お嬢様系悪役令嬢の淡い恋
「あら、1組の男子走者は、あなたではなかったはずですわ」
「あ、はじめまして。走るはずだった子が急に外国に引っこしてしまって、かわりにぼくが走ることになったんだ。ぼくは和田和孝、よろしくね」
「そうでしたの。わたくしは如月玲奈ですわ。よろしくお願いいたします、和田様。」
小等部2年生の運動会。最終種目の紅白リレーに、急遽代走をすることになったのが、そのクラスの級長を務めていた和田様でした。
そんな、ちっぽけな出会い。
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「柊様、如月様、手伝えることは何かありますでしょうか?」
「いいえ、必要ありませんわ。」
深く考える前に、そう答えてしまっていました。
──バカ。どうしていつもこういう口調になってしまうのでしょう?
「これは、あ……」
弁明をしようにも、手伝いを申し出てくださった彼女は涙目になって早足で去ってしまいました。
しかし、確かにこの書類はおいおい無関係の生徒に見せられないものだったのです。それを説明できる前に彼女は去ってしまいましたが。
──こんな私では、和田様に嫌われてしまっても仕方ないですわ。
「──私、可愛げがないですもの」
ふと、声に出てしまっていました。
すぐに顔がかあっと熱くなってしまいます。
──私はなんてことを口走っているのでしょう!
「そうやって言った後にしゅんとしているのは、可愛らしいんだけどね」
少し苦笑いをしながらそう言うのは、向かいの机に座る柊様です。
柊様はこの清園学園の理事長の一人息子で、国有数の大財閥の御曹司。昨年まではイギリスに留学していたというのに、今年帰国してすぐに学年主席の座を我が物にした秀才であらせられます。
それに加えマホーガニーの髪に深緑の瞳、整った顔立ち、と大変見目も麗しいお方。
更には先の白羽の御令嬢との一件で大変注目され、柊様は今や高等部の王子様のような存在です。
同学年はもちろん、先生方や上級生からの評価も高く、次の生徒会長選挙での当選は確実なのだとか。
そんな柊様とともに私は今年の1年A組の級長の役を任され、こうして放課後に雑用を一緒にすることがあります。
不人気だった級長の責務も今では羨望の的です。
「それにしてもすまないね、生徒会の仕事まで手伝って貰って。これがあったからあの子も断ってくれたんでしょう?」
柊様が柔らかく微笑みます。
周りに聞こえるくらいの声でそう言うのも、私の教室での立場が先程のことで悪くならないようにと、きっと気を利かせてのことでしょう。
「ただ……自分だけ先に帰るのが忍びなかっただけですわ。」
「うん、ありがとう」
私がいくら冷たい態度を取っても、柊様が微笑みを絶やすことはありません。
「少し、外しますわ」
返事も待たずに、急ぎ足で教室を出ます。
授業は終わって部活動の時間が始まっているので、廊下の生徒も疎らになっています。突き当りの階段まで歩いて一息ついて、何の目的もなく飛び出してきてしまったことを少し後悔してしまう。不自然に思われたかしら。
柊様といると、度々息が詰まることがあります。
本心の上に張り付けたような上辺の顔に、優しさ、気遣い、全てが家の関係で出席するパーティーでの大人達のようで、息苦しいと感じてしまう。
──私はやはり、上辺だけの顔を作るのが、苦手のようですわ。
「如月さん?」
声につられて目を向けると、階段の踊り場には私を見上げる和田様の姿がありました。
和田様とは小等部で何度か一緒に級長を任されたことがあり、交友関係が乏しい私にも話しかけてくれる数少ない方の一人です。そして……
「……如月さん?」
「和田様……」
「この時間まで残ってるのは珍しいね」
「……はい、少し級長のお仕事を……」
「ああ、そっか。この間は挨拶ができなかったけど、柊君は物腰が柔らかくて優しそうだったね。2人の並んでる姿もとても絵になっていた」
和田様は穏やかな人好きのしそうな笑みを浮かべます。柊様と一緒の処世の微笑みのはずなのに、どうしてこんなにも違うんでしょう。
「……ありがとうございます」
胸の奥がほんの少しだけ、ジン、と温まるような感覚を覚える。何故でしょう、この笑みを見るといつも心が安らぎます。
本当に、何故なのでしょう。
「……よかった、顔色が少し戻ったみたいだ。気になって、声をかけたんだ」
如月さんは元から肌が白いから自信なかったんだけど、とほんのりぎこちない笑顔を浮かべる彼を見て思います。
彼の優しさはいつも、とてもあたたかい。
「じゃあ、僕はこれで失礼するよ。級長の仕事、頑張ってね」
声をかけてくれた階段の踊り場から昇ってきてくれていた彼が、カバンを手に持っていることにようやく気が付きました。
帰るところだったのに、私と話すために?
──私が、元気がないと、思ったから……
教室に戻ると、柊様は変わらない姿勢で手を進めておりました。
「おかえり。少し気分転換できたかな?」
「ええ」
向かいの椅子に腰を下ろしてプリントに目線を落とします。のに、文字の羅列は中々頭に入ってきません。
頬にも、まだ少し熱が残っているようです。
──よかった。柊様は気が付かないみたい。




