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藤乃は何が何だかわからずにオロオロするばかりだ。
「特に、ないです」
「そう。――君の声はきれいだね」
はぁ、と藤乃は情けない声を出した。声を褒められたことはない。長い髪がきれいだとか、小柄でかわいいなんて言われることはあったけれど。鷹虎の感性はやはり少し変わっているのかもしれない。
「そうだな、『笙琴』にしよう。お琴みたいにきれいな声だから」
鷹虎は優しく笑った。
「雅号、ですか?」
藤乃は驚いて思わず聞き返す。雅号というのは書に入れる名前のことで、師匠から一字もらうのが一般的だ。笙楽の「笙」に「琴」で「笙琴」。
「そう。気に入らない?」
「いえ!ありがとうございます」
鷹虎は色紙に筆ペンで「雅号、笙琴」と書くと藤乃に手渡した。
柔らかく力強い字だ。藤乃が憧れた「笙楽」の書。
「精進するんだよ。この名前を生かすも殺すも君次第だ」
「でも、どうして?」
鷹虎はにやりと人の悪い笑みを浮かべた。
「来月から君は僕の指導だよ」
テーブルに片肘なんてついちゃって、色っぽいの。
「君はまっすぐな子だねぇ。どうしたらそんな風にまっすぐ育つのか知りたいよ。たいていの門下生はあの場で僕に陥落されるけどね」
ちなみに言っておくけど、これは試験でもなくただ君の反応が見たかったんだ、と笙楽はにこっと笑った。
藤乃にしてみたら、質が悪いというしかない。
「とにかく、来月からは僕の指導だ」
鷹虎は不意に真面目な顔をして藤乃に向き直った。
「才能に限界を感じたらいつ辞めてもいい。次の門下生は控えている。長年やって賞もとれず、個展を開くに至らない者は多い。その時は、自分の個性がつぶれる前にここを「卒業」しなさい。君にはもうすでに十分な技術がある。仕事はいくらでも紹介する」
書家として成功するのは一握りなのだと笙楽もわかっているのだろう。だからあえて最初にそれを話した。
「私、やれるところまで頑張りたいです。ご指導、よろしくお願いします」
藤乃は畳に手をつき頭を下げた。
「やれるだけのことをやるよ。さて、君は何曜日の練習がいい? 書道室が空くのは千尋のクラスが終わってからの20時スタートになっちゃうけど」




