112_継暦136年_冬/06
よっす。
フォグからの依頼を受けてから激動の日々だったオレだぜ。
依頼の内容はヴィルグラム少年の目的を果たさせること、
姐さんと旦那に対しての協力。
別の依頼のようで、結局のところ同じことだ。
ヴィルグラムが命を永らえることよりもやりたいことを優先したいと言えば、なんだかんだで二人は協力するだろう。
勿論、命を失わせないようにはするだろうが。
二人への協力は即ちヴィルグラム少年の目的達成とイコールだ。
ともかく、やるべきことを段階に分ければ姐さんたちとヴィルグラムの合流からするべき。
どこで合流するのが効率的かについては依頼主が情報をくれた。
「そこまでわかってるなら自分でやればよかったんじゃないの?」
当然の疑問に対して、
「可能な限り我々の存在を知られないほうが都合がいいものでね」
本当に理由はそればかりだろうか。
真実を語らないということは、隠したいことがあるということでもあるし、掘り下げて不興を買うのは望ましいことでもない。
なにせ復活に関わることが報酬なのだ。
受けると決めた以上は達成を目指すし、目標となる報酬があるなら依頼者へは柔らか低刺激野郎であるべきだ。
ここからの状況はすんなりと進んだ。
去ったはずのオレが再び合流するのが恥ずかしかったくらいで、
どこへ行くべきかの情報を携えているのだからヴィルグラムとの合流を目指そうとすることは簡単だった。
合流するに戦いがあったりなどでその点においては一筋縄にはいかなかったが、それでも達成はできた。
再会を果たし、喜んでいる三人を見てひとまず仕事の半分が終わったことを満足していた。
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文鳥迷路に戻ってきて、挨拶もそこそこでオレは少年へと話を切り出した。
「商隊はひとまず何とかなったな」
少年と共に移動した行商は、助け出した商隊と共に文鳥迷路へと撤退。
彼らは提携し、改めてペンゴラに向かうことにしたらしい。
襲撃されて地力を落とすことになった商隊にとってデューゼン商会との協力は渡りに船だったのだろう。
仲間との再会を果たした少年ではあったものの、ペンゴラに向かうべきかは今も悩んでいた。
曰く、ウォルカールという老人からの進めもあってそこに行けばなにかあるかもしれない、とのことだったそうだ。
仲間との再会は果たしたが、街一つが飲み込まれたトライカの状況を考えれば確かにその『なにか』を頼みにしたいところもあるのだろう。
「次はトライカの状況も調べないとかな」
すぐにでもトライカに行きたいであろう少年はその心をなんとか押し殺して、冷静であるよう努めている。
「と、云うと思ってな」
まるでオレが調べたかのような口ぶりで情報を求めているヴィルグラムに情報を渡す。
今のトライカは現在入れないこと、ビウモード伯爵の軍が近日に動きを見せるであろうこと、
入れないってのは一種の結界のようなものがあるらしいなんてことなど。
「なんでそこまで知ってるの?」
「トライカを何とかしたいと考えているヤツが少年以外にもいるんだ。
自領であるビウモード伯爵を除いたとしてもな」
情報の出どころについても聞いている。
「男爵同盟に潜入している仲間がいるんだ」
って、ことにしておくのがベターだろう。
「男爵同盟に?」
「連中は今のトライカの状況には連中が一枚も二枚も噛んでいるんだとさ」
端正なお顔を少し歪ませる。
男爵同盟にゃ思うところがありますって顔だ。
「トライカへの侵入手段はなんとかする。
少年は入ったあとにやるべきことをやりゃあいい。
それまで寝て待っているでも、ペンゴラでヒントを探すでも、な」
「……そうだね。わかってる」
あんまり焚き付けたくもないんだが、他のところに興味を向けられるのも困るというのが依頼主の意向だった。
どうにもトライカの状況はいい方向には進んでいないらしい。
少年が解決できるうちに手を出させてやりたいってことなのだろう。
「明日明後日にでも纏まった情報が手に入るはずだ。
それまでは束の間を楽しむべきだとオレは思うね」
オレは視線を動かす。
少年もそれに誘導されるように、その先にテーブルではシェルンたちがテーブルゲームに興じていた。
「冒険者ってのはオンオフをしっかりつけるもんだ。
しっかり準備をして、機運を望む。
そのどちらかが欠けているならやるべきタイミングじゃないってこと……だと思うぜ」
「焦ってトライカに進撃して何も掴めないで終わる、なんてのは最悪だもんね」
「それに」
「仲間を大切に、だよね」
「良い仲間に恵まれる冒険者ってのは幸運だからな、その幸運の運び手にゃ感謝しねえとだ」
勿論それはオレにってわけじゃない。
姐さんと旦那に。
依頼主にも向けてほしいところではあったが、隠してほしいのだろうからそれはおくびにも出さない。
焦ったって仕方ない。
トライカで苦しんでいる人々がいるのかもしれない。もう誰もいないのかもしれない。
だが、ここで焦って動けば解決のために情報を集めている人間の努力もまた無駄になる。
少年は聡い。
そういうことは全てわかっているのだろう。
