113_継暦136年_冬
ニチリン。
それが拙者の名前でゴザル。
職能は斥候。
雇われては忍んで情報を拾ったり、命を奪ったりするのが仕事でゴザルね。
どこにでもはそんなにいない闇に生き、闇に死ぬものってところでゴザルよ。
拙者のは現在、西方諸領圏に赴いているでゴザル。
依頼遂行の第一段階として男爵であるビッグウォルター氏のところに潜入中。
擬態のために纏っているひらひらふりふりのメイドドレスは少しばかり重いのでゴザルが、これがなかなか具合がよい。
武器を忍ばせ放題。かつて存在した給仕ギルドは戦闘のエキスパート揃いだったと聞くが、あながち冗談ではないのかもしれぬでゴザルな。
男装でもよかったのでゴザルが、潜入の容易さを考えるとそちらよりメイドとしての方が話が早そうだったのと、仕事の上で男装が続いたからってのもあったのでゴザル。
どこにでもいる青年なんぞ女日照りの賊は喜んで襲ったりしないとなると、
洞窟だの廃村だの、連中の根城にでも入り込まない限りは安全に移動できるのは中々に便利だった……おっと、過去の依頼の話なんてどうでもいいでゴザルよね。
麗らかな午後一番、
男爵家の大きな庭で掃き掃除という名目のサボリをキメている拙者はここに至る依頼についてを想起していた。
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「証文は確かに本物でゴザルな」
「そうでしょう」
眼の前には妖艶という単語は彼女発祥なのではないかと思うくらいに色気のある女性。
カルザハリ王国から続く公爵家……現在ではその身分は使っていないようでゴザルが、その正当な血筋を引くザールイネス氏が座っている。
年齢で言えば妙齢よりも先に進んでいるはずではあるが、多く見積もって三十かそこらにしか見えない。
ザールイネス家の人間は魔的な魅力があるなどと歴史について書かれているものにもあったことを思い出していた。
何にせよ、グラマラスなその体型は羨ましいでゴザルね。そういう心くらい拙者にもあるのです。
「書かれている通り、幾つかの条件はあれど大抵の願いは叶えねばならぬでゴザル。
何をお望みかな、ザールイネス殿」
ニンジャを扱う上で、態度は三つに分かれる。
暗殺者と侮り、下に見る輩。
必要以上に恐怖する輩。
そして、彼女のようにまるで危険視や警戒もなく、親しい友人や家族が側にいる程度に取るもの。
舐めた態度を取られないのは嬉しいでゴザルが、こういう手合は大体、底の見えない相手。
見通せない相手というのは敵でも味方でも底冷えするような恐ろしさがあるもの。
恐怖心の種を心のなかで摘み取っていると、彼女は会話の運び方を決めたのか、口を開く。
「男爵同盟はご存知?」
「西方諸領圏の二才が中心になっている集まりと聞いているでゴザル」
ここでの二才、男爵二才というのは若くして代を継いだものたちを指しているでゴザル。
「現在はもう若い子たちだけではなくなっているのだけどね」
「それがどのようにザールイネス殿の頭痛の種になっているので?」
「急な質問だけれど、ニチリンさん、貴方は永遠の命を信じるかしら」
「命の捉え方次第でゴザルな。
個という存在の担保というだけでいえば、アンデッドなど永遠に近い存在は実態しているのではないでゴザルか?
いや、しかし……」
アンデッドが『正常な存在』であるかと云われてしまうと、悩ましいところではある。
そうなったことがないからわからないが、アンデッドになると生前の意識や欲求に縛られ、新たなことや道へと進むことができないものと聞いている。
命とは人生であるとするなら、脱却不能の束縛に自らの意思で嵌まることは正常ではなく、
そうではないなら命ですらない、ただの現象に落ちるのではなかろうか。
こちらの考えを読んだように、彼女は笑う。
内心を透かされるのは拙者の未熟によるところでしかないので、不快感はない。
「私たちの一族は永遠の命というテーマで長い間、研究をしていたのよ」
ザールイネス家の名を最も強く広めたのは三賢人に名を連ねた人物であり、
三賢人が永遠の命などをテーマに研究をしていたことは知るものは知っている。
それをあえて云うのは噂ではなくそれが事実であることを教えてくれているのでゴザろうな。
「若々しいのも関係していたり?」
「これは持って生まれたものでしかないのよ。ふふ、褒めてくれて嬉しいけれどね」
茶を少しかたむけ、それから彼女は続ける。
「私の先祖が公爵の位から去るときに、それまでに作り上げた研究は封印すると決めたの」
「永遠の命に関する研究が一般的ではないことから、それは成功していた。
が……どうにも再びその研究を行い始めた連中がいる。そういうわけでゴザルか」
「今されている研究の始まりがザールイネスの技術が発端であったり、
我が一族の技術が利用されているのであればなかったことにしなければならない。
今でも私やザールイネス家が存続している理由がそれなのです」
使命や目的と共に名と財産が継がれていくことには共感する。
ニチリンも一面的には同じだからだ。
「本来であれば貴方に頼むのではなく自分でやるべきなのですが……。旅に出るには私は老いすぎてしまいましたから」
どの口で、と言いたくもなるが、我慢でゴザル。
これは拙者の妬みから来る言葉でしかない。
「情報を手に入れることが仕事の一つ」
「精査の結果、この家の技術であった場合は消し去ることがもう一つでゴザルか」
「それについての判断は私ではなく、私の娘にしてもらいたいの。
教育の手伝いをさせるようで悪いのだけど」
「承ったでゴザル」
