第65話 筋肉しかなかった男
広間に響く轟音。
バン!! バン!! バン!!
拳と拳。
筋肉と筋肉。
技もない。 駆け引きもない。
ただ純粋な殴り合い。
その光景に魔族たちは息を呑んでいた。
誰も近づけない。
近づけば巻き込まれる。
それほどまでに二人の一撃は重かった。
※
パドルの右拳。
ダービルの左拳。
激突。
衝撃波が広間を揺らす。
パドル 「ぐぅっ!!」
ダービル 「ははっ!!」
笑っている。
頬は腫れ。
口元から血も流れている。
それでも笑っている。
ダービル 「いいぞ」
一歩前へ。
ダービル 「もっと来い」
まるで長年探し求めていた相手を見つけたかのように。
嬉しそうに。
本当に嬉しそうに。
※
パドルは理解できなかった。
(何なんだ、こいつは)
五人衆最強。
そう呼ばれてきた。
力には自信があった。
筋肉にも自信があった。
だが。
目の前の男は違う。
殴られている。
確かに効いている。
なのに。
笑っている。
※
パドル 「意味が分からぬ……!!」
そして。
パドルは追撃した。
これまでのような、
一発。
返して一発。
そんな殴り合いではない。
右。
左。
右。
右。
左。
怒涛の連打。
ダービルの身体へ叩き込まれる。
バン!! ドゴン!! ガン!!
だが。
ダービル 「……おいおい」
パドル 「っ!?」
ダービル 「順番は守れよ」
笑っている。
まだ。
笑っている。
※
パドルの背筋に寒気が走る。
(おかしい)
(何だこいつは)
(何故笑える)
(何故倒れない)
(何故前に出てくる)
パドルは無意識に距離を取った。
※
そして。
床へ手を置く。
魔力が流れる。
ゴゴゴゴゴ……
床が変形していく。
ミリア 「土魔法……!!」
巨大な岩。
巨大な腕。
巨大な拳。
それは人間の何倍もの大きさを持つ、
岩石の拳だった。
※
パドル 「潰れろォォォ!!」
岩の拳が振り下ろされる。
魔族たちが歓声を上げる。
だが。
ダービルは動かなかった。
見上げる。
巨大な岩の拳。
そして。
ぽつりと呟く。
ダービル 「……なんだ、それは?」
その瞬間。
笑みが消えた。
初めて。
ダービルの表情から笑顔が消えた。
ミリア 「……っ!!」
空気が変わる。
先ほどまでの楽しそうな空気が消える。
怒りでもない。
失望。
そんな感情だった。
※
ダービルは拳を握る。
筋肉が膨張する。
そして。
バァァァン!!!!
一撃。
岩の拳が粉砕された。
粉々に。
文字通り。
跡形もなく。
パドル 「ば、馬鹿な……!!」
土魔法。
それはパドルが誇る切り札。
数多の敵を叩き潰してきた一撃。
それが。
拳一発で。
消えた。
※
ダービルはゆっくりと前へ出る。
一歩。
また一歩。
パドルの顔が歪む。
ダービル 「貴様も……」
低い声。
ダービル 「逃げるのか」
パドル 「っ……!!」
※
ミリア 「あっ……」
その言葉で。
ミリアは思い出した。
あの日。
ポウセンの村でのこと。
『魔法の才能がなかった』
『魔族の恥だった』
※
『お前には魔法がある』
『肉体も鍛えられる』
『どちらかが駄目でも、もう一方がある』
※
『俺には筋肉しかなかった』
※
今なら分かる。
ダービルにとって。
筋肉は代用品ではない。
最後に残った選択肢でもない。
筋肉こそが誇りだった。
誰よりも努力した証だった。
だから。
目の前の男が。
筋肉の勝負から逃げて。
魔法へ頼ったことが。
許せなかった。
ダービル 「残念だ」
拳を握る。
筋肉が軋む。
ダービル 「貴様なら」
一歩前へ。
ダービル 「最後まで殴り合えると思ったのだがな」
パドルの額から汗が流れ落ちる。
初めて。
五人衆最強の男が。
恐怖を感じていた。