だからここで彼らと遊びに興じることはわかりやすい感謝を告げるよりも彼らが喜ぶことも知っている。
心をなんとかごまかして、姐さんや旦那たちが盛り上がっている卓へと進んでいった。
勿論、姐さんや旦那もまた、少年と同じように焦燥感を抱えているのだろう。
それでも笑い、いっときの娯楽にも全力を尽くすことで擦り切れないようにする冒険者の心意気を見た。
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その夜。
「お客様、お会いしたいという方がお見えです」
宿の従業員が扉の向こうから伺いの声をあげている。
外はまだ真っ暗だ。
面会希望者が誰かはわからないが、何故来たのかは理解している。
「すぐに行くと伝えてくれ」
「かしこまりました」
闇夜を構わずに急ぎ来てくれたのか、
それとも闇夜に紛れねばならない人間なのか。
どうあれ、その人物が来た理由──つまり、トライカの情報を持ってきたことだけは間違いないだろう。
巨大宿泊施設『文鳥迷路』に真夜中だとか、真っ昼間だという時間の区切りで客足の多寡に差はない。
夜であればお天道様に顔向けできない客層が多数来場し、
昼ならば日の下を大手を振って歩くことができる人種が来場する。
今の客層は勿論、『筋者』が多い。
筋者ってのは賊、冒険者崩れ、騎士崩れに始まり、犯罪スレスレを泳ぐ連中から犯罪にどっぷりと潜る奴まで、多種多様な連中のことだ。
オレの外見も周りから見れば十分に筋者なのだろう。
であればこそ、擬態は完璧だと言える。こういう場所で目立つのは命取りになる。
特に今から行うことになるであろう、情報のやり取りであればより一層に擬態が剥がれぬようにするべきだ。
「この番号のお席でお待ちです」
本来は酒や料理を運ぶために使うのだろう、卓の番号が書かれた札を渡してくれる。
誰がどう待ち合わせしているかを極力伝えないようにする一種の守秘義務であるのかもしれない。
番号に従い到着した席には周りとさして変わらない風体、つまりは『賊っぽい』姿をした男がいた。
ただ、オレの感覚はごまかせない。
コイツは賊じゃない。
オレじゃなきゃ見抜けないだろうね。賊に関しちゃ一家言あるんだ、こっちは。
自慢にならない? そうね。
「ヨー、兄弟。
元気にしてたかぁ?」
過剰ではないにしろ馴れ馴れしい態度を取る。
「よっす。
元気にゃあしてたが、それ以外はぼちぼちってところだな」
自分で言うのも、って話ではあるがオレの風体は金を持っているようには見えない。
実際に持ってないんだけどさ。
ぼちぼち、という言葉に対しては信憑性を帯びているだろう。
そうした『どうでもいい信憑性の積み重ね』こそがこの場における最高の迷彩になる。
どうでもいい、取るに足らない賊の一人になるのだ。
「そっかそっか。
フォグ姉貴の調子はどうだい」
「相変わらずの大雑把加減だよ」
あの人はエルフにしちゃ随分と大雑把だもんな。
いや、エルフだからって皆が皆『しゃなりしゃなりとしているだろう』なんてのは、オレたちみたいなヒト種の幻想かね。
なんて話をしながら、彼は言葉を吐く。
「しっかし随分と遠くに来ちまったよなあ、お互いに。
故郷じゃあ、そろそろ空が烟る季節だろうかね」
来た。
これは符丁だ。
フォグから教えられた言葉を話さなければ情報は得られない。
それどころか賊に変装している人間に殺される可能性もある。
彼は『ニチリン』と呼ばれる組織の一員らしい。
いや、組織とは言ってなかったか。ニチリンの一人、としか言ってなかった。
複数いる個人の総称なのかもしれない。
「『日の輪が映える頃合いだろう』」
それが合わせるべき符丁。
「故郷が恋しいぜえ。
っと、雑談で時間取らせるのも悪いよな。
ほいっと。コイツが頼まれてたアニナグリ草だ」
そう言って肩掛けカバンを机の上に置く。
「悪いな」
「摘んだ奴はまだ森にいるはずだ。
また必要になったらフォグ姉貴にでも伝えてくれよな」
そういって賊風の男は立ち上がると何事もなかったかのように文鳥迷路を後にする。
オレも変に疑われないように、気をつけないことを気をつけつつ部屋へと戻った。
カバンにはアニナグリ草が束になって入っていて、底板の代わりに紙の束が敷かれている。
待っていた情報がそこに書かれているはずだ。
少年、姐さん、旦那に、それにこの宿の主なんかと回し読みするわけにもいかない。時間が掛かりすぎるだろう。
であればオレがここに書かれた情報を頭に叩き込んで、朝になったら口頭で情報共有すればよかろう。
なになに……。
『男爵同盟についての各種情報と覚書。
大部分の男爵はマヌケだけど、要注意人物もいるので気をつけよう。
リンちゃんチェック!
危険な相手を知りたい場合は次のページから、興味がない場合は13ページから──』
妙にノリのいいというか、カジュアルな情報だな……。
先のあの男が書いた──わけではない、よな?
『摘んだ奴はまだ森にいる』
つまり、まだ潜入しっぱなしってことなのだろう。
生きた情報を得るため、危険を顧みずに仕事をするプロの姿勢に頭が下がるばかりだ。




