
年の離れた女子高生を恋愛対象とは思えなかった――正直に言えば、思ってはいけないと常日頃から自分に言い聞かせていた。
以前から彼女が僕に恋心を抱いているのは感じていた。とても可愛いし、瑞々しくムッチリした太ももや胸を見ると手を伸ばしたくなる衝動に駆られるが、なんとか理性で抑え込んでいる状態だった。
普段の社会なら、20代後半の僕が女子高生に手を出せば当然処罰される。
平常時……しかし今は、明らかに平常時ではない。外では死んだ人間が歩き回っている。そしてソレは人を襲い、肉を食らうのだ。
襲われた人間は絶命した後に再び起き上がり、歩き回る。まるで映画のゾンビのように。
「でもでも、今は普通じゃないです。ケーサツも来ないですし……」
「そうだね……残念ながら、警察や自衛隊ももう頼りにはならない」
この騒動は10日程前に始まった。
葬儀中に遺体が動きだして参列者を襲ったのが発端だった。その出来事は瞬く間に全国的なニュースになり、
"リアルゾンビ現れる!"
といった具合に、スポーツ新聞などの見出しに面白おかしく取り上げられていた。しかし現実は、世間が考えているよりも遥かに深刻になっていった。
全国で同じように遺体が動きだしたのだ。死亡した人間が100%の確率で再び動く事が判明し、政府から死亡確認後は即火葬の措置が言い渡されたが、火葬場の処理能力の限界や国民の危機意識の低さから、徹底されることはなかった。
襲われ、噛まれた人が1日ほどで死亡し、同じように動き出してしまうパンデミックが拡大。自衛隊や警察官の中にも感染が広がり、あっという間にこの国は崩壊してしまった。
しかし、テレビやネットでそれほど報道されていたにもかかわらず、この国の平和ボケは手の施しようがないほどで、初期の段階では通常通りに社会が回っていた。いや、正確には「回そうとしていた」と言えるだろう。どうすればいいのかが分からず、とりあえず学校や会社に出勤していたのかもしれない。
かくいう僕も、危機感はあったものの「誰かが何とかしてくれるだろう」と考え、シフト通りにこのコンビニに出勤していたのだ。
しかし、一昨日の朝からテレビ放送が完全に止まり、大学生の佐藤君が「町中にゾンビが溢れている」と血相を変えて飛び込んできたことから、店長が災害時以外は使わないシャッターを閉めて店内に籠城することを決めたのだった。
現在、このコンビニには出勤していた店長、佐藤、雪乃、パートの広瀬さん、そして僕の5人が立て籠っている。
「井上さんって、このコンビニの上の部屋に住んでいるんですよね? シャワーだけでも借りられませんか?」
「ダメだよ。勝手な事をして店長に怒られて、ここを追い出されたら大変だから」
「そうですか……」
雪乃は残念そうに下を向いて落ち込んだ仕草を見せる。それを見ると何とかしてあげたい気持ちになったが、今ここを追い出されては生きていくことすらままならない。
暫しの沈黙のあと、彼女は僕の耳元に手を添えて、ひそひそ声で話しかけてきた。
「やっぱり……夜になったら、2人で抜け出しませんか?」
「それは少し待ってほしい。僕だけが外の様子を見てくるように、これから店長に話そうと思うんだ」
「そんな……井上さん1人で行くんですか?」
「外が安全だと分かったら、次は一緒に行こう。僕は雪乃ちゃんを危険に晒したくない」
「お気持ちは嬉しいんですが……その……言いにくいんですけど……」
「どうしたの?」
「自意識過剰と思われるかもしれないですけど……前から店長と佐藤さんが、私の身体をエッチな目で見ているんです。だから、その、すごく不安で……」
雪乃は少し恥ずかしそうに、しかし切実に打ち明けてくれた。
彼女は整った顔立ちをしていて、喜怒哀楽も分かりやすく性格も良い。そして高校生でありながら、コンビニの制服の上からでも女性らしい肉感的なラインが見てとれた。店長や佐藤君がつい目を奪われてしまうのも無理はない。
「店長や佐藤君が雪乃ちゃんを見てしまうのは、君が魅力的だから仕方ないよ。だけど、ひとまずは2人を信じて欲しい」
