114_継暦136年_冬
馬車は進む。時折揺れるもそれ以上の問題はない。
西方諸領圏内部での移動とはいえ、そもそも西方諸領圏は地図で見ると小さいようにも思えるが、実際に移動しようとすると中々の広さがある。
何せビッグウォーレン領とシメオン領は端と端。
移動距離は否応なしに長くなるってわけでゴザルね。
ビッグウォーレン男爵こと当主殿は急ぎ準備を整えてシメオン男爵領へと向かうことにした。
それにメイド兼護衛として拙者も同道する。
……というのがここまでの流れでゴザル。
前後に挟まれるようにして進むビッグウォーレン殿の馬車。
挟んでいるのはビッグウォーレン男爵領の腕利きたち。
部下を連れて行きたくないから無茶なスケジュールで提示する当主殿であったが、部下の呼応は当主殿の予想よりも遥かに早かった。
この忠臣ぶりには頭が下がるでゴザル。
かなりガチガチに固めている辺り、シメオン男爵への不信感というべきか、
『自分たちの主君に何かをしでかすかもしれない』という一種の信頼ともいうべきものがあるのかもしれない。
道中でとった休憩の際にそれとなくシメオン男爵の評価を聞けば散々な答えが返ってきたのでゴザル。
「笑顔で仲間を売る」だの、「目的のためなら血縁者でも犠牲にするであろう男」だとか。
他の答えも似たようなもの。
不信の根にはビッグウォーレン殿の弟たちが人的な被害を受けたからだとも聞いていた。
命を落とすことはなかったものの、当人かそれ以外の何人かはそれなりの被害が出たのか、
未だに領地には戻ってこれていないらしい。
……ああ、弟と言っても実際の弟というわけではない。
現存する旧ウォーレン子爵領から分かたれた血筋であるところのリトル、ミドル、ビッグは今でもそれぞれを兄弟として扱っているらしい。
男爵家は横の繋がりなくして安定的な存続は難しいなどと言われるが、
生き残り戦術の一つということなのでゴザろう。
「俺たちは元々チンピラみたいなもんでさ、そんな連中をビッグウォーレン様は根気強く教練してくれたのさ。
こういう危険な旅路こそ壁代わりになるために同行しないで何をするんだって話しだよな」
主も部下もわかりやすく、気持ちのいい連中でゴザル。
ううむ。
こういうのを知ると何もかも無事に終わらせたいと思ってしまうでゴザルよなあ。
がんばろう。
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多くの、殆ど全てのと言ってもいいくらいではあるが、子爵と男爵は街を持たない。
街を持てるほどになれば伯爵を号するから、ということでゴザルが。
貴族にとって伯爵の号はそれなりに箔がないと名乗るのはカッコ悪いんでゴザろうね。
子爵や男爵の経済的な自立を支えるのは荘園の運営。それで成り立っている。
それすら持たない領の場合は傭兵をしたり、冒険者をしてみたり、そうした組織の運営をしたりなどで生計を立てる。
なかなかにハードでゴザルよなあ。
貴族は誰も彼もが恵まれているものではない。
持たざるものが夢見るような、毎日酒宴を開いて美人を侍らせているような貴族の姿はそう多くないのでゴザルな。
逆に生きるのに不便がないお貴族様ってのは放蕩なお人が多くなるってもんなのでゴザルかね。
流れぬ水は淀みやすいとか、そういう。
ザールイネス殿は爵位こそ捨てたものの、銭に困っている様子のない暮らしをしていそうではあった。
つまり、街や荘園などがなくても、やりよう次第でなんとかなるのかもしれんでゴザル。
いやいや、そう考えると男爵に否定的になってしまう。ザールイネス殿ができてるのにお前らは?って言いたいわけじゃないんでゴザルよ。
少なくとも今は男爵側の人間だ。そうした考えには蓋をしておこう。
目的地の主であるシメオン殿は勘が鋭いかもしれない。
そうした感情の種を見通す可能性があるかもしれんでゴザルからな。
などと考えていると、シメオン男爵の領地に入ったことを伝える文官殿。
