再戦(リーヴァ視点)
次の日の朝、山賊との戦いに備えてウォーミングアップをしていた。
「さて、では昨日やった事の復習です。ルビナ王女はレイピアの動きに惑わされないように、シャーレ様は私の視界から完全に消える動きの確認です」
2人が頷いた事で、早速復習に取り掛かることになった。
「さて、初めはルビナ王女からでお願いします」
「ええ、望むところよ」
ルビナ王女はやる気に満ちた表情で、レイピアを構えるが、最初の頃のような圧は感じ無くなっていた。
「行くわよ!」
ルビナ王女は声量とは裏腹に軽めの突きを放つだけで、自分自体は姿勢を綺麗に保ち、俺を動かすのと攻撃を誘う流れを作っている。
(シャーレさんもだけど、ルビナ王女も吸収が早い)
これに関しては、先代の戦い方を体で覚えたというのもあるんだろう。
本当なら攻撃する必要はないが、これは練習、俺はルビナ王女に対して攻勢にでる。
「避けてくださいね」
俺は木剣を斜めから振り下ろし、ルビナ王女に避けるように指示をしたが、ここで予想外のことが起きる。
「避ける必要はないわよ!」
そういったルビナ王女は俺の木剣をレイピアで絡め取り、軌道を変えた。
(昨日は出来なかったことを....だけど)
驚きはあるが、ルビナ王女は木剣を絡め取れたことにより、すぐに反撃をしてしまった。
「残念、私の姿勢は崩れていませんよ」
木剣の軌道を変えられただけならば、体制を崩すことは無い。
俺はルビナ王女の横に移動するようにして、レイピアによる斬撃を誘った。
「何回もやられているから分かるわよ!」
ルビナ王女は俺が横に躱すのは分かっていたようで、俺の読み通りの斬撃が来る。
「えっ、居ない」
ルビナ王女が横に対して斬撃をする前に俺はルビナ王女の後ろをとっていた。
そして木剣を優しく頭に当てた。
「山賊相手なら問題はなく倒せるでしょうが、相手が実力を持っている場合は少し危ういですね。当てたと思って少し足を止めてしまったのが今回の敗因です」
「上手くいったと思ったのだけれど、リーヴァの手のひらの上で遊ばれていただけだったのね」
ルビナ王女は俺が斬撃を誘導したことに気づいて、うまくいったことよりマイナス面を多くとらえてしまった。
「一日でこれだけの成長です。経験の問題はあれど、1ヶ月もすれば敵兵に遅れを取る事はないと思います」
ルビナ王女がブツブツと何か言い出したが、これは昨日の事で分かっている。
(反省点を考えて、改善するつもりだろう)
この王女は本当に素晴らしい人間だ。あの横暴な王族の出身でこれだけ自分を高められて、怠慢することもなく、崇高な目標を持っている。
「さて、シャーレ様。さっきの動きは見ていましたか?」
「ええ、バッチリと見ていました」
さっきのルビナ王女の視界から消える動きを1番見て欲しかったのはシャーレさんだ。
シャーレさんは何か掴んだかのような目をしているため、きっとあの動きを見て自分の動きと重ねられたのだろう。
「さぁ、やりましょうか」
「もちろんです」
俺はシャーレさんと向き合う、そして俺が一瞬視線をずらすとシャーレさんは俺の視界から見えずらいところから襲ってくる。
「やっぱりこれは見えていますよね」
「ええ、もちろん」
シャーレさんは俺の真横にいて横なぎをしてくるが、それ自体は視界に入っている為、その剣を止めて、剣の撃ち合いをする。
「っ!」
シャーレさんはこれでは分が悪いと判断したらしく、一気に後ろに下がった。そしてここで俺はシャーレさんの成長を見ることになった。シャーレさんは持っていた木剣を俺に投げつけて、動き出した。
(見えない!)
その木剣を弾いた時にはもう視界から完全に消えていた。
だけど、音は聞こえていた。
「ちょっと音を立てすぎですよ」
俺は右斜め後ろにいるであろう、シャーレさんに剣を振るったのだが、そこにはシャーレさんはいなかった。
(まさかの音がブラフだったか....)
