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第7話 筋肉は戦いを変える

魔王軍前線拠点。

血と鉄の匂いが、壁にも床にも染みついている。

何度も戦いが繰り返されてきた場所。

その中心で――

一人の男が、楽しそうに笑っていた。

ポウセン。

魔王軍四天王の一人。

切り込み隊長として、常に最前線を駆け続けてきた男。

その拳は、数多の命と戦場を沈めてきた。

純粋な“戦い”を愛する男。

「筋肉の勇者、ねぇ……」

部下からの報告書を片手に、鼻で笑う。

紙をくしゃりと握り潰す。

「噂だけで持ち上げられる奴ほど、叩くと脆い」

立ち上がる。

関節を鳴らす。

ゴキ、と鈍い音が響く。

「確かめてやる」

その目には――

純粋な興味と、わずかな期待があった。

街道。

乾いた土の上に、緊張が張り詰めていた。

魔王軍の先遣隊。

それを迎え撃つ冒険者たち。

互いに一歩も引かない空気。

だが――

その最前線に立つ男が、すべてを支配していた。

ポウセン。

その背後に控える魔王軍の兵たち。

だが、誰も前に出ない。

出る必要がない。

「下がってろ」

低い声。

だが絶対の命令。

「俺一人で足りる」

兵たちは一歩下がる。

疑いはない。

この男が前に立つなら、それで戦場は成立する。

それが当たり前だった。

「行くぞ!!」

冒険者たちが踏み込む。

剣が唸る。

魔法が放たれる。

連携は完璧。

隙はない。

本来なら、崩れるはずのない布陣。

だが――

「遅い」

ポウセンが動いた。

踏み込み。

地面が沈む。

次の瞬間には、もう懐にいる。

「なっ――!?」

一撃。

剣ごと叩き落とす。

金属が軋み、砕ける。

「ぐっ……!?」

二撃。

詠唱中の魔術師の腹に拳がめり込む。

呼吸が止まる。

「ま、まだ――」

三撃。

そのまま地面へ叩きつける。

土煙が上がる。

「がはっ……!」

終わりだった。

数秒。

それだけで。

前線は壊滅した。

静寂。

「つ、強すぎる……」

「何だ……こいつ……」

「近づけない……!」

冒険者たちが後退る。

無意識に距離を取る。

足が止まる。

体が、拒否している。

ポウセンはゆっくり拳を鳴らした。

「これが現実だ」

一歩、踏み出す。

それだけで、さらに距離が開く。

「鍛え方が足りねぇ」

その背後で。

魔王軍の兵たちが、静かに頷いていた。

誇り。

信頼。

そして――絶対。

その時だった。

「下がれ」

低い声。

だが。

今までとは違う重さを持った声。

戦場の空気が、変わる。

竹助が歩いてきた。

ゆっくりと。

一歩一歩、地面を踏みしめる。

焦りはない。

だが――

確かな“圧”がある。

セリアーナが小さく呟く。

「……強敵ですね」

フィオナが剣を握り直す。

「ここからが本番だ」

シエルは黙って見ていた。

ポウセンを。

そして竹助を。

ポウセンが、口角を上げる。

「……お前か」

竹助

「いかにも」

一拍。

「通りすがりの筋肉だ」

セリアーナ

「もういいですそれ!!」

ポウセンは笑った。

心底楽しそうに。

「いいな」

「嫌いじゃねぇ」

構える。

拳をゆっくり上げる。

「だがな」

「戦いは筋肉の量じゃねぇ」

竹助は頷く。

「知っている」

一拍。

「使い方だ」

その言葉に。

ポウセンの笑みが深くなる。

「分かってんじゃねぇか」

次の瞬間。

踏み込んだ。

速い。

目で追えない。

風圧が遅れて届く。

拳が振り抜かれる。

だが――

当たらない。

「……は?」

確かに、そこにいる。

だが。

触れられない。

距離がズレる。

位置が揺れる。

視界が追いつかない。

「何人いる……?」

竹助は動いていた。

反復横飛び。

ただそれだけ。

だが――

異常。

踏み込み。

切り返し。

筋肉の収縮だけで生まれる速度。

残像が、分身のように揺れる。

セリアーナ

「分身……!?」

カイシン

「……分からぬ」

一拍。

「だが筋肉じゃな」

セリアーナ

「説明になってません!!」

ポウセンが歯を食いしばる。

血が滲む。

「舐めるなぁ!!」

全力。

これまでで最速の一撃。

拳を振り抜く。

その瞬間――

竹助が止まった。

静止。

重心が落ちる。

拳を引く。

そして。

寸止めで突く。

――ズンッ!!!!

空気が、爆ぜた。

衝撃が遅れて押し寄せる。

風が裂ける。

ポウセンの頬に、赤い線が走る。

彼はゆっくり振り返る。

後方。

そこにあったはずの小山が――

跡形もなく消えていた。

音もなく。

ただ、削り取られている。

沈黙。

竹助が拳を下ろす。

「今のは、当てていない」

一拍。

「プロテインも足りていない」

ポウセンは動かない。

ただ。

理解した。

勝てない。

理屈ではない。

経験でもない。

本能が告げている。

――格が違う。

ゆっくりと、拳を解いた。

「……魔王様」

空を仰ぐ。

どこか、晴れた顔。

「申し訳ありません」

そして。

はっきりと言った。

「田舎に帰らせていただきます」

沈黙。

「……え?」

「た、隊長……?」

魔王軍の兵たちが動揺する。

だがポウセンは振り返らない。

「安心しろ」

「逃げるんじゃねぇ」

一歩、踏み出す。

「強くなるために帰るだけだ」

その言葉に。

部下たちは口を閉じる。

やがて。

一人が、深く頭を下げた。

「……必ず、お戻りください」

ポウセンは笑う。

「ああ」

セリアーナ

「帰るって……」

フィオナ

「……敗北ではないな」

シエル

「……納得したんだ」

竹助は頷く。

「それでいい」

ポウセンが立ち止まる。

振り返る。

「次に会う時はよ」

笑う。

「もう一回、やろうぜ」

竹助

「構わん」

一拍。

「筋肉は、逃げない」

ポウセンは笑った。

その背中は――

敗者ではなかった。

前へ進む者の背中だった。

彼は去る。

魔王軍も去る。

戦場に、静寂が戻る。

セリアーナがぽつりと言う。

「……すごい人でしたね」

フィオナも頷く。

「敵ながら、見事だ」

カイシンが腕を組む。

「……分からぬ」

セリアーナ

「え!?」

カイシン

「だが」

頷く。

「筋肉じゃな」

セリアーナ

「納得しないでください!!」

竹助は静かに言った。

「筋肉は、裏切らない」

その言葉だけが――

戦場に残った。

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