シメオン領は荘園を持たないようだが、妙に金回りはよさそうだった。
道は整備されているのが証拠だ。
その理由を当主殿は存じているのだろうか。
「平穏そのものだな、シメオン殿の領地は」
「街はもとより、荘園を見ることもありませんでしたが」
道中暇だから、ということもあり質問をすることを許されている。
ビッグウォーレン殿に付いている文官も当主の気性については理解しているようで特に不快感を示すこともないようであった。
ありがたく情報を集めさせてもらうとするでゴザル。
勿論、致命的なゴシップを流すような真似をする方ではないのは、安心できる人物であり、情報収集相手としては苦くもあり。
「シメオン卿は各地の領主たちと相談や折衝をすることで財を成しておられるのだよ」
「その割には好ましい相手とは思っていないような声音に感じます」
口が滑った。
ってわけではないのでゴザルよ。
口頭での情報収集はギリギリを攻めるのがコツでゴザル。
ここがダメでも別の男爵がいる場合は特に大事なコツ。これがニチリン流でゴザル。
流石に文官が「過ぎた言葉を」と言おうとするが、苦笑するビッグウォーレン殿がそれを制する。
「好ましくないか、と言われればな」
彼らの親に当たるウォーレン子爵は前にも述べた通り、下半身の制御の利かない人物だった。
ただ、それは欲求に従うばかりではなく、相手にもできた子供にも愛を注いだ。
公人としては困った人物だったのであろうが、私人としては見るべきところの多い人物だったのかもしれない。
直接の親ではないにしろ、愛の何たるかを知る血統であればこそ、他者の尊厳を大事に思う。
そうした血統であればこそ、
「人材の獲得と配置をその財を成す過程で使っているのだ」
隷属ありきの人間の売り買い。つまりは物扱い。
ビッグウォーレン殿を含めた兄弟たちは清廉で知られている。
心情的に相容れないところは大きかろうでゴザろうなあ。
いや、その相手に話をしにいくのはなんとも……。
危ないことにならなければよいのでゴザるな、と考えるのはメイドとして。
ニンジャとしてならどうかって?
そりゃあ勿論、危ないことは大歓迎。
そっちのほうが情報を集めやすくなるでゴザルからなー。
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くっせえーでゴザル。
うさんがくっせえーでゴザルよ、ここは。
シメオン男爵のお住いになられている場所は幾つかの邸 (ゲストルームなどであろう)があって、
それらが放射状に配置されていて、中央にシメオン本宅があるといった感じになっているでゴザル。
居住区域に胡散臭いところはない。では何がくっせえかというと、ニッコニコなんでゴザルよ。
ここに来てから発見した住人の全員がニッコニコ。
張り付いた笑顔なんてレベルじゃねえでゴザル。
隷属に関する忌道が使われていることは予測ができる。
ただ、ここまで明け透けに、ここまで規模を大きく隷属を扱うのはいやはや、なんとも。
清廉なビッグウォーレン殿が嫌な顔をするのも、そうした会話を積極的には止めなかった文官殿の気持ちもわかるでゴザルな。
メイドに愚痴でも垂れんとやってけねえって具合だったんでゴザろうかね。
「馬車はこちらに、荷物は後ほど我々がお持ちします」
ニコニコ顔のシメオン家の部下が挨拶の後にそのように云う。
これはチャンス。
「当主様、荷物に関しては私もお手伝いさせていただきます」
言外に下手なことをさせないために荷物を監視しますよ、荷物を守りますよと伝えている。
ビッグウォーレン殿も理解しているらしい。
信用していない相手であればこそ、そうした警戒心は強くなる。それを利用させてもらうのでゴザル。
実際何をされるかわからないならこの手の警戒も必要でゴザろうし。
「頼んだぞ、リン」
「お任せください」
シメオン家の人間がそれに対してどう思ったかは読めない。
