【電子書籍発売記念SS】ソフィアの悩み
【2021年12月16日、電子書籍配信開始】
「王子様に一目ぼれしたら、おかしなことになっています!」上下巻同時配信しています。
上下巻で別々の書下ろし番外編付きですので、是非お読み頂けたら嬉しいです!
コミカライズ企画も進行中です。引き続きよろしくお願いします!
王都での滞在先であるリンギット子爵邸の一室。
ソフィアは目の前に広がった色とりどりのドレスを前に、目をぱちくりと瞬かせた。
「えっと……、ボブ?」
「ん? 何? 気に入ったのがないかな?」
「ううん、そうじゃないんだけど」
黄色のワンピースは裾のレースが素敵だし、淡い緑のものは胸元の花の刺繍が可愛らしい。アイボリーのものはスカートが少しふんわりしていて愛らしく、水色のものは濃淡二色使いがお洒落で気をひかれる。
思わずうっとりするようなドレスの数々が、ソフィアの前にずらりと並べられているのだ。
ソフィアはこれまで、社交界に一切かかわらずに過ごしてきた。しかし、ロバート王子の婚約者となったらそうも言っていられない。
しかし、ソフィアには重大な問題があった。
それは、第四王子の婚約者として相応しい衣装や小物などを買う余裕がマリオット伯爵家にないこと。
どうしたものかと悩んでいたところにロバート王子が『ドレスを贈らせてほしい』と言うのでありがたくお言葉に甘えたところ、この状態になった。
「ちょっと多すぎないかしら?」
「そうかな? 迷惑だったかい?」
「迷惑だなんて、とんでもない! ただ、ボブの負担になっているんじゃないかって思って」
ソフィアは慌てて両手を胸の前で振る。
せっかくの厚意なのだ。好きな人にドレスを贈られたのだから、嬉しいに決まっている。
「負担にはなってないよ。フィーが俺の選んだ服を着てくれたら嬉しい。フィーは可愛いから、どれも似合うかと思って頼んでしまったよ」
ボブはソフィアの心配を拭い去るようにそう言うと、蕩けるような甘い微笑みを浮かべる。
(また、そういう顔する……!)
心臓がギュッとして、ソフィアは自分の胸を押さえる。
ロバート王子に優しく微笑まれると、ソフィアはなんだって許してしまう。
今日のドレスはさすがに多すぎる気がしたけれど、嬉しそうな顔をされると「まあ、いいか」と思ってしまった。
何よりも、ロバート王子が喜んでくれるのが嬉しかった。
◇ ◇ ◇
「『悩みがある』だなんて言うから、何かと思えば──」
優雅に紅茶を飲んでいたキアラはため息交じりにティーカップを置くと、呆れたようにこちらを見る。
「ソフィア様。そういうのを世間では〝惚気〟って言うのですわ」
「惚気……?」
「そうよ。ヴィヴィアン様もそう思いますでしょう?」
キアラはソフィアの隣に座る、ヴィヴィアンに同意を求める。
「そうねえ。どうかしら?」
ヴィヴィアンはくすくすと笑うが、否定はしない。
(そんなつもりは一切ないのだけれど?)
ソフィアは困惑してキアラとヴィヴィアンを見つめ返す。
ソフィアは今日、ヴィヴィアンに誘われて王宮の庭園で開催されているお茶会に参加している。王太子妃に正式に内定したヴィヴィアンが花嫁選考会で親しくなったソフィアとキアラを招待して開催しているものだ。
そこの場で、ソフィアはいつもロバート王子に何かをしてもらってばかりでお返しができていないことに悩んでいると相談したのだ。
「でも、わたくし困っているの。いつもボブ……ロバート殿下に負担をかけているんじゃないかと思って」
「じゃあ、ロバート殿下の好みを調べて何かプレゼントしてみたらどうかしら?」
「ロバート殿下の好み……。何かしら?」
「そんなことわたくしが知るわけないでしょう。相手は王子殿下なのよ?」
「それもそうよね」
キアラからぴしゃりと言われ、ソフィアは悩む。ロバート王子の好み。一体どうやったらわかるだろうか。
(本人に聞く……のはまずいわよね)
そのとき、ふと閃いた。
(そうだわ!)
「ねえ、ヴィー。いつもロバート殿下と一緒にアーサー殿下の護衛をしていらっしゃる方がいらっしゃるでしょう? あの方を紹介していただけないかしら?」
「え? ブランドンのことかしら? うーん、やめたほうがいいのではないかしら?」
ヴィヴィアンは困ったように首を傾げる。
ソフィアの思いついた名案。それは、普段王太子であるアーサー王子の護衛をロバート王子と共にしている近衛騎士──名前はブランドンというらしい──に教えてもらうというものだった。
「お願いっ! どうしても知り合いたいの! わたくし、彼のために頑張りたいの!」
ソフィアは両手を顔の前に合わせてお願いのポーズを取る。
そのときだ──。
「誰と知り合いになりたいって?」
すんと心地よい香りがして、大好きな人の声が鼓膜を揺らす。
ソフィアはハッとして振り返った。
「ボブ!」
そこには、悠然とした佇まいのロバート王子がいた。いつもの近衛騎士服ではなく、黒い貴族服姿だ。
「フィー。王宮に来ているなら、事前に言ってくれたらよかったのに」
「ごめんなさい。お仕事の邪魔になると思ったの。今日はもう仕事は終わったの?」
「まあね」
ロバート王子はそこで一旦言葉を止めると「で、誰と知り合いたいって?」と先ほどと同じ質問をする。
「えっと……、なんでもないの!」
「そう? ブランドンの名前が聞こえた気がするけど?」
「え!」
ソフィアはサーッと顔を青ざめさせる。
まさか、聞こえていた?
「困ったことに、我が愛しの婚約者殿は浮気症のようだね。これはきっちりと話を聞かないと」
「え、違うの……!」
「とりあえず、向こうでじっくり話を聞こうか?」
ロバート王子はソフィアの手を握ると、どこか黒い笑みを浮かべて席を立たせる。
「ちょっとフィーを借りてゆくよ」
ソフィアはそのまま、ロバート王子に付いてゆく他なかったのだった。
◇ ◇ ◇
「…………。あの子、大丈夫かしら?」
キアラは青い顔をして、ソフィアを連行してゆくロバート王子の後ろ姿を見送った。
まさかここにロバート王子がタイミング悪く現れるとは思ってもみなかった。王宮の庭園で開催しているのだから、そういうことがあっても不思議ではなかったのに油断した。
自分のせいでソフィアが誤解されて酷い罰を受けるのではないかと気が気でならない。
「大丈夫よ。ロバート殿下には全部聞こえていたはずだもの」
一方のヴィヴィアンは、なんてこともないように平然とした様子だ。
「だって、殿下には聴覚のギフトがあるもの。最初から聞こえているわ」
「え?」
キアラははっとする。聴覚のギフト持ちであれば、かなり離れていても恋人の声は聞こえるはずだ。
「澄ました顔をしていたけど、間違いなくフィーの可愛さに悶絶しているわね。だって、自分のために頑張りたいって……受けるとしたら、とっても甘い罰だわ」
「つまり、最初から最後まで惚気話だってことね……?」
ヴィヴィアンとキアラは口を噤み、同時にティーカップを口に運ぶ。
なんてことだ。
お茶のギフト持ちの自分のしたことが、とんだ失敗をした。
「今日はお茶じゃなくて、ブラックコーヒーにするべきだったわ」
〈了〉
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