第61話 屋上
忙しくて会社に出社できなくても、この邸宅に戻れば、事務棟2階のパソコンで業務処理ができる。
いつものように、電子決済画面で申請内容を確認して、可否とは別に必ずコメントを入力するようにしている。
それが俺に課せられた最低限度やらなければならない仕事だと理解している。
むしろ会社に出社せずに、PCで返ってくる回答の精度とレスポンスが、フェイスToフェイスの関係よりも、より正確に評価できる場合もある。
例えば、2階の受付嬢は『企業イメージに直結するから』という理由で、外見重視で選ばれたとか言われていたが、業務システムを変えてからは、その印象がすっかり変わるほど優秀だと分かった。
書く文章もしっかりしていて論理的、かつ合理的なのだ。
1階のエレベーターから4階まで一気に上がってしまう俺も、時には2階の受付を見てみようかな?などと思うほどだ。
俺の会長邸での部屋は、2階にある使用人が使う事を想定した部屋だが、それでも広い。
ただ、浴室とトイレは部屋の外にある。
3階は主人の部屋、麻衣さんが居た部屋、そして、もう一部屋同じレイアウトの部屋がある。
主人の部屋は中型バスとトイレ付。その他2部屋は、シャワー室とトイレ付きだ。
夜8時にお風呂を入れていたら、執事の高橋さんがやってきた。
「あきらさま、お電話を入れて頂きましたらお風呂は準備しておきますので、電話番号、メールアドレスの交換をしておきましょう」
「あっ、ありがとうございます」
「それと、本日のように来客があり、その方がご当主さまから許可を得られた方である場合には、1階の応接室が使えます。また、客室もございますので、そちらにお泊めする事も可能です」
「そうですか…会長の許可を取るには、何か申請書かなにかあるのかな?」
「あっ はい、こちらでございます。顔写真、全身写真と住所、氏名、関係性を記入頂きましたら、身元調査のうえ、審議をして約1週間で判定結果が通知されます」
翌日、教室に着いて、少し気が重いまま席に付いたが、お昼に食堂へ行く頃には、今までと同じ感じには戻っていた。
俺を追うように、俺の向かいに座る京極彩花、そして右隣に座る勝田美香。
「昨日はごめんなさい」
「いや、いい。君に近づくのは何かと危険があるのだろう事は理解していた。何と言っても護衛の勝田美香が側にいるくらいだからな。でも昨日、勝田は俺を守って男たちと戦ってくれた。俺はそれがうれしかった」
「あ、ありがとう」
「でも、美香には彩花を守る使命があるから、俺とふたりでいる時間はない。だから3人でいるんだろうけど… …こんな事、いつまで続けていくのさ…」
「だったら、どうしろって言うの? 私も困るよ…」
「ま~時々は、お好み焼きでも食べにいく関係でいいんじゃないか…」
ずっと黙っている彩花の顔をチラッと見ながら、カレーを食べて、すぐに教室に戻った。
カレーは飲み物だと言った奴がいたが、確かに早食いにはもって来いの物だ。
席に座るには早すぎるので、見晴らしがいい屋上に上がってみた。
そこにはベンチがあって、ここで弁当を食べる人達もいる。
だが、食堂に行けば、お茶はただで飲めるし、食べこぼしの後始末も簡単だ。
そういう目で周囲を見ていたら、隣のベンチに座る女子から声を掛けられた。
「高橋くん、お腹が空いてるなら、おにぎり1個あげるわよ」
見ると、3列目中央、女子7位の酒井葵さんだ。
この人の所作は『しとやか』というか、何か違うと思ったら、茶道部に派遣されている講師の
家元の娘らしい。
男子生徒からの格付が高い理由は、体育の授業でバスケットボールがあり、普段とは異なる素早い動きと、お胸の揺れが野村優香に匹敵するらしい。
「あぁ、ありがとう。実はカレーを飲んで来たばかりで、お腹は空いてないんだ」
「えっ? カレーを飲み込んで来たの?」
酒井さんの隣の女子に驚かれた。
「いや、早食いの比喩表現だと思うけど、『カレーは飲み物だ』と言ったタレントがいたらしいので、その真似をしてみただけだよ。紛らわしい事を言って悪かった。それと、酒井葵さんでしたね。気を使ってくれて、ありがとう」
「私の事、知っているんですね…」
「えっと、酒井さんの事を知らない男子は少ないんじゃないかな…女子を格付する奴がいて、かなり評価が高いみたいだから」
「え…」
「酒井さんの右隣の男子が格付男です。何かと女子の情報を集めては小銭を稼いでいるらしいですから、注意した方がいいですよ」
「そんな事してるんですか、あの人」
「窓の外を見ている振りして、酒井さんの事を…いやいや、憶測はやめておきましょう。気になるなら、席を交換してもらえばいいでしょう。我がクラスで席替えは流行ですから」
「あの~ 私は2組の戸沢亜美と言います。葵の事、よろしくお願いします」
「え? いや、お願いされてもサポートできない物理的な距離がありますから…」
「そんな事言わないで下さい、あっ、だし巻きあげましょうか…」
「それでは、遠慮なく」
わざと困らせるつもりで、1個手でつまんで食べたが、美味しかった。
「あっ!うまい! これは自分で作ったの?」
「いえ、母が…」
「何だ、まだ親がかりか…早く自立しなさい」
「え~ まだ高校1年生ですよ?」
「何言ってんですか、あと2年でおとなですよ? 2年でこれ作れます?」
「……」
(あ~ またまたやっちまった!自分に降りかかる不幸の気配を感じると、とたんに孤独になりたがる。今日も自己嫌悪に浸るのか…)
「ごちそうさま」
そう言って、教室に戻った。




