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第65話 筋肉しかなかった男

広間に響く轟音。

バン!! バン!! バン!!

拳と拳。

筋肉と筋肉。

技もない。 駆け引きもない。

ただ純粋な殴り合い。

その光景に魔族たちは息を呑んでいた。

誰も近づけない。

近づけば巻き込まれる。

それほどまでに二人の一撃は重かった。

パドルの右拳。

ダービルの左拳。

激突。

衝撃波が広間を揺らす。

パドル 「ぐぅっ!!」

ダービル 「ははっ!!」

笑っている。

頬は腫れ。

口元から血も流れている。

それでも笑っている。

ダービル 「いいぞ」

一歩前へ。

ダービル 「もっと来い」

まるで長年探し求めていた相手を見つけたかのように。

嬉しそうに。

本当に嬉しそうに。

パドルは理解できなかった。

(何なんだ、こいつは)

五人衆最強。

そう呼ばれてきた。

力には自信があった。

筋肉にも自信があった。

だが。

目の前の男は違う。

殴られている。

確かに効いている。

なのに。

笑っている。

パドル 「意味が分からぬ……!!」

そして。

パドルは追撃した。

これまでのような、

一発。

返して一発。

そんな殴り合いではない。

右。

左。

右。

右。

左。

怒涛の連打。

ダービルの身体へ叩き込まれる。

バン!! ドゴン!! ガン!!

だが。

ダービル 「……おいおい」

パドル 「っ!?」

ダービル 「順番は守れよ」

笑っている。

まだ。

笑っている。

パドルの背筋に寒気が走る。

(おかしい)

(何だこいつは)

(何故笑える)

(何故倒れない)

(何故前に出てくる)

パドルは無意識に距離を取った。

そして。

床へ手を置く。

魔力が流れる。

ゴゴゴゴゴ……

床が変形していく。

ミリア 「土魔法……!!」

巨大な岩。

巨大な腕。

巨大な拳。

それは人間の何倍もの大きさを持つ、

岩石の拳だった。

パドル 「潰れろォォォ!!」

岩の拳が振り下ろされる。

魔族たちが歓声を上げる。

だが。

ダービルは動かなかった。

見上げる。

巨大な岩の拳。

そして。

ぽつりと呟く。

ダービル 「……なんだ、それは?」

その瞬間。

笑みが消えた。

初めて。

ダービルの表情から笑顔が消えた。

ミリア 「……っ!!」

空気が変わる。

先ほどまでの楽しそうな空気が消える。

怒りでもない。

失望。

そんな感情だった。

ダービルは拳を握る。

筋肉が膨張する。

そして。

バァァァン!!!!

一撃。

岩の拳が粉砕された。

粉々に。

文字通り。

跡形もなく。

パドル 「ば、馬鹿な……!!」

土魔法。

それはパドルが誇る切り札。

数多の敵を叩き潰してきた一撃。

それが。

拳一発で。

消えた。

ダービルはゆっくりと前へ出る。

一歩。

また一歩。

パドルの顔が歪む。

ダービル 「貴様も……」

低い声。

ダービル 「逃げるのか」

パドル 「っ……!!」

ミリア 「あっ……」

その言葉で。

ミリアは思い出した。

あの日。

ポウセンの村でのこと。

『魔法の才能がなかった』

『魔族の恥だった』

『お前には魔法がある』

『肉体も鍛えられる』

『どちらかが駄目でも、もう一方がある』

『俺には筋肉しかなかった』

今なら分かる。

ダービルにとって。

筋肉は代用品ではない。

最後に残った選択肢でもない。

筋肉こそが誇りだった。

誰よりも努力した証だった。

だから。

目の前の男が。

筋肉の勝負から逃げて。

魔法へ頼ったことが。

許せなかった。

ダービル 「残念だ」

拳を握る。

筋肉が軋む。

ダービル 「貴様なら」

一歩前へ。

ダービル 「最後まで殴り合えると思ったのだがな」

パドルの額から汗が流れ落ちる。

初めて。

五人衆最強の男が。

恐怖を感じていた。

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