「えへへ、その……井上さんも、私のこと魅力的だと思ってくれてるんですか?」
「そりゃ……君は可愛いからね」
「嬉しいです。私……井上さんなら……いいですよ」
雪乃は頬を染めて僕の腕に柔らかい身体を押し付け、こちらの反応を伺うように上目遣いで見つめてきた。
いいとは……関係を持ってもいい、ということなんだろう。
僕が望めば、この身体を自由にできるのか。
彼女が望むように、2人で僕の部屋に立て籠る選択も猛烈に魅力的に感じられた。
しかし、やはり外の状況が分からないのが恐ろしい。店長の反対を押しきって外に出て、もし部屋までたどり着けなければ、ここに戻ることもできず2人で外を彷徨うことになる。そうなれば生き残る確率は極めて低い。それに食料の問題もある……幸い、ここには十分な在庫が残っているのだ。
やはり、僕が1人で外の様子を見てきて、後から雪乃を連れ出すのが最善だろう。何よりも外のリアルタイムな状況を僕だけが握れば、店長に対しても主導権を取ることができるはずだ。
「雪乃ちゃん、僕は必ず迎えに来るから、一晩だけ待って欲しい」
「わかりました。ホントはイヤだけど……でも、次は絶対についていきますからね」
バックヤードの奥には、普段から店長が使用している事務所のような部屋があり、机やソファー、仮眠用のベッドなどが置かれていた。デスクのパソコンには監視カメラの映像が映し出され、録画もされている。
ノックをしてドアを開けると、店長とバイトの佐藤くん、パートの広瀬さんがソファーに座って話し込んでいた。
「どうした井上くん、何か起きたのか?」
コンビニはシャッターが閉まっていて客が訪れることはない。しかし暴漢や略奪の可能性を考えて、交代で見張りをすることになっていた。
「いえ、問題はありません。ただ、ひとつ提案がありまして」
「意見なら聞くよ。言ってくれ」
「テレビが止まって3日になり、外の様子がどうしても気になります。もしかしたら騒動が収まっているかもしれませんし、逆に最悪の状況になっていることも考えられます」
「逆って、どういうことですか?」
既婚者の広瀬さんが、訝しげな顔をして質問してくる。
「逆というのは、この国が再起不能な被害を受けていて、ここでの籠城が長期に及ぶケースです。もしそうなら、早めに長期間生き延びられるよう、上の住居の確保やさらなる食料の調達を考えなければならない」
「確かに、その可能性も考えておかねばならんな。それで?」
「僕が1人で外に出て、様子を見てこようかと思います」
「井上さん1人でっすか!? スゲー……俺は絶対行きたくないっすわ」
大学生の佐藤くんが驚いて声をあげた。
「君も危険は承知の上での決断だとは思うが、本当にいいのか?」
「はい。まずはこのマンションの状況を確認して、少しずつ探索の範囲を広げようと思います」
「なるほど……それと、言うのは躊躇われるが……もし君が噛まれたら、もう中には入れられないからな」
「はい、それも承知しています」
それから、店長に大きなリュックを借り、数日分の食料や飲み物を詰め込んで準備を整えた。
「明日には帰ってくるんだよね?」
「うん、その予定だよ。とりあえずはこのマンション内を調べるだけだから、明日には戻れると思う」
「井上さん、雪乃ちゃんのことは心配しないでくださいよ。僕がばっちり相手をしてますから」
「ちょっと佐藤さん、触らないでよ!」
佐藤が雪乃の肩に手をかけようとしたが、彼女はあからさまに嫌がる素振りをして身を引いた。
その様子を見て佐藤への苛立ちを覚えるとともに、一刻も早く戻って彼女を安全な場所へ連れ出さなければと、焦るような気持ちが湧き上がってきた。
このコンビニはマンションの入り口と、内部のロビー側の両方から出入りすることができる構造だ。だが、今はどちらもシャッターが閉まっていて出られない。
仕方なく、僕は駐車場へと続く裏口のドアから、外の様子を窺うことにした。
※少し過激な性描写や表現もありますから、ミッドナイトノベルに移行中です
あちらは、ラブシーンに少しづつ挿絵もいれてます。




