第36話 夏休みの出来事
『わが身は五蘊なり』
色=体がある
受=感覚がある
想=イメージも持つ
行=深層意識がある
識=判断する
私が私である根拠が、この5つだそうです。
解説本からの抜粋です。
さて、7月は、リックトレードの業績も好調。
資産運用も1500万円台になりました。
蘭との関係も良いといえる。
山里が日焼けして戻って来た。
そんな彼に、前田は無反応で、いつものガリ弁姿勢だ。
その彼女が、俺の席の前に来て、手紙を渡してきた。
「お父様からです。自宅に持ち帰り、読んでください」
「……」
俺も蘭も驚きで声が出ない。
接近して来た時には、いったい何事かと身構えたが…
山里が俺を睨んでいるが、たとえ前田の話が聞こえなかったとしても、俺と蘭の関係はすでに誰もが『付き合っている』と認識しているはず。
英二さんの自宅で、封を切ってみると、
--- --- --- ---
石山章殿へ
向暑の候、貴殿には益々ご健勝のこととお喜び申し上げる。
ところで、純子のボディーガードとして、学園の同級生を2名雇っている。
彼らには、登下校の際、必ず後ろを歩かせ、危険防止のため、後方から来る自転車等を牽制させている。
だが今回、教室内で娘に対する無礼があったと聞く。
さすがに手元には1組に在籍できるほど成績が優秀な護衛はいない。
そこで貴殿に提案だが、娘の護衛を引き受けてはもらえないだろうか。
報酬については学園理事である前田純雄が責任をもってお支払いする。
尚、貴殿の護衛役は教室内に限定し、それ以外での責は問わない。
何卒、我らの面目を潰さぬ回答を期待している。
前田純雄
--- --- --- ---
という書面であった。
英二さんと相談したが、断ると報復を受ける可能性もあるから引き受けろとの事。
トラブルを防止できなかった場合に、もし非難されても別に構わないという意図だ。
翌日、今度は理事長室にお呼びが掛かった。
手紙の件を聞いて放置できないと判断したようだ。
鞄から手紙を出すと、サッと奪い取り、一読したあと
「分かりました。あなたは断れないでしょうから、こちらから返事をしておきます。ま、できる範囲で守ってあげて。できる範囲で!」
「えっ、そうですか。では、お願いします」
そう言って理事長室の扉を閉めると、中から
「なに勝手な事言ってんのよ! 貴重な戦力なんだ、渡すもんか!」
そんな罵声が聞こえた。
後日、教務主任が教えてくれたのは、相談された理事長が俺にお願いして引き受けてもらった。
というストーリーになっていた。
クラスは、期末テストの準備に入っている。
俺と蘭は、テスト対策として、英二さんの自宅1階で勉強週間に入った。
水曜、土曜は放課後が全て使えるが、それでも7時にはマンションに戻る。
それ以外は、5時半まで。
その後は英語塾や道場があるし、日替わりで英検、過去問、参考書に取り組む。
解き方の解説も楽しいし、問題を解けても楽しい。
期末テストがはじまった。
下校すると、蘭と一緒に英二さんの自宅に入る。
俺が去年使っていた参考書と教科書で、テスト回答の振り返りをする。
それが終わると、喫茶店でコーヒーをごちそうになる。
オーナーがやって来て
(店ではそう呼んでいる)
「どうですか? 毎日が同じことの繰り返しみたいですけど…」
「ええまあ、仕事みたいな感覚ですね。好きなんです、ルーチンワーク」
「そうですか…蘭のこと、見てやってくださいね」
「はい」
『見てやって』か…面倒を?勉強を?…そう言えば、山寺で俺は蘭を背負っていきたいと言ったんだよな~。
そんなこんなで、期末テストは終わった。
過去問に取り組んでいたため、数学は満点だった。
そして夏休みになった。
なぜか蘭は突如、料理に目覚めた。
そして、商店街にある料理教室に通い始めた。
夏休み特価の半額コース6回を終えて、一般コースにも入った。
あの見た目で、和食の腕前バリバリだったらすごいな~。
毎回、自作の料理を試食して終わるらしい。
英二さんからの課題は、必ず自分で作って、体で覚える事が条件らしい。
昼前に作って、お昼ご飯の代わりになるから、無駄がないとの事だ。
「夏休みが終わっちゃったら、どうするの?」
「12回だから、料理教室は夏休み中に終わるのよ」
「なるほど…」
「鯖のみそ煮って好き?」
「ごめん。食べた事がない…」
「…そうだったわね。こっちこそ、ごめん」
蘭が料理教室に通っているころ、俺は時々父の自宅に行き、陽菜を連れて弁当屋へ行く。
継母からお願いメールが来るからだ。
夏休みだけの事だから、別に苦にはしていない。
音楽学校出身の継母には、陽菜を頼める友人がいない。
再婚してから父親との関係は元に戻ったが、母親は孫の面倒を見たがる人ではない。
家政婦を時々は寄こしてくれるのだが、さすがに毎日は無理。
父の自宅近くまで来たところで、ガレキを積んだ軽トラックが真横に突っ込んで来た。
「危ね!」
体をひねって避け、運転席を睨むと山里がいた。
車は『山里興産』の看板付き。
そういえば、継母の話では解体業もやっていると言っていた。
「おう!石山。前田から手を引け!」
まさかのまの字。
「その話は前田理事と田中理事長の間で話がされていて、俺の手から離れてる。文句があるなら前田の親父さんに話を通さないと、どうにもならないぞ」
「は~ そんな面倒な事になってんのか…」
「そういう事だ。早く行かないと無免許運転で通報するぞ!」
日焼けの理由がビル解体工事とは、だれも知らないだろうな…。