「取った!」
シャーレさんは俺の後ろを取って攻撃するのではなく、それをブラフにしてさらに俺の後ろを取り、絶対に当てれるように動いていた。
「さすがに天才すぎますね」
シャーレさんが俺の後ろを取って隠し持っていた短剣を振り下ろした。
「っ!なんで!」
俺は何も見ずに、背後で振り下ろされる短剣を木剣で受け止めた。シャーレさんは反応されると思っていなかったようだが、さすがにまだ負けない。
「やっぱり、シャーレ様の飲み込み速度は天賦の才ですね。でも、実践経験が少なかったですね」
短剣をはじき飛ばした俺はシャーレさんの頭にも優しく当てた。シャーレさんは分かりやすくため息をつくと俺に文句を言ってくる。
「本当に....あれで勝てないなら、私に勝ち目がないんですが」
「そんなことはないですよ。完全に視界から消えていましたし、あれだけ出来れば大半の敵には遅れは取らないどころか、勝てますよ」
「...それでも悔しいものは悔しいです」
それでもまだ不満があるようで、とぼとぼと木剣を取りに歩いていった。そして入れ替わるように、ルビナ王女はこっちに近づいてきた。
「ねぇ、どうしてリーヴァは後ろにいたシャーレに気づけたの?」
その問いはシャーレさんも気になったようでこっちに近づいてきた。
「実際、短剣が振り下ろされるまで、分かりませんでした。ですが、短剣を振り下ろす時の風の斬る音で反応しました」
その言葉に2人は目を見開いていた。
「風を斬る音って....そんなの聞こえたとしても反応出来ないでしょう?」
確かに俺も最初の頃は何も分からなかったが、これは師匠との修行での成果だった。
「これは師匠との修行で鍛えられたんです」
これにはルビナ王女もシャーレさんも興味があるようで、目を輝かせている。
「どんな修行だったの?」
「あれは思い出したくないですが、私が目隠しをした状態で、師匠の剣を避けるというものでした」
「え?」
俺の修行内容を聞いた2人は目を点にしていた。
「えっと、木剣ですよね?」
恐る恐る聞いてくるシャーレさんたが、この後、俺は俺の発言によって引かれる結果となる。
「最初は木剣でしたが、避けられるようになるとあれを使われました」
俺が指を指したのは師匠の剣だった。
「.....リーヴァ...よく死ななかったわね」
「さすがに殺すまではしないと思います。やるとしても瀕死ですかね」
「されたことあるんですね」
最初の頃は木剣でボコボコにされたが、それも師匠の愛情なんだろう。それは2人には理解できないようで、可哀想な人を見る目で見られた。
「私達にやったりします?」
「私がシャーレ様に、ましてや、ルビナ王女に危害を加えられるとでも、お思いですか?」
「安心はしますが、その技術は習得出来ないみたいですね」
この修行法では、危害を加えることになるのでいくら修行とは言っても気が引ける。
それを理解しているからこそ、シャーレさんは落ち込んでいるが一応出来ると思う。
「いえ、当てるギリギリで止めればいいですから、時間が掛かりはしますが習得は可能ですよ」
「なら、時間がある時お願いします」
「分かりました」
シャーレさんはそれを聞いてやりたいようなので、朝の時間にそれを教えるとしよう。
その時ルビナ王女が空を見ながら声をかけてきた。
「リーヴァ、そろそろよね?」
何を言いたいか俺とシャーレさんも理解して、俺は頷いた。
「緊張しなくても大丈夫です。怪我はさせませんので、自分のしたいことを最大限やってください」
不安の色が見えるルビナ王女は俺の言葉を聞いて、安堵したように声を漏らす。
「ええ、貴方がいるならば、なんの心配も要らないわね」
「ありがたきお言葉」
そうして俺達は山賊との再戦のための準備をした。
「準備は出来ましたか?」
「ええ」「もちろんです」
一応の確認だったが、2人とも気合いは十分な様で、目に強い闘志を宿している。
「では行きましょう」
そうして俺達は山賊たちがいる場所へ向かうと、意外と早く目標を見つけた。
「あれですね、まずは人数の確認です」
俺がそう言うと2人は頷いて山賊の数を確認する。
(15人..前より増えている)
最初にあった時は10人だったため、数こそは前よりも増えているが、2人は冷静だった。
「ルビナ様、まず私が奥の2人を射抜きます」
「任せるわ、そうしたら動揺している隙に1人は倒すわ」
2人は作戦を立てているようで、シャーレさんはエルフから貰った弓を引いて構えている。
しかも矢が2本同時にだ。
(当たるのか?)
