二十三話 自覚する想い
食事を終えて先に風呂に入った俺は、芽凛衣がくる前に身体を洗ってしまおうかと思い、頭からお湯をかぶってシャンプーに手を伸ばした。
しかし、ポンプを押そうと思ったところで、相変わらず瞬間移動じみたスピードの芽凛衣がやってきてしまった。
一糸纏わぬ姿をありありと晒す彼女に思わず見惚れていると、彼女は浴室の扉を閉めて俺の背後に立ち肩に触れる。
「それじゃあ、背中流すね♪」
耳に顔を寄せた芽凛衣が、囁くようにそう言った。その刺激にゾクッとして身体が跳ねる。
先ほどまでドクドク鳴っていた心臓が、暴れだすような勢いでバクバクと鼓動を強める。
芽凛衣の言葉に首肯で返すと、彼女はボディーソープボトルのポンプを押して、出てきたオイルを手に馴染ませる。クチュクチュとボディーソープの泡立つ音が、やけに淫靡に聞こえてしまう。
欲に焼かれそうになる脳を我慢しながら芽凛衣の手を待ち構えていると、ヌルリとしたソープの感触が背中に伝わる。またもや肩が小さく跳ねるものの、彼女は気にすることなく背中を擦った。
よりによってナイロンタイルを使わずに素手でやっているので、下半身に血が集まっていくのを感じる。ニュルニュルとソープを背中に塗り広げ、背中が洗われていく。
それに反して心の穢れは濃くなっていくばかりで、もはや芽凛衣の手先指先どころか、水の滴る音や浴室を包む湯気でさえも、この雰囲気を艶やかにしているように感じる。
心がすっかり欲にまみれてしまった俺に、我慢などできるはずもなかった。
「わわっ、更斗く──」
「ごめん無理だ」
いつの間にか立ち上がって芽凛衣の両手首を掴んだ俺は、謝罪にするのもささやかな言葉を彼女に投げ掛ける。
芽凛衣は優しく微笑んで、それを受け入れた。
「んふふーにゅふふー♪更斗くん大好きぃ♪」
「つかれました」
艶々とした芽凛衣が、俺に背を預けながら一緒にお湯に浸かっている。一通りの行為終えたのはいいものの、してなかったんだよな。ゴム。
彼女は大丈夫だからと言っていたものの、冷静になると結構ヤバイことした気がしてならない。
まぁそんなこと言ったら、メリーさんとそういうことをしたわけなので、今更がすぎるのだけれど。
「更斗くんの初めて、頂きました♪」
「俺も、芽凛衣の初めて……ごちそうさまでした」
芽凛衣が振り向いて言った言葉に便乗したは良いものの、クッソ恥ずかしくてやばい。湯に浸かっているから顔が熱いのか恥ずかしいから顔が熱いのかが分からなくなってくるぞ。
ついに俺たちは、一線を越えたんだよな……
目の前にいる芽凛衣を見ていると、それが現実であることがよく分かる。ただ、一線を越えはしたものの、まだ付き合っているということはない。
いや、まだはっきりと伝え合っていないというだけだ。認めよう、俺は芽凛衣が好きなんだ。
だから今朝も、彼女が青崎と仲が良さそうにしているところを見て、嫉妬こそ感じていないものの、どことなく虚しい気持ちになったんだ。
喪失感も言ってもいいだろう、俺じゃ彼女には釣り合わないんだと決めつけて、諦めていた。
しかし、今となってはそんなものクソ食らえだ。他ならぬ芽凛衣が俺を選んでくれたんだ、俺が前を向かなきゃどうするんだ。
どれだけ彼女が追いかけてきてくれたって、俺が突き放し続ければいずれは、青崎みたいな男と付き合ってしまうだろう。
それはやっぱり、嫌だ。
「……ふふ、どうしたの?」
「えっ……?」
芽凛衣が、考え事に耽っている俺の頬を左手でそっと撫でながら尋ねた。いったいなんだろうかと思ったが、いつの間にか彼女を抱き締めていることに気が付いた。
身体は正直ということだろう、それに逆らっても仕方ないので、ぎゅううと彼女を抱き締める。
腕だけでなく、その肩に顎を置くようにして、できる限りの密着するような格好をすると、芽凛衣がくぐもったような声をあげる。
「ぁぁっ、んっ……んへへ♪」
自身のあげた声に眉尻を下げて笑い、恥ずかしさを露にする芽凛衣。そんな彼女に愛おしさを感じ、もう何度目かも分からない口付けを交わした。
風呂から上がり、シルクの紺色パジャマに身を包んだ芽凛衣と共にベッドへ向かい、ギュッと抱き締め合う。
彼女いつもこのベッドで夜を明かしているが、これから実際に行為に及ぶと思うと感慨深いものだ。あれから二ヶ月経ったわけで、その間 彼女から抱きつかれることはあったものの、それ以上のことはなかったから。
そしてまだ、伝えていないことがある。俺からの確かな、大切な想い。
「芽凛衣」
「ん……?」
俺の膝の上に座った芽凛衣に呼び掛けると、可愛らしく首を傾げて返事をした。そんな仕草にドキリとしながら、その翡翠色の瞳をしっかりと見つめて言った。
「好きだ、付き合ってほしい」
ハッキリと、誤魔化すことなく真っ直ぐに告げた。内容に反して意外と恥ずかしさや照れの情はなく、どこか清々しい気持ちを抱く。
俺の想いを受けた芽凛衣が瞳を揺らして、うっすらと目に涙を滲ませながら、花のような笑顔を咲かせた。




