おまけ6 それが神の思し召し
かつて舗装されていたであろう、荒れ果てた緩やかな坂道を、夕陽に照らされながら登ること三十分。彼への気持ちだけが私を突き動かしており、眉唾な噂に縋るため、私はその場所へと向かっていた。
来年には高校生になる、進学する高校で彼と再会できないだろうかと、それを祈りに来たのだ。
巷で真しやかに囁かれる噂。私が登るこの山のとある場所では、祈ると願いを叶えてくれるらしい。しかしその場所など私は当然知るわけもなく、宛もなくそれらしい道を歩いていた。今歩いている草の生い茂った石畳のようなものはその途中で見つけたもので、登り続けていると、少しずつその草が薄くなりつつあった。
そしてその石畳が完全に姿を表した頃、木々に包まれていたその道から、とても開けた場所へとやってきた。続く石の道が切れ、そこから1メートルほど開けて円が白い石で組まれている。大きさはそこまでなく、直径にして5メートルほどだろうか。中心には砂利が敷き詰られている。
東西南北には膝くらいまでの円陣と同じ材質の石柱が立っており、先端にはそれぞれ東西南北が刻まれていた。この地に縁のある家系のことだろうか、北を示す柱には "神奈" と刻まれている。
先ほどまでの空気とは打ってかわり、爽やかな空気がそこには満ちていて、木々のざわめきもどこか遠くに感じられた。差し込む陽光がとても優しく、向こう側にある木々が青々としている。
その光景に思わず息を呑み、上がっていた息も落ち着いていく。
「こんにちは」
幻想的な風景に見惚れていた私の耳に、そんな穏やかな声が届いた。声の主は左から、その木に背を預けたままの男性の声だった。年齢は少し上くらいだろうか、成人というには少し幼くも感じことから、高校生くらいに見える。
しかし、その雰囲気はとても大人びていた。
「ここに来たということは、噂でも頼りにして来たのか?」
「……あっ、はい。ある人に会いたくて、お願いにきました」
割と有名な噂だからか、その男性は見透かしたように言った。もしかして彼もだろうかと思ったが、それならばなぜ、誰かを待つように木にもたれかかっていたのだろうか?お願いをするための格好では、どう考えてもないだろう。
そう考えていると彼は木から背を離して、ゆっくりと私の前にやってきた。立ち止まるのは円に象られた石畳の、その縁である。
「ふむ、よほど大切な人ということか。まぁいい、なら神に祈れ。そうすれば "お告げ" がくるだろう」
「祈る……?」
どういうことかは分からないが、彼の言葉の通りに、両の手を合わせて祈ることにしてみた。そのお告げとやらがなにかは分からないけれど、もしかしたらきっと意味があるはずだ。
"汐丸 更斗くんと、もう一度会えますように"
そんな思いを込めて、静かにゆっくりと呼吸をした。
瞑想ともいえるほどに集中し、小さい頃の思い出を振り返る。ベッドの上から出られないほど疲れきった私に、屈託のない笑みを向けてくれた、大切な男の子との思い出を。
私の様子を見た男性は、ふむ…と声を漏らす。そうして数分、ゆっくりと目を開けると彼と目が合った。
「その願いを叶えるためになにをするべきか、そのために必要なことを伝えよう」
「はい」
男性から紡がれる言葉に、私は疑うことなく頷いた。名も曰くも知らない相手ではあるが、その感じる雰囲気が説得力を示す。
「その身に、遠からず苦難が訪れる。身も心も疲れ果てるほどの苦痛に襲われるだろうが、辛いときほど彼のことを想うと良い。いずれはその苦しみから解放され、きっと願いが叶うはずだ……と。俺には良く分からんが、その意味はきっと理解できる日がくるはず。つまり、なにもするなってことだ」
「それは、いつか向こうから来てくれるってことですか?」
なにもしなくて良いのなら困ることはないけれど、本当にそんな都合の良い話があるのかと首を傾げてしまう。
「さぁな。これは俺の言葉じゃなくて神の言葉。あくまで神の思し召しだ」
神の思し召し……そういうことなのだろう。あまり納得はできた気がしないけど、私はそうですか…と生返事をするしかなかった。でも、なんとなく心が軽くなった気もする。
不思議と、更斗くんともう一度会えるような確信を得たような、そんな気持ちを抱く。それだけでも、ここに来た意味があったのかもしれない。もしかしたら、良い出会いがあるだろうと期待できそう。
「お告げは終わりだ、もうそろそろ暗くなるから用がないのなら帰れ。足元に気を付けてな」
「あっはい。あの、ありがとうございました」
「……伝えておく」
男性に頭を下げると、彼は微笑んで背中を見せる。長居することもないかと、私は踵を返して山を降りた。
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訪れた人の願いを聞き、神の言葉を伝える仕事。我が家に代々伝わる仕事であるが、それを知る人はかなり少ない。高校を卒業して久しいが、この仕事はまだまだ現役である。
仕事と言っても職ではないが。
「それにしても、人の願いってのも俗だな」
純粋な願いを聞いてから、何年と経ったであろうか。幼い頃に別れた人ともう一度会いたいだなんて、そんなまっすぐな気持ちを知ったときは思わず声を漏らしたものだ。
きっと幸せな出会いが訪れているはずだ。それを知るのは神だけだが。
「どいつもこいつも楽をしたいだの金が欲しいだの、遠回りを嫌い過ぎだ。自分の能力を磨けば辿り着ける未来さえ神頼みなんて、その甘えが生きていく枷にすらなるというのに」
この場所での神頼みというのは、自分の努力や行動ではどうにもならない運を導いてもらったり、避けようのない事故や不幸から身を守るためのもの。
ただ楽をするためのものではないし、いくら神が手を貸したとて改善は見込めない。というか、それで得られるお告げなんてのは常識的な範疇を逸しない。
"それも人の醍醐味。そんな浅はかな様子を見ているのも面白い"
「醍醐味ったってよお嬢さん?そっちからすりゃそうかもだが、それを聞く俺からすれば呆れて堪らない」
家柄というかなんというか、我が家は教育にとても厳しかった。というのも、神との対話ができる都合上弱味を作るのは付け入られる隙になり、悪意でもって利用されるからである。大昔にあった騒動からの言い伝えらしい。
人との関わりかたやマナー、学力から財力に苦労との向き合い方。いわゆるハードスキルとソフトスキルの双方を磨くよう教育されてきたのだ。そのお陰かは知らないが、社会で生きる分には苦労せずにすんでいる。
「神様としてのしてんなら子供みたいなもんだろうけど、俺は人の子だ。嫌にもなるさ。前に来たあの人みたいに、想い人と会えるようにみたいな願いが懐かしいよ」
"たしかに、離ればなれになった人とは努力ではどうにもならない。そういう時こそ私の出番。それに、今は幸せにしてるみたいだし、出会いも無事に果たされた様子。些か歪ではあるみたいだけれどね"
「へぇ、まぁ俺には関係ないな。でも、それなら良かったよ」
神との語らいもそこそこに、いつもの場所から踵を返す。山中だけあって街灯はなく、お陰で星の煌めく夜空が美しい。明日も会社に行かなければないし、早く帰ってゆっくり休もう。
"サズキも早く良い相手を作りなさい"
「まぁ、いい加減跡継ぎも作らにゃならんよな。まだまだ漠然とはしてるけど、前向きに考えとくよ」
何度目かも分からないやり取りを交わしつつ、獣道と化した道を進む。人の立ち入りがすっかりなくなったその静けさを楽しみながら、その木々を抜けていくのだった。