俺のそんな疑問は杞憂に終わることになる。
シュッという弓が放たられる音と共に2本の矢は真っ直ぐに飛んでいき、標的の頭と胸に突き刺さった。
(....これはどっちだ)
シャーレさんの腕もあるだろうが、エルフから貰った弓にもなにか細工があるのかと思っているとルビナ王女が動き出していた。
「どこを見ているの!」
ルビナ王女は先頭にいた山賊の心臓をレイピアで、突き刺した。
「なん....だ」
その山賊は直ぐに絶命したが、残りの山賊には気づかれてしまった。
そしてシャーレさんとルビナ王女は山賊と向き合った。
「あ、あれはあの時の女!」
その中の一人は最初の時にもいた山賊だったようで、2人を見て動揺していた。
(あの時は手も足も出なかったからな)
「私達が相手よ!」
「たった2人で、舐めやがって!」
その後の戦いは順調そのもので、ルビナ王女は少々危ないところもあったが、レイピアの力を最後まで出すことは無かった。
そして何よりシャーレさんの成長が常軌を逸していた。10人程はシャーレさんがすぐに倒していたのだ。
この森での戦いならば、身を隠し易いというのもあるが、相手を利用して自分を隠すという動きが特に上手かった。
(複数戦でこそ、真価を発揮しているのか)
一対一でこそ、遅れを取ることもあるが、逆に複数対1の場合、無類の強さを発揮しているのかもしれない。
負ける気はないが、あと5年もすれば自身と並ぶ力を手に入れるだろう。
そして、最後の一人を倒しきったルビナ王女だが、油断は禁物だ。
(さて、気づくかな)
俺は万が一に備えて、短剣を持って目標を捉えていた。
「ルビナ様、やりましたね」
「ええ、あの時は何も出来なかったけれど、今回は勝てたわね」
お互いが成長を喜んでいる中、1人の山賊がルビナ王女に襲いかかろうとした。
「背中が丸見えだぜぇ!」
「なっ、ルビナ様!」
「えっ!?倒したはずなのに!」
このタイミングの奇襲はどちらかは深手を負ってしまう。
(終わりだな)
シャーレさんはルビナ王女を庇って山賊の攻撃を受けようとしたが、それは俺の短剣によって徒労に終わった。
俺は影から出ていき、一安心しているルビナ王女とシャーレさんの元へ行った。
「お疲れ様でした。ルビナ王女、シャーレ様。最後は気を抜いてしまいましたが、それまではよく出来ていました」
俺としては褒めたつもりだったが、2人は少し悔いているようだった。
「途中が良くても、最後があれでは意味が無いでしょう」
「そうね、あのままだったらどちらかは最悪死んでいたわ」
この2人は勝った余韻に浸らずに、しっかりと反省点と向き合えていた。
「すぐにそう考えられるのは良い事ですが、少しは成長を喜んだ方がよろしいかと。ルビナ王女もシャーレ様も見違えるほどにお強くなっております」
そう、この2人はたった2日で、大人数相手にしても勝てる所まで来たのだ。
(初めて会った時からは想像出来ないな....)
最初は相手の攻撃を受け止められないシャーレさんだったのに、今では才能を開花させつつある。
ルビナ王女に至っては震えて戦うことすらできて居なかった。
それなのに、今では迷いなくレイピアを振るうことが出来ている。
「それもそうね....私達はあの時より強くなったわ」
「はい、リーヴァさんのおかげで私も役に立てるようになりました」
2人は自身の力を実感し、成長を感じていた。
「私がいる間に問題点があるならば、そこに重きを置いて下さい。焦る必要はありません」
俺は専属騎士だ。
その主人が求めるものに近づくためなら、この程度の労力は厭わない。
「そうね、でも、貴方にいつまでも頼る事はしないわ。絶対に」
「私もです。せめて、1人でも戦えるようになります」
2人とも意思が固く、これからも強くなって行くのだろう。
(さて、これで戦えるようになった....)
今回の修行は何故必要だったのか...
「これで行けるわね」
「はい、戻りましょう。王都へ」
2人は王都の方角に視線を飛ばしていた。
だが、俺は少しの不安が残っていた。
もし、王族が暴挙を働いていたとしたら、俺は抑えられるだろうか....