情報を持っていくのは目の前のザールイネス殿ではなく、娘氏に。
そして娘氏がその情報を読み解いた後に起こす行動の手伝いをしてほしいというのが依頼の中身。
我らニチリンは約束は一つだけだ、なんてみみっちいことは言わんでゴザル。
むしろもっと大枠で観念的で、面倒な依頼でも投げられると思ったのでありがたいくらい。
「依頼とは少し離れる雑談になるかもなのでゴザルが」
「話せることなら」
「本来の歴史で考えれば、ザールイネス家は滅んだのでゴザルよね」
「名前を継いだものはカルザハリ王国末期に死んだはずね」
あえて『名前を継いだものは』という辺り、滅んだのはダミーかそれに類するものということか。
「しかし、この家は今も存在している。
いや、表向きはザールイネスと名乗っているわけではないとはいえ──」
「何故存続しているのか、ね」
単純な好奇心だ。
三賢人と呼ばれていたボーデュラン、ライネンタートは家も、その血筋も残っていないはず。
ザールイネスも同様に消えたとされているが、この血筋だけは今も目の前に存在している。
「ザールイネスの血は、未然王のためにある。
未来を売り渡したのは彼だけではなかったということなのだけど──」
お茶をゆっくりと飲み下したあとに、彼女は云う。
「続きは情報を持って行ったら、でどうかしら。
私よりも語り部としては適任だと思うのよね」
上手く聞き出せば追加報酬として情報を得られるってワケでゴザろう。
しかし、このザールイネス殿の人柄から考えれば娘氏も一筋縄にいかぬ人物であろう。
面白くなってきたでゴザルな。
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まずは男爵同盟についての情報収集。
そのために潜り込んだ西方諸領圏。
ザールイネス殿の娘氏については血族が彼女の居場所の特定を急いでいる。
どうにも依頼主殿も娘氏がどこで何をしているのかを知らないようだったのである。
過去のことをあれこれと思い出していたところに、
「ここにいたのですね、リンさん」
声が掛かった。
「給仕長殿」
「当主様がお戻りですから、そちらを頼むことはできますか?」
「はい、よろこんで。給仕長殿」
当主の名はビッグウォーレン。
入り込む上で事前に調べた情報を思い出してみるでゴザル。
元々はカルザハリ王国時代にウォーレン子爵領が自らの領を幾つかに分けて作られた家の長。
ウォーレン子爵というのは兎角、下半身の制御がよろしくない方だったそうでそこかしこに子を作ったのだとか。
どうしてもひた隠しにできなかった相手(つまり家格のある相手)との間の子に相続させるうえで、分割するしかなかったのだという。
子爵のままで通すこともできたのかもしれないけど、分割して小さくなった領で大きな顔をするのも危険。
そう考えてか、周囲に存在する男爵に睨まれないためにも同じ爵位を名乗ることにしたのだろう。
判断の結果は上々だった。
旧ウォーレン子爵領から続くリトル、ミドル、ビッグのそれぞれの家は今も上手く運営されている。
分かたれた頃には他にもエルドウォーレン家というのもあったそうでゴザルが、それは別の爵位の人間に取って代わられたとか。
尤も、その家──ウォルカール家も既に絶えているとかなんとか。
諸行無常でゴザルなあ。
玄関近くで部下と話し込んでいる当主のところまで進み、コートを受け取ったり、なんなりをする。
ニンジャは万能でなければならぬ。それが一族が持つ鉄の掟の一つ。
メイドとしての仕事もニンジャの嗜みなんでゴザルよ。
ちょっとした気の配り方で相手を操っているかのように帰宅作業をさせることができるでゴザル。
スムーズな帰宅後のアレコレが全てが終わったあとに、ビッグウォーレン氏は少し驚きつつも感謝を述べた。
貴族というのは大抵、お礼など言わないものなのでゴザルけど、この当主殿は違うんでゴザルよね。
付き合いやすいところでもあるのでありがたい。
「見事だな、リンと言ったか」
「はい」
いつもの調子で喋るとボロが出るので最低限しか喋らないことにしている。
ゴザル、なんて言ったらおしまいでゴザルからね。
「近日に男爵たちが集まっての会議がある。
世話をしてくれる人間が必要なのだが、付いてきてくれるか。
お主のような一流のメイドであれば見栄にもなる」
「はい、お任せください」
「一時雇用の身であるのに、すまぬな」
「一時雇用であるというのに重用いただくこと、給仕ギルドの遺児として大きな喜びでございます」
拙者の現在の身分は新人メイドではなく、ピンチヒッターとして雇われている流しのメイド。
なんだそりゃって感じでゴザルが、通用するのだから仕方ない。
そこらで手に入るものではなく、先祖の誰かが纏っていたという給仕ギルドの証明品、
これの効力ということなのかもしれんでゴザル。
ともかく、男爵が集まる会議は十中八九男爵同盟のもののはず。
ビッグウォーレンもまた同盟の一員であることは事前の調べてわかっていた。
「男爵閣下たちの集まりはどちらで、何泊ほどでしょうか」
「シメオン卿の領で行われる。
長くてひと月、短くとも一週間は掛かろうな。
出発は早ければ早いほどよい……と言いたいが、そう言えば今夜にでもとなるだろうな。
明日中の出発はどうだ」
「承知しました、準備を整えさせていただきます」
シメオン卿。
男爵二才を集め、同盟を作った首魁……のはずだが、そうした功績は表に出していない。
人を操って暗躍するのが好きなタイプなのでゴザろうな。
その手の類の連中は本能か直感かで潜入している人間を割ってくる可能性もある。
気を引き締めねば。




