81・不安な気持ち
──ポチャン。…ポッ。
うん…?雨音…雨が降っているのかしら?
──ポッ、ポッ。ポチャ…
雨よ!窓、開けっ放しなんじゃない?直ぐ側に雨音が響いているけど…違うのかしら?それに、どうもおかしい!何故か身体がピクリともしない。まるで全身が鉛のように重く感じて全く動かない。どうしてかしら?
──ポッン…
わっ、冷たい!顔に雨がかかったわ。だから誰か窓を閉めて欲しい!周りに誰もいないのかしら?
ロッテ!それにロメオやハリスは?それに…お父様!どうして誰も来てくれないのだろう…
もしかしてここには、私一人なの?そして…暗闇の中にいる?
突然心臓がドキドキして、動悸までしてくる。自分が何処にいるのかも何をしているのかも分からない。何だろう…何があったのだった?思い出せないけど…
『ブゥン!』
突如、耳に響く何かが風を切る音。あれはいつのことだっただろう?もう少し…もう少しで思い出せそうな気がする。そして…その途端ズキリと頭に激痛が走った!
「ハアッ!ハァ…ゴクッ」
余りの痛みでパッと目を開けると、薄暗い石造りの天井が見える。何処だろう?暗いし埃っぽい…それに初夏だというのにヒンヤリとしていて…ブルッ!
「っつ!痛い…な、何?」
寒さで震えた途端、その衝撃なのか頭が痛んだ。それで動いたら痛いのだと気付いて、目玉だけをグルグルと動かし、何とか状況を確認しようとする。真っ暗かと思ったけど、目が慣れてくるとほんの少し明かりが灯っているのが分かる。だけどほぼ真っ暗で、今何時なのかも分からない。もしかして深夜…それとも地下ってことはないよね?
それから少しずつ身体を動かしてみる。手から始めて、足先、そして足首を右左と動かして…ホッとする。どのくらい寝ていたのか分からないけど、身体は動くようだ。それで、そろそろと身体を起こしてみると…ズキン!
「イタタタ!な、何?」
痛みが走る後頭部を手で押さえてその場に蹲る。その瞬間、ヌルっとしたものが手に触れる。それと特有の錆臭さが鼻腔を刺激して…
「ち、血だわ!」
どうも後頭部を怪我しているようだ…どのくらい?と思って触るけど、そうすると余計に痛い!そして恐る恐る手を離して見ると…ドス黒い血がべったりと付いている。おまけに今まで寝ていた場所には黒い血溜まりが見えて、かなり出血したのが分かる。私に…何があったの?
(その二日前…)
その日は朝からバタバタしていた。皇居に行くとなるといつもだけどね…
これから例のお茶会で皇居におじゃますることになっている。それに私達親友達だけじゃなく、何故か生徒会の会長と副会長まで招待されて…なんでよ?ルシードってば、クリスティーヌにパートナーを申し込んだ三人を集めて、何をしようとしてるんだろう?あの人もイマイチ何を考えているのか分からない人よね…
「お嬢様、私前から思ってたんですけどね、原色のドレスって人当たりが強過ぎると思うんですよ?もう少しほわほわっとした色も似合うと思うんですよねぇ」
「えっ…ほわほわ?」
この年になって、ドレスの色に異議を唱えられるとは…。確かに私と言えば、強いイメージを与えるかも知れない。それを…ドレスの色なんかで変えられる?
「このオーキッドピンクなんてどうですか?大人ピンクってやつですし、上品かつ高貴な色ですからお嬢様にピッタリ!それとも、このミモザのドレスですかね?ほんの少し緑掛かっているんですよねぇ…そんじょそこらの黄色着る令嬢じゃないわよ!って感じが出ますけど?」
──へっ?そんじょそこらの令嬢じゃない…だと?私ってそんなイメージなの!?
そんな世間のイメージに自らドン引いて、嘘ーっ?とショックを受ける。確かにね、世間一般の令嬢とは違うと自覚はあるわよ?だけどその意味って、ようは個性的ってことだわね。なら、いいか…
「だけどさ、このドレスいつ作ったの?私、選んだ覚えがないけど?」
それにロッテは、キョトンとした顔をする。な、なんだぁ?
「あれっ?知りませんでしたか。前ルーベルト侯爵様がアンナ様に頼んで、毎月数着贈るようにとおっしゃったとか。何でもこれから必要になるからと」
「ええっ?お祖父様が叔母様に頼んで?そんなの全然知らないわよ!」
だからこんなにバリエーションがあったのか!とやっと納得する。だけど…お礼も言ってないわよぉ~早急に言わなきゃ!おまけにこれから必要になるですって?皇居に行く為のドレスってことかしらね。きっと皇帝陛下から頼まれたのかも…
取り敢えず攻め気味で行くわよ!とミモザと決めて、用意を進めて行くと、突然バタバタと足首が聞こえる。うん…誰だろう?
──バン!
「アリシア、今日はお休みしなさい!急病とか言っとけば大丈夫だから」
そう言いながら血相を変えて入って来るお父様が!一体どうしたんだろう?いつもはそんなことなんて言わないのに…おまけに行くのは皇居よ?そう戸惑っていると…
「だ、旦那様?どうかされましたか。お嬢様はこんなに可愛く用意されましたのに」
ロッテも思わずそう言って、心配そうにお父様を見つめている。更にその後ろを追いかけるようにロメオまでやって来ていて…
「私の机に飾っているシャーロットの写真が倒れたんだ!絶対意味があると思うんだ…今まで一度も倒れたことなんか無かったのに。ダメだ…今日の外出は止めておきなさい!」
「ええっ、お母様の写真が!?偶然じゃないかしら…」
そう言いながらも、お父様の余りの剣幕にちょっとだけ不安になる。だけどなぁ、ルシード殿下のお誘いだし…それにウィリアム殿下との初対面もある。断ることはよっぽどだわよね?それに皆んなも残念がるだろうし。
「お父様の心配な気持ちは分かるけど、今日のお茶会ははずせないわ!終わったら直ぐ帰ってきますから」
そう上目遣いでお父様を見上げて、甘えた視線を向ける。それにお父様は、渋い顔をして…
「旦那様、私も一緒に行ってきます!ロッテと私とで一緒に行きますから…大丈夫ですよ。命に代えてもお嬢様をお守りしますから」
悩んでいるお父様に、ロメオもそう言って説得してくれる。他国の王族と帝国の皇子、その二人が揃うお茶会を断るなんてあり得ない。滅多なことがない限り無理なことはお父様だって分かっている筈で。それでも言わずにはおれなかったのだろうな。
ブツブツ言っているお父様を何とか宥めすかして、三人で出発する私達。車窓から玄関まで出て来て見送っているお父様を見て…
──大丈夫よね?ほんの少し不安になってるけど、きっと気のせい!そう自分に言い聞かせて、皇居までの道程を急いだ。
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