なにせあのニコニコ顔だ。
馬車と引き役の馬を定位置に送るまで共にいて、荷物に関しては流石に一人では持ちきれないのでシメオン家のニコニコ軍団に手伝ってもらうことになる。
荷物をビッグウォーレンの部屋に運び込んだ辺りで、
「申し訳ございません、荷物を一つ馬車に忘れてきてしまったようです」
といった具合に私は単独行動の理由を求め、その承諾を得る。
この辺りの地理は荷物を運び込むに当たって頭に入れた。
シメオン卿の邸宅に関しては外側からは見れたのでそこから大雑把に内部の構造は予測できる。
ニンジャの最低限の技術って奴でゴザルよ。
正直、シメオン側の人間には警戒されるかと思っていたのだけど、どうにもそういうものは存在しないようでゴザル。
考えられるものは隷属の質。
隷属の忌道は強力に縛りを与えるものであればあるほどに本来の自我が行うべき自由度を損なう。
つまり、お人形さん同然の邸の者たちは自我の殆どを奪われるほどに隷属の影響を与えられているということ。
ある程度の潜入と情報収集は簡単そうでゴザル。
問題はシメオン卿の邸宅。
遠目から見た感じで、守っているのは人形同然の連中ではあるのは変わらないようだが、
絶対死守でも命じられているのか、過度とも思える警戒と防衛を敷いている。
その一方で表情は笑顔。うーん、不気味でゴザル。
男爵同盟のことを漁るならば侵入は絶対であろうけども、
数日間は逗留するからこそ、強引な手段を取る必要は今はない。
急がば回れの精神はこういうときに大事でゴザル。
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当主殿のところへ戻る途中のこと。
人目につかぬようにこそこそしているとシメオンの邸に務める人間としては例外的なものを見た。
「オーガスト卿のところに比べれば質は下がるだろうが」
身なりのいい人物が裏口に止められた馬車の、おそらくは御者役と話していた。
「聖堂とゴタついて殺されちまったそうですからね。
しかし聖堂も引き続き人材は欲しがっている。いや、聖堂のって言い方は広すぎますかねえ」
御者役は口の悪い貴族だとかってわけではなく、ただのチンピラであろう。
ただ、その風体からベテランではあるようだ。
こういう渡世と稼業でベテランになれるだけでそれなりの実力があるんでゴザルよね。
「清く正しきを是とする聖堂に、それらを食い物にしている悪徳司教共か」
口ではそういうが、声の音に悲劇を思う心が乗せられていないリザーディ。
「世は乱れていやすねえ」
「隷属なんぞに手を出して、世を乱している側の人間が云う言葉でもないか」
「違いねえですな、ははは!
っと、そろそろ出発しねえと遅れちまいますんで」
「ああ、エメルソンによろしく伝えておいてくれ」
「シメオン様にエメルソン一派はこれからも媚びさせてもらいますって伝えてくだせえよ、
ガルフの旦那」
「しっかり伝えておいてやる」
馬車が動き始める。
風に揺られて幌の一部がめくれ、荷が明らかになる。
やはり、それは人材であった。
整然と置かれた彼らは隷属の忌道を注がれて、すっかり悲しみも苦しみも失せているようだった。
ガルフと呼ばれた身なりのいい男は、ヒト種ではなかった。
リザーディと呼ばれる二足一尾に鱗身を備えた存在。
見てくれこそお貴族様にも見えなくはないが、肉体の鍛え方からしてバリバリの戦闘屋でゴザろうな。
隠れているこちら側に目をやったか。
暫く観察するかのようにしてから、気のせいかと言わんばかりに本邸の方へと戻っていった。
なるほど、隷属されるものばかりではないってことでゴザルか。
それにしてもこちらの隠形を見抜かれかけたか、もしかして見抜かれていたのか。
だとしたら拙者の隠形が見抜かれた相手は先代ニチリン以来初めてのことになるでゴザルか。
相手が上手か、こちらに油断があったか、どうあれニンジャらしくもない。気を引き締めねばならぬでゴザルな。




