第33話 筋肉は鼓動する
――静寂。
戦場の最奥。
そこに広がっていたのは、勝敗が決した後の――あまりにも重すぎる沈黙だった。
倒れている。
竹助内人が。
あの男が。
どんな敵にも屈せず、ただ前に進み続けてきた筋肉の勇者が、地に伏している。
誰も、動けなかった。
フィオナは剣を握ったまま固まり、
シエルは言葉を失い、
ガルドでさえ一歩を踏み出せない。
ザッコスの表情からも余裕が消えていた。
ロゼッタも、トロール王も、ただ見ていることしかできない。
そして。
「……うそ……」
セリアーナの声が、震えた。
信じられない。
信じたくない。
だが、現実は変わらない。
竹助は――動かない。
絶望が、静かに広がっていく。
音もなく、確実に、全員の心を沈めていく。
その時だった。
「……だ、大丈夫です」
小さな声。
震えている。
それでも、確かに響いた。
セリアーナだった。
拳を握りしめ、必死に前を向く。
「勇者様は……」
一拍。
「筋肉……キレてないですよ……!」
沈黙。
場違いな言葉。
だが。
セリアーナは、続けた。
「まだいけます!!」
「まだ伸びます!!」
「限界じゃないです!!!」
両手を叩く。
パンッ!!
「筋肉!!」
「キレてます!!!」
乾いた音が、戦場に響く。
「肉詰まりすぎです!!密です!!」
誰も、動けない。
だが。
「……はっ」
ザッコスが、思わず笑った。
「なんだよそれ……」
けれど。
「キレてる!!」
低く、ガルドが言った。
「バリバリだ」
ドンッ!!
トロール王が拳を打ち鳴らす。
「強い」
シエルが、小さく呟く。
「……まだ終わってないでしょ」
フィオナが、静かに続ける。
「立て、勇者」
その一言が、火をつけた。
「でかいよ!!」
「仕上がっているよ!!」
「ナイスバルク!!」
「いい血管出てるよ!!」
パンッ!!
「はい!!ズドーン!!」
声が、重なり始める。
「メロン肩!!」
「二頭がでかい!!」
「脚がゴリラみたいだな!!」
「背中がカブトムシの腹みたい!!」
「腹筋がカニの裏!!」
「三角チョコパイ!!」
「腹筋、板チョコ!!」
「その板チョコ食べたい!!」
「腹筋ちぎりパン!!」
「ケツのキレがバームクーヘン!!」
「手羽先の完全究極体!!」
「カニカマの千倍!!」
「マッスルラーメン!!筋肉もりもり!!」
パンッ!!
ドンッ!!
パンッ!!
「筋肉!!」
「キレてる!!!」
声が、重なり。
響き。
波となる。
それは、もはや合いの手ではない。
祈りだった。
否。
“信じる力”そのものだった。
その中心で。
ピクリ。
竹助の指が、動いた。
(……呼ばれている)
音が届く。
声が届く。
筋肉が、応える。
血が巡る。
熱が戻る。
そして――
竹助が、立ち上がった。
空気が、変わる。
「……ばかな」
魔王オーマが、初めて動揺を見せた。
あり得ない。
超筋肉で、確実に沈めたはずの存在。
それが――
立っている。
竹助が、首を鳴らす。
ゴキッ。
筋肉が、膨れ上がる。
さらに。
さらに。
密度が変わる。
質が変わる。
“次元”が変わる。
「……悪いな」
一歩、踏み出す。
「ウォームアップが足りなかったらしい」
黄金の光が、筋肉を包む。
輝く。
満ちる。
溢れる。
「……ありえぬ」
オーマの声が、震える。
竹助が、拳を握る。
「知らないのか?」
一拍。
静かに。
だが、確実に。
「筋肉に――不可能はない」
そして。
すべてを貫く言葉。
「筋肉は――」
一瞬の静寂。
「裏切らない」




